【パリ五輪】中国はなぜ「卓球」が強いのか…専門家が現地で見た“卓球人口1億人”の日常 背景に“特殊事情”も
7月に開幕したオリンピック・パリ大会。連日、多くの競技で熱戦が繰り広げられています。毎回、夏季五輪で注目を集める競技の一つが「卓球」です。卓球界をけん引する強豪国といえば中国。その強さは、国際卓球連盟(ITTF)が発表している世界ランキング(2024年第30週時点、シングルス)で、男子の1〜3位、女子の1〜4位を中国の選手が独占していることからもうかがえます。
なぜ、中国の卓球はこれほどまでに強いのか――。中国在住歴のあるノンフィクション作家・中国社会情勢専門家の青樹明子さんは、人口14億人の中で1億人が卓球に関わり、その中からオリンピック選手が誕生する“巨大ピラミッド”の存在と、それを支える育成システムの存在を指摘します。専門家が目の当たりにした、中国国内の日常と社会的背景から、卓球王国の強さをひもときます。
生活に根差している卓球人気
中国で暮らし始めた頃、まず驚いたのが卓球台の多さです。大学、職場をはじめ、団地内の娯楽場、街の公園など、ありとあらゆる施設に卓球台が必ず置かれていて、老若男女問わず多くの人が気軽にラケットを握ります。彼らの会話に「卓球できる?」という言葉は存在しません。みんなができて当然なので、「卓球やろう」「いいよ」ですぐ“ピンポン”という音が響き渡ります。
卓球は中国人の生活に根付いているので、当然、競技人口も多くなります。総人口14億人のうち1億人が卓球を日常的に行い、卓球選手養成所には3万人ほどが在籍していて、プロの選手は2000人ほどいるといいます。
アマチュアの卓球愛好家については、週に2回以上、1回に1時間以上プレーする人だけで8300万人以上で、いかに卓球が中国の人々に愛されているかがよく分かります。
中国は今でこそ他を寄せ付けない圧倒的な卓球王国ですが、歴史は意外に浅いということに驚かされます。それ以前、1950年代、世界をリードしていたのは日本で、中国は“日本に追いつけ追い越せ”をスローガンに、今日の地位を獲得しました。建国以来、「スポーツを通じて、人民の健康を増強しよう」という国家理念が公にされ、1959年に開催された世界卓球選手権では、中国代表の容国団選手が、国際大会における中国選手として初の優勝を成し遂げ、これをきっかけに卓球人気が中国国内で沸騰しました。
競技人口の多さは選手層の厚さにつながります。14億人の中で1億人が卓球に関わり、その1億人の中からわずか数人がオリンピック選手になれるわけで、この巨大なピラミッドを想像しただけでも、中国卓球選手のレベルの高さがうかがわれます。
確立されている人材育成システム
では、競技人口1億人の中から、数人のオリンピック選手というピラミッドの頂点にはどうやって上っていくのでしょうか。そこには、他国ではなかなか見ることができない挙国一致体制のもとでの手厚い人材育成メカニズムが存在します。
まず、小学校に、卓球選手を目指す子どもたちのグループをつくります。その時点でいわゆる“金の卵”を発掘し、高度な卓球専門課程へと導きます。系統立った訓練と育成を通じて、頭角を現してくる子どもを次々と抜擢し、中国卓球チームに組み込んでいくわけです。
人間ですから、才能がいつ開花するかには個人差があります。小学校時代には目立った才能がなくても、後にめきめきと伸びていく場合もあるものです。そのために、青少年向けの育成システムも構築されていて、各レベルに応じた専門の学校、プロのチーム、究極は国家のチームへと通じる道が示されています。細かく張られた網の目から、どんな才能も逃さないといった“国家の意志”が垣間見られます。
こうしたシステムの中で、卓球選手を目指す若者たちは、技術力、体力、精神力などを育み、選手としての能力が総合的に育成されていくのです。
科学的アプローチを重視
近年、日本の卓球選手も、中国のプロチームで技術を磨くケースが増えてきました。中国各地のチームに入り、中国人コーチのもと、中国人選手に交じって中国語しか通じない世界で経験を積んでいくのです。すると、選手としての能力が飛躍的に伸びていくのですから、中国のシステムはやはりすごいと思わざるを得ません。
そんな日本人選手の代表例が福原愛さんですが、以前、福原さんが日本のスポーツ専門誌で、大変興味深いコメントを出されていました。
「中国語は、卓球についての言葉が豊富なんです。例えば、スマッシュについていえば、日本では『強い』、『弱い』それに『普通』の3種類くらいしかないと思いますが、中国では私の感覚として、30から10段階刻みで、120くらいまで表現する言葉がある感じなんです」※「Number」795号(2012年1月号)生島淳さんのインタビューより
中国卓球の精密さがよく表れているエピソードです。
また、科学的アプローチも重要な要素です。コーチングチームは、選手一人ひとりの特性に合わせてトレーニング計画を練るわけですが、先進的な技術分析、肉体訓練方法を基盤にして、選手が技術、肉体、メンタル、全てにおいて最高の状態を保てるように考えます。科学的アプローチがあってこそ、選手たちの競技能力が常に向上し、選手寿命も長くなり、中国卓球チームの安定的な発展にもつながっていくとの考えです。
政治とスポーツは切り離せない
中国卓球の強さは、中国が社会主義で、共産党一党体制であるという特殊事情も深く関わっています。
2024年7月24日、中国中央電視台CCTVのニュースで、習近平国家主席の言葉が紹介されました。
「スポーツの強さは、中国という国の強さになる。国が栄えればスポーツも栄える」
2022年1月、北京・冬季オリンピックの直前に国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長と面談した折、「冬季五輪が中国に注入するパワーや活力が気になる」と発言し、習近平主席の“スポーツ観”として注目されました。「スポーツの力は国力に比例する」というのは、共産党中国には深く根付いている考え方です。
中国は一党独裁国家なので、トップがどう考えるかで全てが決まります。トップ中のトップ、国家主席の発言はそのまま国家の指針となるので、国のスポーツ支援の度合いは西側諸国の比ではありません。
中国には「国家体育総局」という国務院直属の機関があり、スポーツ全般を管轄しています。中でも卓球は国の重点科目なので、特に重要視されているといってもよく、卓球界の成功も、国家の支援のもと、それに伴う数々の投資があったからというのは否めない事実です。
巨大な体育館の建設、1000台近い卓球台の無償提供など、卓球の基本的なインフラを整えることから始まり、国際大会への選手団派遣まで、国の手厚い支援があってこそ、今日の地位を築いているといっても過言ではありません。
このような状況のもと、金メダルは選手の人生を一変させます。
卓球ではないのですが、2020年の東京オリンピック・女子高飛び込みで、14歳の無名の少女が金メダルを獲得しました。広東省郊外の貧しい農村家庭に生まれた全紅嬋選手です。
彼女は7歳のときに才能を見出され、体育専門学校に所属することになりました。普通なら遊び盛りの子どもですが、彼女は「練習以外、何もすることがない生活だった」とメダル獲得後のインタビューで答えています。「休暇で家に戻っても、(遊びに)行くところもない。家にはそんなお金はなかったから」。
彼女のモチベーションは「賞金が欲しかった」なのだそうです。「お母さんが病気だから、そのお金で病気を治したかったから頑張った」。しかし彼女は、母親が何の病気かは分からないと言います。なぜなら「病名が書かれた字が読めないから」。
全紅嬋選手の金メダルは、小学生としての基本的な勉学、子どもとしての娯楽など、一切を犠牲にした上でもたらされていました。
金メダリストになって、彼女は貧困から脱却できました。住宅を提供され、いくつかの企業からはボーナスを受け取り、地元・広州市ではランドマークの広州タワーが彼女のためにライトアップされ、多くの遊園地や動物園が彼女を招待し、治療費に困っていた母親と、持病を持つ祖父に対して、病院は無償で医療を提供し、病室も個室が与えられたのだそうです。
才能ある子どもの能力を伸ばすというのは、もちろん素晴らしいことです。しかしその育成方法には、賛否両論があるのも事実です。
今回のオリンピック・パリ大会の卓球において、中国は堅実にメダルを獲得しています。歴史では先んじていた先輩格の日本は、どこまで中国に肉薄できるか、改めて注目していきたいと思います。