(写真:Nathan Laine/Bloomberg)

8月11日(現地時間)に閉会式を迎えたパリオリンピック・パラリンピック。日本人選手の活躍に加えて、物議を醸した開会式から疑惑の判定、選手村をめぐる問題など話題豊富な大会となっとなっている。

主役が多く誕生した大会だが、その中でも各国メディアが「今大会で間違いなく金メダル」とやや皮肉気味に報じているのが、ラクジュアリー世界最大のコングロマリット、モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン(LVMH)である。

「LVMHのためのオリンピック」

7月26日に開催されたパリオリンピックの開会式。セーヌ川で行われたパレードの終着地となったトロカデロ広場に設けられた仮設スタンドのVIP席には、マクロン大統領や、国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長と並んでセレモニーを楽しむ“超大物”の姿があった。

ベルナール・アルノー氏。ルイ・ヴィトン、ブルガリ、モエ・ヘネシー、ティファニーなど75の有名ブランドや、「ル・パリジャン」「レ・ゼコー」といったメディアなどを束ねるLVMHのCEOである。

アメリカの電気自動車(EV)大手、テスラのイーロン・マスクCEOやアマゾンの創業者、ジェフ・ベゾス氏らと常に世界の長者番付トップを争う有数の富豪としても知られる。マスク、ベソス両氏のような派手さはないが、フランスにおける影響力はきわめて大きい。

「LVMHのためのオリンピック」。あるフランス人のジャーナリストはこう表現する。LVMHは同国の大手スーパーのカルフールや、医薬品メーカーのサノフィなどとともに、パリオリンピック・パラリンピックのプレミアムパートナーに名を連ねている。組織委員会とのスポンサー契約の額についてLVMHやIOCは明らかにしていないが、メディアの報道などによれば、1億5000万ユーロ(約240億円)に上る。

大会の組織委員会の予算は43億8000万ユーロでこのうち、12億2600万ユーロを協賛企業からの収入で賄う計画だ。今大会にはグローバルパートナーのトヨタ自動車やパナソニックのほか、世界で80あまりの企業がスポンサーとして運営を支援している。報道通りの数字だとすれば、協賛収入全体の1割以上をLVMH1社が負担している計算。「メインスポンサー」といっても過言ではない。

選手団のウェアからメダルまで

開会式に出席したフランス代表の選手団が着用していた「濡れてもシワになりにくい」とされるウェアは、LVMH傘下のファッションブランド、イタリアの「ベルルッティ」製。同じく傘下の化粧品の「セフォラ」は聖火リレーのパートナーを務めた。エンディングに登場した世界の歌姫、セリーヌ・ディオンが身にまとっていたのは「クリスチャン・ディオール」のオートクチュールだった。


ディオールのオートクチュールに身を包んで「愛の讃歌」を熱唱したセリーヌ・ディオン(写真:パリ大会の公式インスタグラムより)

開会式だけではない。世界中の多くの視聴者が大会期間中、LVMHブランドを目にしているはずだ。メダルはジュエリーの「ショーメ」がデザインしたもの。メダルを授与する500人あまりのボランティアの衣装は「ルイ・ヴィトン」が担当した。メダルやトーチの専用トランクも同社の製作だ。

ルイ・ヴィトンはさらに、フランスの有力選手とのパートナーシップ契約も締結。圧倒的な強さで個人種目4冠を達成した競泳のレオン・マルシャン選手や、7人制ラグビー男子で同国を金メダルに導いた15人制のスター、アントワーヌ・デュポン選手らがアンバサダーとして広告塔の役割を担う。LVMHのホームページではマルシャン選手の写真がトップを飾る。

LVMHが運営するセーヌ川沿いに建つ高級ホテルの「シュバルブラン・パリ」は大会期間中、同社のゲストのために貸し切り。パリの街がLVMH一色に染まっている。

LVMHブランドのロゴなどが前面に押し出されているわけではない。だが、フランスのAFP通信社によれば、アルノー氏の息子でLVMH取締役のフランソワ・アルノー氏は報道陣に対し、「ある程度の文化的な知識があれば、ヴィトンのブランドであるのを見分けることができる」などと話している。

「非常に控えめだが、同時に目に見える存在となる方法を見つけた」(フランソワ・アルノー氏)。一種のサブリミナル的な広告戦略といえようか。地元でも「非常に巧みなやり方」(パリ郊外に住むフランス人男性)などと受け止められている。

足元の業績は冴えないが…

LVMHの足元の業績は苦戦気味だ。開会式に先駆けて7月23日に発表した2024年1〜6月期決算では、416億ユーロと前年同期比1%減少したほか、純利益は前年同期比14%減の72億6700万ユーロと、事前の予想を下回る結果となった。中国の景気停滞に伴う販売減が響いた。日本を除くアジア地域の売上高は前年同期比約10%減となった。

株価も3月から右肩下がりで軟調に推移している。しかし、パリオリンピック・パラリンピックの開催がブランド価値の飛躍的向上につながるとの見方は少なくない。海外のメディアも「パリ五輪の真の勝者はLVMH」(イギリスのザ・タイムズ誌)、「LVMHはすでに金メダルを獲得した」(オーストラリアのシドニー・モーニング・ヘラルド紙)などと伝えている。

大会期間中は警備体制が強化されており、パリ中心部にある店舗の売り上げの落ち込みが避けられそうにない。モンテーニュ通りの本社ビルにあるフラッグシップ店も打撃を受けそうだ。
 
それでも、費用増は簡単に吸収できると考えているのだろう。昨年のマーケティング・販売関連の支出は307億ユーロあまり。前出のパートナーシップ契約額は、その1%にも満たない金額だ。

ブランドビジネスに乗り出してから40年。フランスではLVMHを世界屈指のラグジュアリー・コングロマリット企業に育てたベルナール・アルノー氏を、18世紀に絶大な権力を誇ったルイ14世になぞらえる向きもあるという。現代の「太陽王」は自国でのオリンピック開催をきっかけに、ブランド帝国のさらなる拡大をもくろむ。

(松崎 泰弘 : 大正大学 教授)