(左から)市川笑三郎、戸部和久

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2024年8月24日(土)、25日(日)、和楽器コンサートと歌舞伎俳優によるトークイベント「流白浪燦星(ルパン三世)-空をかける星の奏べ-」が三越劇場で開催される。『流白浪燦星(ルパン三世)』は、モンキー・パンチの大人気シリーズ『ルパン三世』を原作にした新作歌舞伎で、2023年12月に新橋演舞場で初演された。片岡愛之助のルパン三世をはじめ、おなじみのキャラクターたちが歌舞伎の舞台で鮮やかに、洒脱に活躍した。

今回のイベントは、Blu-ray、DVD発売を記念したもの。劇中の音楽が邦楽演奏家たちにより生演奏で披露される。歌舞伎俳優も登壇するトークショーも行われ、その様子は後日イープラス「Streaming+」で配信もされる予定だ。

次元大介を演じた市川笑三郎と、脚本・演出を手がけた松竹芸文室の戸部和久に話を聞く。実力派の女方として数々の舞台を支えてきた笑三郎が、ニヒルな歌舞伎の次元をどう演じたのか。そこには意外なモデルがいた。

■初演の役者にちなんだ色で

ーー片岡愛之助さんのルパン三世、尾上松也さんの石川五ェ門、市川笑也さんの峰不二子、市川中車さんの銭形警部(歌舞伎版では、刑部)、そして笑三郎さんの次元大介。原作でおなじみのキャラクターたちが、歌舞伎版でも大好評でした。

笑三郎:最初は不安でした。原作はスーツにジャケットですが、こちらは歌舞伎の衣裳。トレードマークの帽子をかぶることもできず、次元大介として受け入れていただけるだろうかと心配だったんです。床山さんと相談し、帽子に代わるものとして歌舞伎の「むしり」という鬘(かつら)を使うことにしました。少し大きめのものをご用意いただき、前髪が帽子のつばのような雰囲気になって。次元の長めの襟足のイメージを出すために、後ろは長めの茶筅(ポニーテールのようにひとつにまとめた髷)にしました。長めの茶筅というと、歌舞伎では白塗りの二枚目、若者の象徴です。それが次元に合うかどうか心配でしたが、上手いこと合って皆さんの反応も思った以上に良くて。

戸部:笑三郎さんにとって、人生初の「むしり」だったんですよね。

笑三郎:はい。白塗りではない立役も初めてですし、髭をつけたのも初めてでした(笑)。

戸部:とてもよくお似合いでした。公演前のビジュアル撮影の時も、笑三郎さんが登場された瞬間に、皆で「かっこいい! やばい! かっこいい!」と盛り上がったんです(笑)。それ以前から笑三郎さんのスーツ姿は素敵でしたが、やはり女方の笑三郎さんとして見ていたんだなと気づきました。今日の取材前の撮影では、もう「笑三郎さんかっこいい」が自然に出てくる。自分の中の笑三郎さんへの印象がちょっと変わったんだなと思いました。

--ちなみに廻し合羽の裏地はグリーンです。笑三郎さんがお好きな黄緑色にちなんだ配色だったそうですね。

笑三郎:子どもの頃から黄緑色が好きなんです。ちょっと身に着けたりコレクションをしているうちに幕内で広まり、「笑三郎は黄緑」と。誰かが黄緑色の物を持っていると「お前、笑三郎に断ったのか?」みたいな冗談が飛び交うようになり、衣裳でも黄緑や緑色を着せてもらえるようになりました(笑)。

戸部:歌舞伎の古典では、「初演の役者がこの格子柄で好評を得たから」みたいな理由で、役の衣裳の柄がある程度決まりになっていることがあります。ルパン歌舞伎が古典になった時は、次元のマントの裏地は緑色になるのでしょうね。初演で次元を演じた笑三郎さんが、緑色が好きだったからって。

■歌舞伎の次元に、『VIVANT』と権太

ーー戸部さんは、なぜ「女方の笑三郎さんに次元大介を」と思われたのでしょうか。

戸部:TVドラマ『VIVANT(ヴィヴァン)』での笑三郎さんのご活躍を拝見し、男の声音でお芝居をされる笑三郎さんも素敵だなと思ったんです。笑三郎さんが芸達者なことは誰もが知るところで、愛之助さんと舞台に並んだときの柄も合う。もしかしたらやっていただけるのでは、と。それでもお引き受けくださった時は驚きました(笑)。

笑三郎:私も私で意外すぎて、「私でよろしければ」という感じでした(笑)。

市川笑三郎

ーーお芝居や立廻りで、女方さんの癖が出てしまうようなことは?

戸部:それが、まったくないんですよ!

笑三郎:役に入ってしまえば「自分が女方だ」と考えることはなくなります。舞台の表でも裏でも境目なく、役のままルパンや五エ門と喋ったり、床几に座りルパンと雑談をする場面では、ルパンと次元のまま「あの場面どうする?」なんて打ち合わせをしたりしていました(笑)。

ーー笑三郎さんは、新作歌舞伎『NARUTO ナルト』で大蛇丸を演じたときも、原作ファンの方に大変よろこばれていました。役作りに迷うことはないのでしょうか。

笑三郎:今回に関しては、砥の粉顔にむしりの頭の次元ということで、うちの師匠・二世市川猿翁(三世市川猿之助)のいがみの権太(『義経千本桜』の登場人物)をモデルにやらせていただいたんです。私は師匠の権太に、いつも小せん(権太の女房)でご一緒させていただいていました。権太はただの悪党ではなく、実はいい人ですよね。師匠の権太から醸し出される憎めなさや、どれだけ強くてもちょこっと感じさせる男の色気をイメージして。

戸部:はじめてお聞きしました!

笑三郎:師匠はどんな役でもなされました。私自身も色々なお役をやってみたい方だったんです。けれども「あなたはやればできてしまう。今のうちからなんでもやる役者になってもらっては困る」と、立役も歌舞伎以外の仕事もお許しいただけませんでした。

ーーなんでもできる役者だと、何か困ることがあるのでしょうか?

笑三郎:「何がこの人の本当なのか」がない役者になっては駄目だということでしょうね。器用貧乏になってはいけない。何をやってもいいけれど、やるだけでなくできていなくては駄目だと。だから、どの役をやらせていただく時も、この芝居にこの人は欠かせないと言われるくらい極めてみよう、という気持ちで取り組んできました。そして「いつかやらせていただける時がきたら」と、師匠から見聞きすることを鬱憤が溜まるがごとく吸収して自分の中に貯めていったんです。

戸部:今回、新作ではありますが「ついに来た!」という感じでしょうか。引き出しに貯めていたとはいえ、それをいきなり舞台でやれてしまうのが、すごいです。イメトレだけでできることではないように思います。

戸部和久

笑三郎:私としては温め続けていたものを出しただけで、「いきなり」の感覚はないんです。でも、まさか自分が!? という役をやらせていただけるのは嬉しいですし楽しいものですね。『VIVANT』の高田明敏もそう。軍隊式敬礼や銃の扱いを正確に教えていただいたりもして。ただ、楽しいだけでやる時期を自分はもう過ぎているんだとも感じました。今回であれば、愛之助さんのルパンに対しての次元になれているかは意識していました。

ーー愛之助さんのルパンも大変好評でしたね。

戸部:稽古場では、台詞の口調をどのくらい原作アニメに寄せるかは、色々トライされていました。

ーーそこにあわせて笑三郎さんの次元ができていった。

笑三郎:私は稽古場ではあまり自分を縛りすぎず全体を俯瞰し、周りが出来上がったところで「ここに隙間があるからちょっと出てみようかな」といった役作りが性に合っています。それは女方の本質でもあるのでしょうね。次元もそのようにしてやらせていただきました。

■歌舞伎の「歌(か)」は音楽だから

ーー8月に開催されるのは、そんな舞台を彩った音楽のコンサートです。

笑三郎:音楽も大変評判が良かったですね。義太夫で始まり南禅寺(石川五右衛門が登場する古典の演目『楼門五三桐(さんもん ごさんの きり)』の通称)の舞台になり、あのテーマ曲が入るんですよね。盆を回し走りながら、アニメのオープニングをそのままやっているような気持ちになりました。お客様が楽しんでくださっているのも伝わってきて楽しくて仕方がありませんでした。

ーー音楽は、ルパンのアニメでおなじみの曲が和楽器で演奏されたものでした。

戸部:(藤間)勘十郎宗家がメンバーを集め、構成を考えてくださいました。まさに「打ち合わせ」の語源通り、邦楽のプロフェッショナルの方々がその場で音を出して打ち合わせて、セッションしながら作り上げていく。日本の古典芸能の世界はすごいなと改めて思いました。

『流白浪燦星(ルパン三世)-空をかける星の奏べ―』

ーーこのたびのコンサートでは、歌舞伎で上演するためにアレンジされた「ルパン三世のテーマ'78」、「斬鉄剣(石川五右衛門のテーマ)」、「トルネイド(次元大介のテーマ)」、「ラブ・スコール(峰不二子のテーマ)」、「銭形マーチ(銭形警部のテーマ)」の演奏が予定されています。

戸部:最初はテーマ曲だけをアレンジしていただくつもりだったんです。でも、やっぱり全部やりたいなと思って。

笑三郎:それぞれの曲がいい使い方をされていました。不二子の「ラブスコール」がしっかり花魁道中の曲調にアレンジされていました。次元のテーマ曲「トルネイド」は劇中ではあまり長くは流れませんでしたので、今回皆さんにお聞きいただけるのは嬉しいです。

戸部:三味線ですんなりアレンジできたのは「銭形マーチ」でしたね。

笑三郎:やはり、原曲から日本を意識したフレーズで作られているのでしょうね。

戸部:新橋演舞場での公演では、演奏家の皆さんには、役者さんを引き立てるための劇伴音楽として演奏いただいていた部分もあります。今回は生演奏というだけでなく、目の前のお客様に曲をお楽しみいただくための演奏になりますからその違いも楽しんでいただけるのではないでしょうか。

ーーコンサートでは、MCとして戸部さんも登壇されます。

戸部:MCでは楽器の解説を予定しています。歌舞伎がお好きな方は、お芝居の中で音は聞いたことがあっても、どんな楽器が使われているのかはよく知らない、という方も少なくありません。尺八と笛の違い、津軽三味線と長唄三味線の違いなど、和楽器の種類やそれぞれの魅力、それが『流白浪燦星』の楽曲にどう生かされているのかをお伝えし、日本の楽器の豊かさを感じていただければ。そして演奏家の皆さんが普段演奏されるような、古典の音楽もお楽しみいただきます。やはり音楽あっての歌舞伎です。歌舞伎の「歌(か)」は、音楽ですから。

『流白浪燦星(ルパン三世)-空をかける星の奏べ―』

ーーさらに各回ごとに、歌舞伎俳優の方によるトークショーもあります。笑三郎さんは、25日13時の回に、唐句麗屋銀座衛門役を勤められた市川猿弥さんと出演されます。

戸部:どの回も楽しみですが、笑三郎さんと猿弥さんは鉄板のコンビでしょう?(笑) 僕も客席で聞きたいぐらいです。女方の笑三郎さんとずっとご一緒されてきた猿弥さんが、むしりの笑三郎さんをどういう思いで御覧になったのか、気になるところです。

笑三郎:楽しみですね。

■あの5人のルパン歌舞伎をもう一度みたい

ーーあらためて振り返り、初演とは思えない完成度でした。8月11日には英語字幕付で日本・アメリカ・フランスほか世界28か国での生配信があり、8月7日からはBlu-ray、DVDが発売されます。

戸部:歌舞伎としては初演ですが、やはり原作のルパン一味と銭形の5人の完成度が非常に高い。5人の個性が確立しているんですよね。河竹黙阿弥の名作『白浪五人男(本題:青砥稿花紅彩画)』に通じるものがあります。原作を忠実に再現するのは、2.5次元舞台にお任せすることだと思っています。そうではなく歌舞伎でやるならば、と変換していくところに、我々歌舞伎でやる意味があるんじゃないかなっていう思いは、僕はありました。

笑三郎:その意味でも、ラストシーンはやらせていただいて良かったです。

ーー『白浪五人男』の「稲瀬川勢揃い」の場がルパンver.で再現されました。アニメの『ルパン三世』で『白浪五人男』をオマージュしたシーンがあり、それを逆輸入した形になります。

笑三郎:はじめは、アニメの通り舞台のセリから上がってきて台詞を言って終わる予定だったんです。でも「歌舞伎でやるのだから、歌舞伎の原作どおり(花道からの)出をやらないと意味がない」ってお願いをして。

戸部:皆さんにひっぱっていただき、助けられた初演でした。僕としては、歌舞伎の「稲瀬川」をそのままやることに皆さんへの遠慮があったんです。でも、とりあえず一度やってみようということになりました。

笑三郎:本役(実際の興行)で『白浪五人男』に出たことのある人ばかりですから、古典の台詞は覚えています。音楽も古典のままでお願いをして一通り。そして「やはり、ぜひやらせていただきたい」「アニメのシーンの再現だけではもったいない」と全員一致で。

戸部:皆さんのお芝居の説得力たるや……という感じでした。僕はもう「すいませんでした! やらしてください! ルパンに合わせた歌詞を用意します!」と急いで台詞を書き直させていただきました(笑)。

(左から)市川笑三郎、戸部和久

ーーまた劇場でも見たくなってきました!

戸部:僕もルパンのいちファンとして、やはりもう1回、この5人のルパン歌舞伎を見てみたいと思っています。笑三郎さんのイメージが更新されたように、皆さんがそれぞれに進化されています。それが歌舞伎のルパンをもまた進化させてくれるはず。それに向けたトークイベントになってくれるといいなと思います。

ーー笑三郎さんはご自身の女方の役を深めながらも、ご活躍の場を広げておられます。今後やりたい役はありますか?

笑三郎:義太夫狂言が好きなので、ずっと温めているのは義太夫狂言の役が多いように思います。ただ最近は、想像もしなかったようなお役をオファーいただけるようにもなり、自分から「これを」というのはありません。自分に眠っている可能性があるならば、引き出していただきたい。だって『白浪五人男』の忠信利平の立ち位置をやらせていただける日が来るなんて、思っていませんでしたから(笑)。

市川笑三郎

『流白浪燦星(ルパン三世)-空をかける星の奏べ―』は、8月24日(土)、25日(日)の開催。深掘り解説とともにお届けする、ルパン三世に欠かせない名曲、そして邦楽の名曲。和楽器の生の音色に触れ、日本の伝統芸能の可能性に心沸き立つコンサートになるに違いない。
 

取材・文・撮影=塚田史香