深夜の東武スカイツリーライン越谷駅に並んだ500系「リバティ」とN100系「スペーシア X」(記者撮影)

東武鉄道の東武スカイツリーラインは、北千住―北越谷間が同じ方向に2本の列車を走らせられる複々線となっていて、朝夕の通勤通学ラッシュの大量輸送を担っている。その距離は18.9kmと、私鉄でいちばん距離が長い。大半は高架区間だ。

越谷駅に特急停車?

複々線区間の北端近くにある駅は新越谷、越谷、北越谷と続く。新越谷はJR武蔵野線の南越谷駅との乗り換え客で一日中にぎわっている。北越谷は東武鉄道が北千住―久喜間で開業した1899年からある駅で、当初はこちらが「越ヶ谷駅」を名乗っていた。両駅に挟まれた越谷駅は日光街道の宿場町に近く、1920年に地元の誘致活動によって誕生した。

越谷駅は高架上の島式ホーム2面6線。線路は外側から内側へ通過線、急行停車線、緩行線と並んでいる。通勤電車は急行・区間急行・準急・区間準急・普通とほぼすべての種別が停まるが、特急と地下鉄日比谷線直通の座席指定制列車「THライナー」の停車駅ではない。その越谷駅に6月30日日曜日の深夜、特急列車が“停車”した。

【写真】深夜の越谷駅に「スペーシア X」や「リバティ」、通勤電車がずらり集結。台風による車両基地浸水に備えた車両避難訓練の一部始終(25枚)

特急停車は東武鉄道が実施した「車両避難訓練」で実現した。東武スカイツリーラインと日光線、東武アーバンパークラインといった本線系統には、春日部や南栗橋など大雨で浸水する恐れのある車両基地が存在する。そのため同社では、災害が想定される場合に車両を高架に移動させる避難計画を策定している。

これらの車両基地に所属する列車は、どの駅のどこに避難させるかがあらかじめ決めてある。特急車両や新しい車両を先に逃がせるようにするが、特急ばかりを避難させても再開後の運用に支障が出るため、バランスを考慮した優先順位がある。地下鉄直通用も優先される。

春日部駅の1つ隣、北春日部駅周辺には車両基地の南栗橋車両管区春日部支所と、運転士や車掌が所属する春日部乗務管区が置かれている。訓練は同乗務管区を中心に実施した。


北春日部駅からリバティに備蓄品を載せて“避難”する(記者撮影)

訓練は大型台風接近で車両基地や施設に浸水の恐れが発生することを想定。水や食料のほか、アルコール検査器、出発点呼簿など、非常持ち出し備品を列車に積み込む手順も確認した。実際に乗務区の建物が使えなくなった場合は、列車内に「仮設本区」を設け、点呼やアルコール検査を実施することもありえる。

スペーシア Xが初参加

2021年から毎年実施している訓練は今回で4回目となる。最初の2021年にスカイツリーラインで2本、アーバンパークラインで1本の列車が参加。2022年はそれぞれ6本と2本に増やして負荷をかけることにした。2023年は日光線の栃木駅の高架に特急車両の100系「スペーシア」を避難させるなど変化を加えた。

2024年はN100系「スペーシア X」が初めて参加した。2023年に登場した同社の新たなフラッグシップ特急で、7月15日でデビュー1周年。浅草方先頭車の6号車には伝統の個室「コンパートメント」に加えて、プライベートジェットをイメージしたという最上級「コクピットスイート」、東武日光方の先頭車の1号車にはソファを配置した「コックピットラウンジ」など、豪華な仕様となっている。


乗務管区が水没するなどの非常時には列車内に「仮設本区」を設置することも想定している(記者撮影)

深夜1時10分ごろ、北春日部駅に最終電車が到着した後に各列車が避難を開始した。北春日部で非常持ち出し備品を積んだ春日部支所所属のリバティは、人気のない駅をどんどん通過しながら都心方面へ向かい、北千住駅付近で方向を転換。下り線を進み、越谷の急行停車線のホームに到着した。スペーシア Xは10分後に北春日部を発車し、リバティの後を追ってきた。

ほかの列車も次々とやってきて、越谷駅構内の下り通過線にスペーシア X、隣の急行停車線にリバティ、ホームの向かいの緩行線にTHライナー用の70090型が並んだ。


越谷駅下り線の“避難車両”。この前後にも車両が停まっている(記者撮影)

列車の縦列駐車も

さらにリバティの後方には南栗橋から参加した地下鉄半蔵門線直通車両の50000系10両が停車。70090型の前後の閉塞区間にはそれぞれ日比谷線直通車両70000系(いずれも7両)の“縦列駐車”が完成した。リバティの車内で出発点呼の訓練を実施した後、各列車は始発電車が走り出す前に車両基地へ帰っていった。

今回は館林乗務管区の運転士と車掌がリバティを運行、春日部乗務管区の助役が出発点呼を担当するなど、普段の乗務で実際にありうるケースを想定した。このほか、アーバンパークラインの七光台からも列車1本を野田市駅の高架に避難させる訓練を実施している。


同社運輸部管理課の担当者、中澤耀介さんは「普段から館林乗務管区の乗務員が春日部乗務管区に宿泊しているが、災害が起きた際も別の管区と連携して避難できるか確認するのも今回の訓練のポイント」と説明。縦列駐車については「避難計画に近い形で越谷駅構内の各閉塞区間に詰めて停車させてみることにした」という。

運輸部の入江一仁運転課長は「自然災害が激甚化しているなかで、鉄道事業を維持していくためには、車両をできるだけ多く高いところに逃がし、乗務員を避難させることを考えておかなくてはならない。非常事態に遭遇する前に訓練を積んでおく必要がある」と話す。

車両基地が浸水する前に車両を退避させることができるかどうかは、入念な避難計画の策定だけでなく、実践的な訓練の練度にかかっているといえそうだ。


「鉄道最前線」の記事はツイッターでも配信中!最新情報から最近の話題に関連した記事まで紹介します。フォローはこちらから

(橋村 季真 : 東洋経済 記者)