JR貨物は石油や工業品、食料品など暮らしに不可欠な物資を日々運んでいる(写真:レールアート)

輪軸データの不正問題は、東京メトロ(東京地下鉄)や京王電鉄でも発覚するなど鉄道業界全体へと飛び火した。国土交通省は全鉄道事業者に対して緊急点検を指示、9月30日までに結果の報告を求めている。さらなる広がりを見せそうなこの問題の端緒となったのがJR貨物だった。

コンプライアンスへの意識、教育が不十分だった。社員がコスト削減のために今回の行為に至ったとすれば、それを是正する教育をしっかり進めなければならない」

9月11日にJR貨物が開いた会見。犬飼新社長は深々と頭を下げた。

機関車や貨車の車輪や歯車を車軸にはめ込む際、圧入力値が基準の上限値を超えていたにもかかわらず、データを書き換えるなどして検査記録を作成していた。基準値の上限値超えは最大10%だった。

不正行為には広島、川崎、北海道の3つの車両所で計11人が関与し、機関車4両、貨車627両で検査データに問題があることがわかった。不正は2014年頃から行われていたという。

7月の脱線事故を機に表面化

問題発覚のきっかけは、今年7月に起きた山陽線新山口駅での脱線事故だ。事故をめぐる社内調査で広島車両所の社員がデータ改ざんを告白した。

車輪や歯車を無理に押し込むと、車軸に「かじり」と言われる傷ができ、それが広がって車軸が折れてしまう危険があるという。7月の脱線事故では機関車の車軸が折れていた。折損との因果関係はまだ不明だが、当該車両ではデータの改ざんが行われていた。

9月10日に問題を発表した後、同日深夜になって未確認データがあったことが判明。確認作業のため11日午前中から全国で運行していた248本すべての列車を順次停止させた。この影響で、物流網は大混乱となった。

宅配便各社は代替トラックの手配に追われ、ヤマト運輸は成田空港から北九州に臨時の貨物便を出した。それでも荷物の到着が遅れ、引っ越しの日程に影響が出た。北海道からの農産物も道内各地でトラックへの積み替えを余儀なくされ、フェリーで本州に向かうことになった。

「天候不順でしょっちゅう貨物列車は止まる。今回も粛々と代替輸送に切り替えて影響はほとんどなかった」。あるメーカーの担当者は皮肉交じりにそう話したが、利用者からは不満の声が噴出している。

代替輸送の手配に追われた運送事業者は「発生した費用は今後JR貨物と協議する」と憤る。貨物鉄道を利用しているというメーカーの担当者は、「安定輸送はメーカーにとっていちばん大事。JR貨物にはこうしたことが二度と起きないよう早急に対策を講じてほしい」と注文をつける。

3つの車両所での「不正」

先述したように問題が起きていたのは3つの車両所だ。ただそれぞれで「不正」の実態が異なる。

検査記録がデジタル化されていた広島車両所では、基準値内の圧入力値を入力しなければシステム上、検査表が作成できなかった。そのため、過去の正常値を入力し、データを改ざんしていた。

川崎車両所では上限値を超えた際、機械的に上限値を入力していた。北海道の輪西車両所に至っては、上限値を超えた波形データを無邪気にそのまま検査表に添付していた。

車両所の助役や主任もこうしたデータを目にしていたが、「不正」は黙殺されていた。それも無理はない。圧入力値の上限を超えた際の扱いをどうするか、社内にルールがなかったのだ。作業員らには不正を働いている認識すらなかった可能性が高い。


車軸は車輪の穴よりわずかに太い。車輪は圧力をかけて車軸に押し込んで固定される(写真:JR貨物の会見資料を記者が撮影)

車軸は、それを通す車輪の穴よりわずかに太くつくられている。圧力をかけて車輪を車軸に通すことで車輪が固定される仕組みだ。

「不正」に関与した社員は、圧入力値の下限を下回ると固定に不具合が起きると認識していた一方、「上限を少し超えても問題はないと思っていた」などと話しているという。こうした認識はJR貨物特有のものではなかった。

国交省が全鉄道事業者に車輪の緊急点検を指示した後、早速、JR北海道の旭川運転所所属の普通列車2両で圧入力値の「目安」超えのデータが見つかった。

JR東海でも在来線の11の車軸で最大圧入力値を超えていた。JR貨物と同様、超過した際の扱いについてルールがなかったことが目安超過の原因だった。

これらの2社は、圧入力値の波形データや「締め代」(車軸の太さと車輪の穴の寸法差。車輪の穴より車軸がわずかに太い)を管理しており、安全は確保されているとする。

波形データがなだらかであれば「かじり」のような傷は生じていないと判断され、締め代が管理されていれば「車輪はしっかり固定されている」ことになるのだという。

「超過」への意識は希薄

ただ、国交省は2社に対して「なぜ、締め代の管理ができていることなどで安全が確保されると言えるのか、さらに詳細を報告するよう求めている」(鉄道局技術企画課)。

JR貨物も「締め代」の管理は行っていた。同社は「締め代の管理だけで安全が確保できているとは考えていない」(広報部)とする。しかし、「車輪がきっちり締まって取り付けられてさえいれば問題ない」という認識が現場で共通していたようだ。

圧入力値の「超過」の危険性はあまり意識されていなかったことがうかがえる。

JR貨物において「不正」はむしろ「現場の知恵」であり、ゆがんだ技術継承が行われていたのではないか。こうした運用に疑問をもった社員はいなかったのか。また、疑問をもった社員が声をあげることができていたか。こうした点は今後の原因究明の中で重要なポイントになるだろう。

犬飼社長は会見翌日の9月12日、社員向けに文書を発出した。その中で、「今回の不正行為は、これまでの不適切な風土が顕在化したコンプライアンス違反であり、貨物鉄道事業者への信頼を揺るがす事態となっている」と断罪している。

しかし、現場の問題以上に経営の責任は重い。看過できないのは、不正に関与した作業員が「作業工程(が遅れること)を気にしていた」「部品が廃棄になることを恐れていた」などと社内調査に答えていることだ。

直近3期は最終赤字が続いているJR貨物では、「トライ・コスト削減運動」を打ち出し、犬飼社長が現場を巡回して徹底的なコスト削減を説いている。コスト削減の「ターゲット費用科目」には車両修繕費などもあげられ、本社の現業部門には「トライ・コスト削減担当」も置かれている。


9月11日の会見でJR貨物の犬飼社長は、「社長として重い責任を感じている」と陳謝した(記者撮影)

企業風土を改められるか

行き過ぎたコスト削減はなかったか。会見でそう問われた犬飼社長は、「無理なコスト削減は決してやっておらず、安全への投資は計画的に進めている」と答えた。

そのうえで経営責任について「社長として重い責任を感じている。原因究明や対策を早急に進めることに注力したい」と述べた。

今回の不正発覚でコスト削減のあり方は見直しが必要になるだろう。そしてコスト削減以前に、社員が疑問に思ったことを気軽に声に出せる企業風土づくりが急務だ。犬飼社長の言う「不適切な風土」は経営のあり方によって醸成されたものであり、それを改めるのも経営者の責任となる。

(森 創一郎 : 東洋経済 記者)