タイミーは東京・汐留の高層オフィスビル1フロアに本社を構える。小川代表はDeNAの南場智子会長はじめ多くの起業家たちから薫陶を受けてきた(撮影:尾形文繁)

スキマバイトアプリを運営する「タイミー」が本日7月26日、東証グロース市場へ上場する。公開価格ベースでの時価総額は1379億円。2018年8月のサービス開始にもかかわらず、「ユニコーン企業」となった。

創業者の小川嶺代表(以下、人物の敬称略)は27歳。立教大学生だった20歳のときにファッション事業を起業したが、事業存続に悩み自ら畳んだ。その後、残った借金30万円(うち20万円は親から)の返済のため、アルバイトに勤しむことになった。

「なんで応募にメールを使うんだろう。アプリで完結すればいいのに」。忙殺される中、ふと抱いた不満がきっかけとなった。そこからタイミーのアプリ開発とサービスの構築が始まった。

「すぐに働けて、すぐにお金がもらえる。コツコツがんばっている人が報われる世界を作る」。創業時から一貫して小川がこだわってきたことだ。

その言葉のとおり、タイミーのアプリは、仕事探しからマッチングまでが履歴書や面接なしで完結する。給与はバイトした日のうちに振り込まれる。クライアントの事業者は、バイトに出す報酬の3割に当たる額を、サービス利用料としてタイミーに支払う。

メルカリなどのライバル出現にも動じず

タイミーの登録ワーカー数は直近公表数字によると4月末時点で770万人。タイミーが開拓した、隙間時間を活用して働く「スポットワーク市場」はさらなる拡大が見込まれる。

今年3月にフリマアプリを展開するメルカリがスポットワークアプリ「メルカリ ハロ」を開始。今秋には人材大手のリクルートも市場に参入する。ベンチャーのタイミーにとっては強力なライバル出現となるが、小川に焦る様子はない。

「スポットワークが新しい働き方だという認識が広がるし、自分たちがナンバーワンになればいいから追い風」と余裕の構えだ。メルカリCEOの山田進太郎(46)は尊敬する起業家の1人で、一緒にサッカーをする仲という。

リクルートとも不思議な縁がある。タイミーがサービスを開始した半年後。小川はリクルート現社長である出木場久征(49)の訪問を受けた。

当時の出木場は、自ら買収を主導したアメリカのIndeed社のCEO。日本滞在は2日間というタイトなスケジュールの合間を縫ってタイミーを訪問した。出木場の感度の高さと、スポットワークというビジネスへの関心がうかがい知れる。

小川は意気込む。「人手が余っていた時代に江副(浩正)さんが、学生起業家としてリクルートを作った。人手不足というパラダイムシフトが起きた令和にタイミーが生まれた。リクルートの求人マッチングでなく、タイミーはオンデマンドでHR(人材領域)を制覇したい。ワクワクしている」。

コロナ禍を経て利用業態が広がる

「大企業もスポットワーク領域に関心があったが、コロナ禍で本業が大変になり新規事業にまで手が回らなかったのでは」。今年に入ってスポットワークの参入企業が増えた背景を小川はそう分析する。

コロナ禍は伸び盛りのタイミーにとっても試練となった。創業来、月次売上高が初のマイナスに転じ、採用をストップ。クライアント事業者の8割近くを飲食店が占めていたが、激減してしまった。

打開策としてターゲットにしたのが、ステイホーム需要に沸く物流領域だった。物流チームを発足させて、大手クライアントには専任担当をつけるなど試行錯誤で開拓を進めていった。スーパーなど小売業も増えた。


「創業時は飲食やイベントが対象領域と思っていたが、コロナ禍で業態を増やすことができた。今後は介護や保育、製造業を開拓したい」。小川は抱負を語る。

業績も成長軌道に戻り、2022年10月期は売上高62億円、最終利益2.5億円と初の黒字化を達成。人手不足を追い風に2023年10月期は売上高161億円、最終利益18億円へと跳ね上がった。正社員数は約930人の大所帯となり、過半が地方の支社・支店で働いている。

組織が急拡大する中、学生起業家である小川の役割も変わっていった。

1000人規模で5階層となった組織をマネジメントするうえで、権限委譲やビジョン作りを実施。月2回の全社員集会でビジョンを共有・浸透させつつ、活躍する社員が全社員の前でプレゼンする機会を毎月設けた。離職率を抑え、急拡大しても「壊れない組織作り」にコミットした。

並行して、本流である新規事業立ち上げでも陣頭指揮を執り続けた。今年2月に開始した「タイミーキャリアプラス」は、キャリア相談や資格、免許取得などのリスキリング講座を受けることができる。長期就業を望むワーカーと、人材を採用したい事業者を結びつけることが目的だ。物流・ホテルなど導入事業者が増えている。


おがわ・りょう/1997年生まれ。立教大学経営学部卒。高校生の頃から起業に関心を持ち、リクルートやサイバーエージェントなどでインターンを経験。2017年8月にアパレル関連事業を立ち上げるも1年で事業転換。2018年8月からスキマバイトアプリ「タイミー」のサービスを開始(撮影:尾形文繁)

昨年10月には「バッジ機能」も導入した。よい働きをしたワーカーに対し、事業者が管理画面上で業務を認定するというものだ。飲食店の「ホール」「洗い場」「調理」など特定業務でバッジを獲得すると、待遇や時給がよくなる仕組みとなっている。

小川は「キャリアプラスとバッジ機能は、会社の儲けとは関係ない。スポットワークのリーディングカンパニーが金儲けだけ考えていると、2番手、3番手も同じような仕組みになり、それが世の中の評価となる」と語る。そのうえで「働き手が働きたい環境を作れる会社がいちばん強い。これは思想だからマネできない」と胸を張る。

“大人たち”との絶妙な距離感

タイミーの成長戦略は明快だ。今後はホテルや介護、保育、製造業など人手不足に悩む業態への参入を進める。並行して、日本全国の市町村へインフラとして浸透することを見据えている。

すでに地方自治体や地方銀行との連携が進む。社員の平均年齢は30歳という若い会社だが、「地元出身のメンバーたちが支社コミュニティに属し、商工会に加入したり地域の祭りに協賛したりするなど地域に密着している」(小川)。

小川自身も、先輩経営者やクライアント企業のトップたちとの交流を大切にしている。「一年365日のうち340日は毎食会食。ゴルフにも行く」と笑う。株式上場を控えて、機関投資家らとの交流がさらに加わった。

スポットワーク市場の拡大は、企業の副業解禁も後押ししている。とくに物価高を受けて、2022年頃から生活費を補う目的でスポットワークを利用する人は増加傾向にある。企業の残業削減のトレンドも影響し、タイミー利用者の2割超を会社員が占める。

タイミーが支持を集めた理由の1つが、給与の即日払いだ。バイト代をその日のうちに遊びに使う学生もいれば、その日の生活費に充てるワーカーもいるなどさまざま。スポットワークを「貧困ビジネス」と指摘する声も聞かれる。

これに対し小川は「タイミーでの働き方が便利だから選んでいただいているだけで、押しつけているわけじゃない。嫌な仕事に派遣されるわけではなく、アプリ上で評価の高い会社や、自分の周辺で働く場所を選ぶのでまったく違う」と強く否定する。そして「タイミーだからこそ、こんな幸せな生活になったという方々をどんどん生んでいきたい」と力を込める。


オーナー経営者としてのこだわり

上場後も小川は株式19%強を保有する大株主だ。

持ち株比率については「生みの親でオーナーだけど、そこまで気にしない」と言う。「経営者として株主にどう判断されるのかが大事。仮に追い出されたら経営者として資質がなかったということで、そうなれば新しい会社を別に立ち上げるだけ」。飄々と答えた。

この考え方には、学生起業家のロールモデルとして尊敬するサイバーエージェント社長の藤田晋(51)をはじめ、複数の先輩経営者のアドバイスが影響しているという。小川の結論はこうだ。「時価総額1000億円の会社で株式50%を持つより、1兆円で10%のほうが大きい」。

サイバーエージェントの藤田は、創業間もないタイミーに出資した株主であり、メンター(助言役)でもある。上場について「藤田さんからは『自分の見る目は間違ってなかった』と喜んでいただいた。当時はよくわからなかったけど、まあでも面白そうだなと思ったそうです」と小川は笑った。

上場すれば、タイミーを取り巻くステークホルダーは一気に増える。これからライバルも攻勢をかけてくる。スポットワークのパイオニアは株式市場の期待に応えることができるのか。ユニコーンとしての上場は通過点に過ぎない。

(前田 佳子 : 東洋経済 記者)