脳の活動をテキストに変換して音声として読み上げることで、これまでで最も正確な97.5%の精度で思考を言葉にすることができるブレイン・コンピューター・インターフェース(BCI)が発表されました。この技術は、全身の筋肉の衰えにより言葉を話すことが難しくなる筋萎縮性側索硬化症(ALS)の人が、コミュニケーション能力を取り戻すのに役立つと期待されています。

An Accurate and Rapidly Calibrating Speech Neuroprosthesis | New England Journal of Medicine

https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa2314132

New brain-computer interface allows man with ALS to ‘speak’ again

https://health.ucdavis.edu/welcome/news/headlines/new-brain-computer-interface-allows-man-with-als-to-speak-again/2024/08

ALSは、アメリカの伝説的プロ野球選手であるルー・ゲーリッグがこの病気で亡くなったことから「ルー・ゲーリッグ病」とも呼ばれており、患者は体全体を制御する運動神経細胞の喪失により動作を行う能力を徐々に失っていきます。また、話すときに使う筋肉も影響を受けるため、会話が困難になることもあります。

ALS患者のコミュニケーション能力を回復するために、脳とコンピューターをつなぐBCIが用いられることがありますが、近年のBCI技術の発展にもかかわらず、コミュニケーションを可能にする取り組みは遅々として進んでいませんでした。これは、脳信号を解釈する機械学習プログラムが大量のデータを必要とする上に、データの処理にも時間がかかるため、エラーが発生しやすいのが原因です。



by UC Regents

カリフォルニア大学デービス校の神経外科医であるデビッド・ブランドマン氏は、「以前の音声BCIシステムは、言葉の取り違えが頻繁に発生していました。このため、ユーザーの言葉を理解するのが難しく、これがコミュニケーションの障壁となっていました」と話します。

ALS患者のケーシー・ハレル氏も、こうした問題に悩む人のひとりでした。45歳の男性であるハレル氏は、腕や足に力が入らない「四肢まひ」と、はっきりと言葉を発声するのが難しい「構音障害」を抱えており、コミュニケーションをするには通訳が必要だったとのこと。

脳インプラントシステムの開発と試験を行う取り組みである「BrainGate」の臨床試験に参加したハレル氏は、2023年7月にブランドマン氏の研究チームのBCIデバイスを移植する手術を受けました。このデバイスは、発話を制御する役割を担う脳の領域である左中心前回に4つの微小電極アレイを配置し、256個の皮質電極を介して脳の活動を記録するよう設計されています。

その仕組みについて、研究の共同主任研究者であるセルゲイ・スタビスキー氏は「このシステムは、ユーザーが筋肉を動かして話そうとするのを検知し、筋肉に命令を送っている脳の部分を記録しています。そして、それを脳活動のパターンや音の構成要素に変換し、ユーザーが何を言おうとしているのかを解釈するのです」と説明しました。



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このBCIを使って行われた最初のデータ学習セッションでは、システムが50語のボキャブラリーを99.6%の精度で認識するのに30分かかりました。そして、2回目のセッションではボキャブラリーが12万5000語に増加しましたが、BCIはわずか1.4時間のトレーニングで90.2%の精度を達成したとのこと。その後も継続して行われたデータ収集により、最終的な精度は97.5%にまで高まりました。

こうして作られたBCIでハレル氏が言葉を話そうとすると、システムが解読した単語が画面に表示され、それが音声で読み上げられます。音声にはハレル氏がALSを発症する前の声が用いられたため、BCIを使ったハレル氏は以前のように言葉を話すことができるようになりました。

その時のハレル氏の様子を、スタビスキー氏は「初めてこのシステムを試したとき、彼は自分が言おうとしていた言葉が画面に正しく表示されたのを見て、喜びのあまり涙を流していました。私たち全員も同じでした」と振り返っています。



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また、ハレル氏は「コミュニケーションがとれないのはイライラするし、やる気もなくなります。まるで閉じ込められているような感じです。しかし、このような技術があればALSの人々が生活を取り戻したり社会に復帰したりする助けになるでしょう」と述べました。