フォンテインズD.C.(Fontaines D.C.)がこんなに劇的な変貌を遂げるとは一体誰が予想していただろうか? 過去三作では基本的に鋭利なポストパンクを基盤にしていたアイルランド出身の5人組は、通算4作目となるニューアルバム『Romance』でKornやニルヴァーナに肉薄するようなスケールの大きなサウンドへと手を伸ばしている。これぞ新時代のスタジアムロック――この野心に満ちたアルバムを聴くと、そんな大袈裟な言葉を勢いあまって振りかざしたくなる。

無論、前作『Skinty Fia』の時点でソングライティングはよりポップになり、新作の重要な構成要素のひとつであるシューゲイザー的なギターサウンドも導入されるなど、変化の兆しは見え始めていた。だが、わずかアルバム一枚の間で、ここまで一気に音のスケールが押し上げられるとは思いも寄らなかった。Korn「Freak On a Leash」を下敷きにしたと思しき「Starburster」のような曲だけでなく、「Favourite」のようにジャングリーなギターポップでさえ、これまでとは比較にならないほどビッグなサウンド。曲調によるブレがなく、アルバムを通して一貫してスケールが大きな音が鳴っていることに彼らの抜本的な進化を感じる。今年のフジロックで彼らのライブを観た人は、それを思い出してみればいい。新曲はもちろんのこと、過去三作の曲も音源より格段にスケールアップしていたのは、バンド自身の変化、そして彼らが目指している方向性の変化の表れだろう。

また、今回の変化を語る上で、過去三作を手掛けたダン・キャリーに代わり、ジェームス・フォードをプロデューサーに迎えて緻密なスタジオワークに取り組んだという事実も避けて通れない。CRACK Magazineで明かされていたように、生ドラムで敢えてドラムマシーンのサウンドを模したり、ニルヴァーナ『Nevermind』を参考にギターやベースを何層にも重ねてビッグで分厚いサウンドを実現したり、様々なスタジオでの実験を彼らは積み重ねてきた。その成果が『Romance』での飛躍的な進化の背景にはある。

そして変わったのは音だけではない。これまでの3枚のアルバムは何らかの形でアイルランド人としてのアイデンティティを巡る問題を取り扱っていた。しかし彼ら曰く、今回のアルバムは「もっともアイルランド的ではない」作品。代わりにテーマの中心となっているのは、アルバムタイトルにも掲げられている”ロマンス”だ。このロマンスが何を意味するのかは、以下のインタビューで確かめてもらいたい。ただひとつ言えるのは、『Romance』とは、ますます苛酷さを増し、ディストピアのようになっていく今の時代に生まれるべくして生まれた作品だということだ。

今回の取材は、フジロック開催前日に東京にておこなわれた。グリアン・チャッテン(Vo)はまだ日本に着いて間もなく、時差ボケの疲れも抜け切っていないようだったが、一つひとつの質問に真摯に応えてくれた。


2024年7月28日、フジロック出演時のグリアン・チャッテン(Photo by Kazma Kobayashi)

アークティックとKornから受け取ったもの

―日本に着いたばかりですよね。疲れていませんか?

グリアン:そうだね、あんまり寝ていないんだ。

―そんなところすみませんが、始めさせてもらいますね。

グリアン:問題ないよ。

―『Romance』は新時代のスタジアムロックと呼んでいいような、とてもスケールが大きく、壮大なサウンドです。レディオヘッドで言えば『OK Computer』、アークティック・モンキーズで言えば『AM』に当たるような、バンドの劇的な進化の瞬間を刻んだ作品だと感じます。あなた自身はこのアルバムをどのように捉えていますか?

グリアン:『AM』や『OK Computer』っていうのは、僕が目指し得る限り最高のスタジアムロックで、まさにクリエイティブの産物だよ。だから、それってすごく嬉しい褒め言葉だね。このアルバムには、ビッグなサウンドでの表現に値するようなエモーションが詰まっていると思う。このレコードのテーマっていうのも、僕にとっては壮大なものなんだ。だから、それには壮大なサウンドが相応しいっていう。




フジロック出演時のフォンテインズD.C.(Photo by Kazma Kobayashi)

―The Guardianのインタビューでは、今回のような壮大なサウンドを目指したインスピレーションのひとつとして、アークティック・モンキーズのUSツアーでサポートアクトを務めた経験が語られています。具体的にどのようにその体験に感化されたのか、教えてください。

グリアン:一番インスパイアされたのは、彼らがものすごい成功を収めながらも、自分たちに正直であり続けているっていうこと。アレックス・ターナーは好奇心旺盛な人で、もしかしたらこれまで以上にソングライターとして好奇心旺盛なのかもしれない。彼にはすごくインスパイアされたよ。それに彼らって謙虚でさ。すごく腰が低くて控えめで、今でもシェフィールドボーイズって感じで、シェフィールドにいた頃のマインドを忘れていない。僕も彼らのように自分のダブリンらしさ、アイルランドらしさを忘れたくないと思った。そういったことかな。

―つまり、彼らのサポートとして大会場で演奏した経験に感化されたというよりも、アークティック・モンキーズというバンドの在り方自体に感化されたということ?

グリアン:そう。大きな会場を経験しているにも関わらず、自分たちに忠実であり続けているところだね。

―今回のアルバムではKornの影響があったことも既に語られていますよね。そもそもKornとはあなたにとってどのような存在だったのでしょうか?

グリアン:子供の頃に彼らのCDを買ったんだ。ただ当時は、なんか怖くてね。彼らのレコードっておっかない感じがするだろ? でも、僕はずっと彼らのファンタジーの要素にも惹かれていて。Kornみたいなバンドって、ザ・キュアーと同じくらいファンタジーの要素を持っていると思うんだ。そうだな……Kornとザ・キュアーは同じスペクトラム上にいて、最終的な着地点が違うだけっていうか。それに、確か彼らって、MTVのアンプラグドセッションで一緒にプレイしていたよね?

―ええ。そこでKornのジョナサン・デイヴィスは、ザ・キュアーが自分の高校時代のサウンドトラックだったと語っていたと思います。

グリアン:僕がKornを好きなのは、彼らは明らかにマスキュリンなエネルギーを持っているんだけど、フロントマンのジョナサンにはすごくフェミニンなところがあって、脆さ、傷つきやすさもあるっていう。それらを融合させているところに、すごくインスパイアされるんだ。

―このタイミングでKornに立ち返るきっかけみたいなものは、何かあったんでしょうか?

グリアン:ステージに上がる前は、いつもKornの曲を聴いていたんだ。彼らにはすごく錯乱したエネルギーがあって、それが唯一、ライブ前の僕たちのアドレナリンのレベルにマッチするものだって感じられたから。そうやってKornにハマっていったんだよ。

―それって、最近はライブ前にKornをよく聴くようになったということ? それとも昔から?

グリアン:一年半前くらいかな。ヨーロッパツアーのときに聴いていたんだ。ひとつ前のアルバム『Skinty Fia』を出して、ツアーをやっていた頃だね。ヒップホップもよく聴いていたけど、ステージに上がる前はだいたいKornを聴いていたよ。

「ロマンス」という世界を創り出すために

―なるほど、それがこのアルバムのサウンドに繋がっていくと。今回は歌詞の中にdreamという言葉がよく出てきますし、シューゲイザー的なサウンドと相まって、夢と現実の境界が曖昧な感覚があります。そこは意識的でしたか?

グリアン:それが『Romance』のすべてだと思う。『Romance』っていうレコードの全体的なアイディアっていうのは、ファンタジーをパーマネントな生き方として選ぶかどうか、っていうことに関わっているんだ。ファンタジーっていうのは、今僕たちが生きている厳しい現実世界よりも、ずっと快適で居心地のよいものだと思う。(この現実世界には)ときには圧倒されてしまうこともある。だから、自分にとっても、歳を重ねるにつれて、それ(ファンタジー)っていうのは重要になってきているね。人は歳を取ると、もっと辛い物を食べたくなったりする。僕にとっては、それがファンタジーなんだ。映画の色調を変えて、もっと色を鮮やかに出そうとするのと同じだよ。必ずしも現実世界に忠実でなくてもいい。でも、僕らが感じている現実に忠実でありたいと思っているんだ。

―プレスリリースでは『AKIRA』からの影響が語られていて、「世界の終末で恋に落ちるという展開に惹かれる」というあなたの発言が引用されています。それはつまり、あなたは今私たちが暮らす現代社会もある種のディストピアだという感覚があるということでしょうか?

グリアン:その通りだよ。それはスピリチュアル、精神的な意味でね。(現代社会は)表面的には、『AKIRA』で描かれているようなディストピアじゃないかもしれない。でも確かに、精神的な意味ではそうなんだ。いますべての若い世代の間では、精神的な退廃や疎外感、それに現実とのつながりの希薄さが強くなっている感じがする。それがモダンワールドなんだ、と僕は思っていて。


Photo by Theo Cottle

―このアルバムは様々な形でロマンスを扱っていますが、ロマンスとディストピアの関係というのはどのように位置づけていますか?

グリアン: ロマンスっていうのは、”ディストピアではない世界”っていうファンタジーを創り上げるための方法だと思っている。僕たちが暮らす世界がどんどんディストピアに向かっていくに連れて、それと同時に、ファンタジーやロマンスを感じるためのツールはもっと増えていくし、ファンタジーやロマンス自体も強くなっていくんだと思う。

―今回のアルバムで、ロマンスの世界、ファンタジーの世界を創りたいという思いは、この現実世界がますます息苦しくなっていることと関係しているっていうことですよね?

グリアン:それこそが僕がこの場所(ファンタジーの世界)を創った理由のすべてだよ。それが僕が子供の頃にこの場所を生み出した理由で、このレコードでようやくその場所に声を与えることが出来たんだと思う。

―じゃあ、そうした本作のテーマと、サウンド面の変化がもっとも上手く噛み合ったと感じる曲は?

グリアン:「In The Modern World」は、僕にとってはサウンド的にも、リリック的にも、一番重要な曲だね。人間という存在を凌駕するような、どこまでも続く広大なディストピアを想起させる、そんなプロダクションとアレンジに出来たと思う。この曲を聴くと、自分がちっぽけに感じる。一番誇りに思っている曲だよ。

―僕は、このアルバムにおける「Favourite」の位置づけが気になっているんです。というのも、この曲はアルバムの中でも少し毛色が違っていて、どこか楽観的なサウンドですよね。

グリアン:まず第一に、「Favourite」はアルバムで一番最初に書いた曲だったんだ。サウンドのイメージもしっかりあって。だから、これをどうやってアルバムのその他の曲とフィットさせようか、曲のテーマ的な面で、しばらく悩んでいたんだよ。

―でも結果的に、あの曲が最後に収録されていることによって、非常にカタルシスのある終わり方になっています。僕としては、「Favourite」が始まると、夢から覚めてまた現実の世界に戻るような感覚があるのですが、あなたにとってはどのような意味を持った曲なのでしょうか?

グリアン:実際のところ、僕の解釈は君とは反対なんだ。この曲は軽さについてで、それは絶対的な……ええと、これは最終的にロマンスが結実したようなイメージなんだ。このアルバムは、ダークさを孕んだ「Romance」っていう曲から始まる。「Maybe romance is a place」という歌詞の一節では、ロマンスへの期待が仄めかされていて。

―ええ。ロマンスというアルバムの中心的なテーマが登場する、非常に重要なパートですね。

グリアン:そしてアルバムの最後(の「Favourite」)では、とても悲しくて敗北的な歌詞とともに(現実の)拒絶へと心地よく収束していくっていう。僕が思うに、この曲が明るいサウンドの理由っていうのは、(現実を)拒絶した世界、ファンタジーやロマンスの世界っていうのがすごく強くなって、もはや現実がそれに影響を与える余地がないほどになってしまっているからなんだよ。

―そのようなテーマを持つ「Favourite」という曲のMVで、自分たちの幼少期の映像を使うことにしたのはなぜですか? MVはあなたたちが監督していますよね。

グリアン:うん、ベーシストのディーゴがやったんだ。ビデオのナラティブのアイディアはいくつかあったんだけど、曲の中に息をつけるようなスペースを生み出すために、印象派的な表現にすることにしたんだよ。いろんな意味で、「Favourite」はイノセンスの喪失について歌っている。だから、パーソナルなノスタルジアをビデオで表現するのがいいと思ったんだ。この曲には、「The misery made me another marked man(その悲惨な状況が僕をまた一人、目をつけられた存在にした)」っていう歌詞があるんだけど、それっていうのは、「いつの日か、イノセンスを失うことは避けられない」っていう感覚を常に持っていることについてなんだ。だから、僕にとっては、このビデオは感動的だったね。

―では、こういったアングルはどうでしょう? 最近は目の前の社会問題やアイデンティティの問題に誠実に向き合うのが優れたポップミュージックだとされる傾向がありますよね。ビヨンセの近作はその最たるもので、フォンテインズの過去三作もまさにアイデンティティの問題を巡るものでした。でも『Romance』は、そうした現実の問題からの一時的な逃避もポップミュージックの重要な役割のひとつであることを思い出させるところがあるように感じるんです。こうした見方に対する、あなたの考えを教えてください。

グリアン:僕にとって重要なのは、必ずしも特定の場所に縛られない、ロマンスという世界を創り出すことだったんだ。アイルランドを連想させるものを散りばめると、それに引きずられたり、現実に繋ぎとめられたりしてしまう。でも、それ(ロマンスの世界)は夢のようなもの、(ピーターパンの)ネバーランドのようなものとして存在しなくちゃいけない。だから、想像の世界の中にアイルランドの旗をたくさん持ち込むのは、自分にとって意味がないことなんだよ。これで答えになっているかな?

―ええ、よくわかりました。じゃあ、もう時間が無いので最後にひとつだけ。サウンドの変化に合わせてファッションを変えたのは今回が初めてですよね。今回はなぜ別のペルソナをまとうかのように、大胆にヴィジュアルを変えたのでしょうか?

グリアン: 僕が望むような形でアルバムを受け取ってもらうために、オーディエンスが適した心理状態にいられるような、ヴィジュアルのリファレンスを提供したいと思ったからだよ。だって、アルバムで、ファンタジーとかドリームランドとかディストピアとか、そういうことについて歌っているのに、僕が普段着で出てきたら……ガーデニング用の作業着とか着てさ……それって違うだろ?


Photo by Simon Wheatley


フォンテインズD.C.
『Romance』
発売中
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