「リスナーの愛」で大ヒット!千葉のラジオ番組から月に1万本以上売れる「脅威の調味料」が生まれたワケ

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いま千葉県でよく見かける2つの「ヒット調味料」

「これ、すごい売れているんです」

そう言われて知人から手土産でもらったのが『ネギイチバン』と『マッシュルームイチバン』という2つの調味料だった。パッケージを見てすぐにピンときた。千葉県内の道の駅やサービスエリアでよく見かける瓶詰めだ。私自身、千葉県在住なので、自宅近くのコンビニでも、最近、目にする機会が増えている。

早速、2つの調味料を食べてみた。ネギイチバンはネギと醤油ベースのクセになるピリ辛味。アツアツのご飯の上に乗せたら何杯でもおかわりできそうだ。鶏のささみ肉や豚肉の上にかけたら、きっと箸が止まらなくなるだろう。

マッシュルームイチバンは、マッシュルームを細かく刻んで、バター醤油であえたもの。中華風だったネギイチバンに対して、マッシュルームイチバンは洋風といったところか。パンやパスタに乗せて食べたら美味しいだろうなぁと思いつつ、酒のつまみで一瓶まるまる完食してしまった。これは売れるはずだ。

ネットで調べてみると、千葉県のFMラジオ局「ベイエフエム」と、同じく千葉県の我孫子市にある食品メーカー「風土食房」のコラボ商品ということが分かった。おそらくラジオで宣伝して、ヒット商品になったのだろう。

しかし、SNSや動画が全盛の時代に、なぜ、ラジオからヒット商品が誕生したのか。大手食品メーカーが作った商品ならいざ知らず、私自身、千葉県内に住み、食品関連のコンサルティングもしている身でありながら、「風土食房」という会社名は聴いたことがなかった。

謎が深まり、仕掛け人であるベイエフエムと風土食房に取材を申し込むことにした。

「まさかこんなに売れるとは…」

「ネギイチバンが月に1万本、マッシュルームイチバンが1万5000本売れています。私たちも、まさかこんなに売れるとは思っていませんでした」

そう話すのはベイエフエム本社営業部の宍戸新吾さん。

産直店や高速道路のサービスエリアで見かける高価格帯の調味料の瓶詰めは、月に1000本売れたら“よく売れた”と言われる業界。その中での1万本超えは、驚異的な数字といえる。

しかし、当初はこれほどまでのヒット商品になるとは誰も想像もしていなかった。話はコロナ禍の2021年にさかのぼる。

「2016年から続くお昼のバラエティ番組『it!!』で、コロナ禍で外出できない人のために美味しいものを紹介する『スーパーでお宝さがし』というコーナーを始めたんです。そこで紹介した調味料が、たまたま千葉県内の風土食房が作った商品で、何かコラボ商品を作ることができないかと番組側から持ち掛けて、このプロジェクトが立ち上がりました」

仕掛け人である放送作家の岩船俊夫さん。

しかし、商品を一緒に作り、ただ紹介するだけでは面白くない。もっと生々しくて、リアリティのある商品開発ストーリーを見せたほうがリスナーも楽しんでくれるのではないかと思い、風土食房の社長をゲストで呼んで、リスナーと一緒に商品を作っていく番組構成にした。

千葉県産にこだわった今までにない名産品

青天の霹靂だったのは風土食房の坂巻陽介社長だ。商品を作るだけではなく、毎週、ゲストとしてラジオ番組に出演することになった。

「最初は自分がラジオに出て『大丈夫か?』という戸惑いはありました。でも、千葉県のラジオ局と千葉県の食品メーカーが千葉県を盛り上げる食材を作るのは、面白い企画だと思ったんです。千葉県はピーナッツをウリにした商品が多く、ベイエフエムさんと一緒に商品を作れば、今までにない地元の名産品ができるんじゃないかと思ったんです」

番組内では、商品のコンセプト作りから話し合いが行われた。千葉県はネギの生産量が日本一でありながら、その事実はあまり知られていないという話題になり、原材料は千葉県産のネギを使用することに決定。味付けは同じく千葉県産の醤油にこだわることにして、調味料作りがスタートした。

風土食房が作った試作品を番組内でDJが試食し、感想を聞いて味を改良。商品名をリスナーから募集して、番組のSNSで候補のパッケージデザインを公開、投票で選ばれて完成したのが、『ネギイチバン』だった。

「販路の壁」を破ったリスナーの“ネギイチバン愛”

放送開始から3ヶ月、ようやく完成した商品だったが、ここで思わぬ壁にぶつかってしまう。風土食房は従業員45名の小さな食品メーカー。販路は持っておらず、自らの卸先はほとんどなかった。

一方、ベイエフエムも本業はラジオ局なので、当然、販売店など有していない。千葉県内の道の駅8ヶ所で先行販売することは決まっていたものの、せっかく作った商品を販売するルートを持ち合わせていなかったのだ。

「そこで番組で、リスナーのみなさんに『ネギイチバンを売ってほしい場所を教えてください』と呼びかけたんです。そしたら、販売してくれるお店や、置いてくれそうなお店を紹介してくれるメールが次々に番組に届いて、気が付けば50店舗以上で販売してくれることになりました」

そう話すのは、編成局制作部の田久保優以さん。

発売当初、月に1800本売れたネギイチバンは、次第に販路を広げ、4月には6000本を突破。番組ではさらに盛り上げるべく、『ネギイチバン レシピコンテスト』を開催。100件以上の応募があり、さらにリスナーの“ネギイチバン愛”は深まっていった。

「調味料選手権」で見事2位に

売上に加速がかかったのが、2022年に行われた「調味料選手権」へのエントリーだ。日本野菜ソムリエ協会が主催するこのコンテストは、全国の食品メーカーから選りすぐりの調味料が集まる大会。坂巻社長は「落ちたら恥ずかしい」という理由で、番組に内緒でこっそりネギイチバンをエントリーしていたのだ。

しかし、嬉しい誤算で、申し込みのあった184商品の中から、ネギイチバンは最終選考の33商品の中に選ばれる。それを知った番組では、急遽、ネギイチバンの応援キャンペーンを展開。最終選考に残った商品が紹介されている調味料選手権のインスタグラムで、ネギイチバンに「いいね」を押すよう番組で呼びかけ、リスナーたちも一緒になって応援した。

結果、ネギイチバンは総合2位で入賞、ご当地部門でも最優秀賞を獲得し、名実ともに千葉県の看板商品になった。

受賞後の12月には8000本を出荷し、翌年には千葉県外への販路も拡大、4月には1万5000本を突破した。

苦労の末に大ヒットした第二弾

この頃、番組ではネギイチバンに続く第二弾の商品開発の話が持ち上がる。次は千葉県内でも生産量が多いマッシュルームを素材にした調味料を作ることになり、ネギイチバンの時と同じように、開発ストーリーを番組で公開することになった。

しかし、ここでも想定外の出来事が発生する。2023年から番組のDJが2人体制になり、その一人にタレントの山瀬まみさんが加入することになった。山瀬さんは料理本を何冊も出す食材や調味料への造詣が深い方。番組中にアドバイスやダメ出しが次から次へと飛び出し、坂巻社長がその意見にタジタジとなることで、さらに面白さとリアリティさが盛り上がり、リスナーたちの熱量が高まっていった。

そんな苦労もあって完成したのが第二弾の『マッシュルームイチバン』だった。

既に販路が開拓されていたこともあって、発売当初3000個だった販売個数は、2か月後には9000個に。10月には再び調味料選手権にエントリーし、念願だった総合優勝とご当地部門1位をダブルで獲得した。これをきっかけにテレビなどのメディアでの露出が急増し、発売半年で月に1万個の生産量を超える大ヒット商品となった。

現在、番組では第三弾の企画が進行中だ。千葉県産の豚肉を使った塩ベースと醤油ベースの2種類の「ブタイチバン」を開発しており、リスナーと一緒に作るヒット商品はまだまだ続きそうな気配である。

「商品が見えないメディア」でヒットが生まれたワケ

なぜ、ラジオという音だけのメディアで、爆発的なヒット商品が生まれたのか。田久保さんは次のように推測する。

「ラジオは商品を見ることができず、想像を膨らませることしかできないんです。でも、その想像している時間はリスナーも楽しいですし、考える時間が長くなるぶん、頭の中に商品の記憶が残りやすくなるのではないでしょうか」

想像だけで膨らんだ商品は、実際に目で見て、手に取るまで「欲しい」という気持ちが途切れない。これが、ネギイチバンとマッシュルームイチバンがヒットした要因なのかもしれない。

岩船さんは、別の角度でヒットの理由を考察する。

「リスナーのみなさんの意見を取り入れたり、SNSで投票をしたりしたことで、“自分の作った商品”という愛着を持ってくれたことは大きかったと思います。商品づくりに参加したという思いから、リスナーが自ら営業マンになって販路を拡大してくれて、SNSでも一生懸命、情報を拡散してくれました。これらもラジオならではのファンとの近さが生み出した妙と言えます」

メディアの主役はテレビからネットに変わり、情報発信はSNSや動画が中心になった。その中で、ラジオという音だけの媒体は、オールドメディアと思われてしまう節がある。

しかし、音しか聞こえない不便さは、人間の想像力をかきたたせてくれて、「もっと知りたい」「もっと近づきたい」という欲を膨らませてくれる。一方、すべての情報が丸出しになるXやInstagram、YouTubeは、情報としては面白いかもしれないが、そこから想像が膨らんでいくことはほとんどない。

人間の本能に問いかけることができるラジオには、まだまだヒット商品を生み出すチャンスがたくさんありそうだ。

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