(写真:Fast&Slow/PIXTA)

大量の情報があふれる現代、「必要な情報をできるだけ早く、頭に効果的に叩き込みたい!」と考える人は多いのではないでしょうか。巷にはさまざまなインプット法があふれていますが、残念ながらそのほとんどに科学的根拠がありません。

スタンフォード大学・オンラインハイスクール校長である星友啓さんの著書『スタンフォード大学・オンラインハイスクール校長が教える 脳が一生忘れないインプット術』では、最新の科学が明らかにした効果的なインプット術、記憶に定着させるメソッド、モチベーション管理の方法、AI時代の情報の見分け方などを詳しく紹介しています。

本書の中から、今回は「脳とインプット」について、一部抜粋・編集してご紹介いたします。

速読の残念な真実

分厚い本をパラパラとめくるだけで内容がわかる、超人のような速読を行う人をテレビなどで見て、「私も身につけたい」と思った人は少なくないでしょう。

速読者はどのように言語イメージをインプットしているのでしょうか。例えば、本のページをパッと一瞥したときに、ページ全体が視界に入ってくる。そして、そこに書いてある言語イメージが一気に認識される。まるで、ページごとにパシャパシャと写真を撮るように。

しかし、残念ながら、パッと見でページ全体を把握する写真式の速読術は、目や脳の仕組みからして、科学的に不可能であることがあきらかになっています。

私たちが文字をくっきり認識できる、視野の中心部分である中心窩は、自分の手を前に伸ばして「グッド!」と親指を立てたとき、実際に親指の幅ぐらいのごく小さな領域です。


(画像:『スタンフォード大学・オンラインハイスクール校長が教える 脳が一生忘れないインプット術』より)

その周りの傍中心窩やその周辺になると、字がどんどんぼやけていき、4度を超える周中心窩では主に明暗の判断しかできなくなってしまいます。

こうした目のメカニズムのため、目を動かさずに、パッと認識できる文字数は非常に少なく、通常の本の文字のサイズで、英語のアルファベットだと17〜19文字ほどです。

つまり、パッと見だけで、1ページ全体に書いてある全ての文字を一気に認識して脳に焼き付けることは不可能なのです。人間の視覚のメカニズムの限界により、どう頑張ってもそんなことはできません。

目の動きを速くする意味は?

また、目の動きを速くすることでも、速読は不可能です。実際に私たちの読書中の目の動きを分析してみると、一つ一つの言葉ごとに、目の動きがほんの少しだけ止まっていることがわかります。つまり、私たちの目は「凝視してから次に動く」を繰り返しているのです。

私たちの目がそのように凝視と移動を繰り返しながら、正しい順序で一つ一つ言葉をインプットしていくことで、文章全体の内容の認識が生まれるのです。

これを踏まえたうえで、言葉を認識する脳と文字イメージを取り込む目が、神経を通して忙しくシグナルをやりとりしている様子をイメージしてください。


(画像:『スタンフォード大学・オンラインハイスクール校長が教える 脳が一生忘れないインプット術』)

まず、目を通して文字から得られた言葉の視覚イメージが脳に送られます。そして、脳からは目に対して「動く」「止まる」などの指令が送られます。

しかし、その指令は神経を通じて行われるので、時間がかかります。脳から指令が出て目が動くまでの時間は、読書中の場合、平均0.15〜0.20秒です。


(画像:『スタンフォード大学・オンラインハイスクール校長が教える脳が一生忘れないインプット術』より)

目が、ある言葉を凝視して次の言葉に移るまでは0.25秒かかります。その時間の大半である0.15〜0.20秒は、脳から指令が出て目が動くまでの時間なので、目を速く動かすことでは縮めることができない時間ということになります。

そしてもちろん、脳が目に指令を送るのにかかる時間は、目の筋肉をどれだけ鍛えたところで変わるはずもありません。つまり、いくら目の動きを速めても、指令にかかる0.15〜0.20秒は縮めることができないのです。

ということは、たかだか0.25秒の凝視を0.15秒にするのが限界ということになります。

したがって、目を動かす速さのトレーニングをいくら頑張っても、読書の速さは2倍にさえならず、通常の10倍や15倍の速読は不可能なのです。

読書中の8割は文字を見ていない

読むスピードを大きく左右しているのは、目の動きのスピードではなく、目から入ってくる文字情報を、脳が解釈するスピードです。

人が黙読しているときの視線を、コンピュータで詳細に追跡すると、読書中のほとんどの時間、目は文字を見ていないことがわかりました。

読書をしているとき、目を使って新しい文字情報をインプットしている時間は読書時間のごく一部で、読書時間のおよそ8割は、脳が言葉の意味を理解するのに費やされているということになります。

ようするに、読書の鍵は目の動かし方ではなく、脳の理解力が8割なのです。

これまで良しとされてきた速読の方法が科学的に検証した結果、不可能であることがわかりました。では、驚異的な速読術を身につけた人たちは一体何をやっているのでしょうか。それはズバリ、「つまみ読み」です。

効果的な「つまみ読み」のコツ


実際に、速読者の目の動きは、全体を捉えることなく、ごく一部の文字情報にしかフォーカスしていないことがわかってきています。

最新の科学が明らかにした効果的な「つまみ読み」のコツを、ここでは1つだけ解説しましょう。

突然ですが、クイズです。

いつものあなたのスピードで全部読むと10時間かかる本があります。しかし与えられた時間は5時間です。

半分の時間で、できるだけ本の内容をインプットするためには、次のどの「つまみ読み」の方法が良いでしょうか?

A 同じスピードで全体の前半だけ全て読む 
B 同じスピードで全体の後半だけ全て読む
C 同じスピードで全段落の前半だけ読む

どれもあり得そうですが、この中のどれか1つが飛び抜けて効果が高いという結果が出ています。

答えは、Cです。

文章はおしなべて前半のほうにキーになる言葉や考えが出てきます。読むべき材料の各段落の前のほうだけを「つまみ読み」しておくと、全体の内容を素早く把握することができるのです。

(星 友啓 : スタンフォード大学・オンライン高校校長 哲学博士)