「AIマッチングシステム」の先行利用は昨年12月に開始されている(webweb / PIXTA)

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今年6月、東京都婚活支援のためのマッチングアプリの開発を進めていることを発表。アプリの会員登録には最終学歴や年収などの入力や「真剣に婚活すること」を示す誓約書への署名が必要なことも報じられて、話題を呼んだ。

アプリの利用条件や稼働時期は?

アプリの正式名称は「AIマッチングシステム」。

アプリの会員登録には、写真付きの本人確認書類、自治体が発行する独身証明書、源泉徴収票など年収を確認できる書類の提出が必要になる。

利用者が相手に希望する条件などをもとに、AIが「相性がいい」と判定した相手を選び、紹介して出会いにつなげる仕組みだ。

2023年12月には、東京都が実施している結婚支援事業「TOKYOふたりSTORY」の交流イベント参加者などを対象に、先行利用が始まっていた。

6月の発表時点では「夏ごろまでの本格的な実施」が目指されており、「AIマッチングシステム」の公式サイトには「本格稼働は令和6年度の早い時期を予定しています」と記載されている。

しかし、都の担当者によると現在は先行利用者によるテスト的な実施が続いており、「本格稼働時期については未定」とのことだ。

2年間で約5億円の予算、結婚支援事業の意義とは?

東京都は、アプリ開発を含む結婚支援事業に2023年度は約2億円、24年度は約3億円を予算計上している。

これまで都に限らず、自治体が多額の予算を投じて行う結婚支援事業には批判が寄せられてきた。

Xにも「公共の予算で、婚活を支援するのは、結婚したくない人々の反対を招き、わたしも支持できない予算の使い方だ」との意見が投稿されていた。

また、自治体がマッチングアプリを運営することは民間のアプリ業者に対する「民業圧迫」であるとの懸念も指摘されている。

6月9日に放送された「ワイドナショー」では、漫才コンビ「アインシュタイン」の河井ゆずる氏が「マッチングアプリって、既存で、もう今の段階でメッチャあるじゃないですか」「他に税金回せるんじゃないかと思います」などとコメントした。

編集部が東京都に「AIマッチングシステム」の公共的な意義について問い合わせたところ、以下の回答があった。

「都の調査では、結婚に関心がある人のうち婚活などの活動をしていない人は約7割います。

都の結婚支援事業は、こうした結婚に関心がありながらも活動への一歩を踏み出せないでいる方々を後押しし、社会全体の結婚に向けた気運を醸成するために取り組んでいます。

マッチングシステムも、その一環となります」(都の担当者)

「成婚格差」を拡大させる恐れ

従来の婚活サイトやデートアプリなどでは、とくに男性は最終学歴と年収が高い方がマッチングしやすく有利であることが指摘されている。

AIを含む新規科学技術を社会実装する際に生じうる倫理的・法的・社会的課題(ELSI)について研究し、「マッチングアプリで『好みでない人のタイプ』を書くのは差別か?」などの論考もある倫理学者の長門裕介氏(大阪大学・特任助教)は、「AIマッチングシステム」でも既存のアプリと同様に年収や最終学歴の入力が必須である点には、サービスとしての有効性と不公平性の「ジレンマ」があると指摘する。

「パートナーになりうる人の学歴や職業、収入はほとんどの人が気にするところであり、こうした情報の開示なしで婚活を進めるのは無理があるため、職業や年収などの項目を求めない仕様にすることはサービスの存在意義を疑わせることになるでしょう。

一方で、自治体など公的な機関が行う施策としては、既存のサービスも含めた婚活の場で苦戦している人のためにはならず、既存のサービスだけでも成功する可能性が十分にある人の機会を増やすに過ぎないという点で、不公平なものになる可能性があります」(長門氏)

従来の日本の婚活でも、男性であれば年収、女性であれば年齢などの「スペック」が重視されてきた。

マッチングアプリは「スペック重視」の傾向をさらに露骨にして、年収の高い男性や年齢の低い女性ばかりが結婚でき、そうでない男女は結婚できない「成婚格差」をますます拡大させる恐れがあるのではないか。

アプリが格差を拡大している側面に、自治体がどれだけ気付いているかはわかりません」(長門氏)

なお、都知事選で話題になった石丸伸二・元安芸高田市長は「支援がなくても結婚する可能性が十分にあった人たちに、多額の税金を使って出会いの場を提供することに意味があったのか」として、約4600万円の事業費が投じられていた安芸高田市の結婚支援事業を2021年に廃止している。

ただし、自治体が運営するマッチングアプリは、利用料金などが民間のものよりも低コストになることが想定できる。そのため、低収入者が利用するハードルを下げて格差を是正する効果が発生する可能性もある。

石丸元市長「結婚支援は価値観の押し付け」

そもそも、未婚化や少子化の原因は、必ずしも「出会いの機会の少なさ」とは限らない。経済的な不安や子育て支援制度の不足、価値観の変化により「独身でも構わない」と考える男女が増えたことなど、さまざまな要因が考えられる。

6月に小池百合子・東京都知事は「都は、希望する誰もが結婚し、子供を産み育てられるよう、出会いから結婚、出産、子育てまで、シームレスに支援している」(6月10日「結婚おうえん TOKYOミーティング」)と語ったが、アプリを含む結婚支援事業にどれほどの効果があったのか、他の施策との比較なども含めて検証が必要だろう。

また、長門氏は、結婚を支援するための施策が「結婚して子供を持つことが当たり前」「結婚をしていない人には欠陥がある」などの観念の強化につながる可能性を懸念する。

2023年、三重県伊賀市は、「『結婚して子供を産む』という日本の古い価値観を、国や自治体が押し付けるべきではない」「性的少数者への配慮も欠けていた」として、7年間続けてきた民間事業者による婚活イベントへの補助を打ち切った。

前出の石丸元市長も、結婚支援事業を廃止した当時に「少子化対策としての結婚推奨は、結婚できない人、子供が持てない人を苦しめます。LGBTの方々へも配慮が足りません。そういった価値観の押し付けで、子や孫が田舎に寄りつかなくなっています」とコメントしている。

「疑似科学」が行政に侵入する恐れも

長門氏は「AIや行動データを活用してマッチングを最適化した」と謳うサービスを自治体が導入していることにも注意を払う必要がある、と指摘する。

「若者を中心に流行している性格診断や相性診断のなかには、心理学的な根拠のないものが少なくありません。

こうした機能を実装したアプリを自治体の名前でリリースすることは、行政に疑似科学的なものの侵入を許すことにつながりかねません。

また、婚活のなかで収集されるデータは個人の重要なプライバシーにかかわることも少なくなく、流出や目的外利用への対策など、事業者へのチェックも求められるでしょう」(長門氏)