デイサービス福老が営むカフェで人気の「おにぎらず」(写真:株式会社ロングリバー提供)

性別や年齢、障害の有無などが異なる、さまざまな人がありのままで参画できる「インクルーシブ(inclusive)な社会」とは……。医療ジャーナリストで介護福祉士の福原麻希さんが、その糸口を探っていきます。【連載第20回】

認知症と診断されたら、急に周囲から「何もしなくていいよ。座ってて」と言われるようになったと、当事者から聞くことがある。認知症になると「何もできない」「何もわからない」という、極端な誤解と偏見が社会に根強いからだが、決してそんなことはない。

今回は、介護保険制度のデイサービス(通所介護)や特別養護老人ホームなど、利用者が地域で「働くこと」に取り組んでいる様子を紹介する。

にぎらないおにぎりカフェ

福島県いわき市にカフェ「にぎらないおにぎりカフェふくろう」がある。ここはデイサービス福老(ふくろう:BLGいわき)の1階にあり、要介護の利用者が調理や接客をしている。


カフェ「にぎらないおにぎりカフェふくろう」の外観(写真:株式会社ロングリバー提供)

利用者は送迎車で来所し、健康チェック(体温や血圧の測定)を受ける。軽く雑談したあと、9時半になると同時にお揃いのエプロンを着けて、カフェでの仕事を始める。

掃除機をかける人、テーブルを拭く人、野菜を刻む人、から揚げを作る人、小鉢を作る人……。それぞれがルーチンの仕事に入っていく。

カフェのオープンは11時で、14時半まで開いている。13時までのランチタイムはお客さんでにぎわう。

メニューは、おにぎらずランチ、お子様ランチ、から揚げ食べ放題の3種類。おにぎらずとは握らないおにぎりのことで、「プリップリエビフライとタルタルソース」「アボガドとサーモンのミルフィーユ」など、8種類ある。


「おにぎらずランチ」おにぎらずの切り口はSNS映えするほど(写真:株式会社ロングリバー提供)

テイクアウトもでき、最近では弁当の注文も受けている。

デイサービス福老(以下、福老)の利用登録者数は18人(男性4人、女性14人*取材時)で、年代は50代〜90代。毎日5人ずつ来所し、併設するカフェのスタッフとして働く。利用者は「メンバー」と呼ばれ(*1)、長く専業主婦をしていて、初めて外で働くという人もいる。


カフェの内観。カーテンやテーブルなどはメンバーが自ら選んで買ったもの(写真:株式会社ロングリバー提供)

カフェではメンバー1人に福老のスタッフ1人が付き添い、作業を見守る。

要介護度は要支援1〜要介護3で、認知症の進行度が高い人もいるが、進行度にあわせて、できることをしてもらっている。

例えば、カフェのいすに座って歌を口ずさみ、フロアをなごませたり、裏方でスタッフの手を借りながらテイクアウトのお弁当を袋に入れたりする、などだ。

福老を経営する株式会社ロングリバーの代表取締役で、デイサービスの生活相談員も兼ねる長谷川正江さん(57歳)は、「来所当時は無表情だったメンバーも、カフェのいすに座っているうちに、表情に変化が出てきました。周囲からさまざまな刺激を受けているからでしょう。ご家族も喜んでいます」と話す。

カフェを始めたきっかけは、デイサービスでの昼食で「おにぎらず」を作ったとき、とても見栄えよくできたからだ。

利用者から「自分たちだけで食べていたら、もったいないよね」「これ、売れるよね」という声が上がり、瞬く間にメニュー案が集まった。そのときのメンバーの希望に満ちた表情に、長谷川さんは大きく心を動かされて、カフェを始めることにした。


朝のオープン前準備では、手際よく室内を掃除していく(写真:株式会社ロングリバー提供)

2021年にオープンし、今は平均30人前後のお客さんが利用するが、認知症の症状によって、メンバーの接客がスムーズにいかないこともある。

長谷川さんが「右側のテーブルへ(料理を)持っていってください」と依頼しても、メンバーが左側のテーブルへ運んでしまう。このときは気付いたお客さんが「あちらのテーブルの人が頼んだのかな」と教えてくれ、無事に料理は注文した人の元へ。

テイクアウトのお弁当箱にから揚げを入れ忘れたこともあり、それに気付いた担当メンバーはとてもショックを受けたそうだ。

注文を取りにいったきり戻ってこないので、長谷川さんがテーブルを見にいくと、メンバーがお客さんの赤ちゃんをあやしていたこともあった。

提供する食事の質や安全面は、スタッフが厳しく管理している。

例えば、から揚げでは中までしっかり火が通るよう、温度管理が重要だ。そこで、鶏肉に片栗粉を付けて、フライヤーに入れるところまではメンバーが担当し、油の温度や肉の揚がり具合はスタッフがチェックしている。

一方で、お金を扱うところの一部はメンバーに任せている。自分たちの仕事の成果が認識できるからだ。スタッフは、メンバーが売り上げの計算を間違えても「誰でも間違えることはある」と見守る。

アルツハイマーになったら悪いのか?

デイサービス福老は、100BLG株式会社(東京都・代表取締役平田知弘)の加盟事業所の1つだ。

同社は、認知症や要介護の人の生活の選択肢を増やす「地域・社会・仲間とつながる認知症共創コミュニティづくり」を事業としている。全国に「社会参加型の介護施設」を100カ所作ることを目指している。

平田さん(45歳)はNHKのディレクターを辞めて、共同で同社を設立した。きっかけはディレクターとして認知症に関する番組を制作したとき、当事者からの「アルツハイマーになったら悪いのでしょうか」という声が心に刺さったからだ。

認知症の人に対する社会の偏見や当事者の苦しみが、その言葉に込められていることを、深く感じ取った。

番組の取材で、「DAYS BLG!(特定非営利活動法人町田市つながりの開・代表前田隆行)」を知った。

前田さんは、日本で初めて認知症の利用者が仕事をし、対価として謝礼を得る社会参加型デイサービスのモデルを構築した。「社会の一員として働きたい」という声を実現させるため、厚生労働省に何度も出向いて、要介護者が働く意義を訴え実現させた(*2)。

現在は全国18カ所のデイサービス、デイサービスとショートステイ、訪問介護を柔軟に組み合わせられる小規模多機能型居宅介護、特別養護老人ホームなどで展開している。

イチゴ農家で作業を手伝う

その1つ、岡山県のBLGきのこ(社会福祉法人新生寿会・西部いこいの里 認知症対応型通所介護事業所)は、地域の農家、小中学校や保育園から依頼を受けて、有償無償の活動をしている。

特に、毎年3月〜夏は、イチゴ農家の施肥(せひ)作業(作物に肥料を与える)として、植木ポットに土を入れる(*3)。


BLGきのこでは、地域のイチゴ農家の施肥作業を有償で受注している(写真:社会福祉法人新生寿会・西部いこいの里提供)

5人のメンバーが、多いときで約360個を詰める。

委託先の農家からは「孤独な作業だが、みなさんと世間話をしながら作業でき、精神的に支えられている」と言われたそうだ。農家からは、月ぎめで謝礼を得ている。メンバーはそれで、家族にささやかな贈り物をしているそうだ。

BLGきのこの田中美鈴施設長(61歳)は、「メンバー同士が作業のコツを教えあうなど、お互いに支えあっています。これまで私たちスタッフは、介護が必要な人の過去の人生に注目しながらサポートしてきましたが、それだけでなく、『いまできること』を引き出したり見つけ出したりすることの大切さを感じています」と話す。

長野県のBLG諏訪(株式会社一夢希〈いぶき〉・小規模多機能型居宅介護)では、近所の美容室から「パーマ紙(パーマをかけるとき、ロッドに巻く紙)」を再利用するための、シワを伸ばしたり広げたりする作業をボランティアで受けている。座ったままできるため、要介護4のメンバーも積極的に作業する。

障害者施設からは、昼食のみそ汁の具の野菜をカットする作業を受注している。多いときは約20人分の玉ねぎやじゃがいも、にんじんなどを包丁で切る。こちらは謝礼を得ている。

おいしいビールを飲むぞ

このほか、地域の酒造会社の協力で、福祉大学の学生や保育園の子どもたちとともに、ビールの原料となるホップを栽培する。ビールが商品化できたら、酒造会社が販売代金の一部を寄付できるかもしれないとのこと、メンバーは「おいしいビールを飲むぞ」と張り切っている。


BLG諏訪では、酒造会社と地域の大学・保育園と協働してビールの原料のホップを育てる(写真:100BLG株式会社提供)

いずれも高齢化率が高まる山間部の過疎地域であり、また認知症の人に対する偏見がいまだ根強い。


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だが、BLGの活動によって変化してきたそうだ。BLG諏訪代表の藤森史考(ふみたか)さん(45歳)は、「『認知症になっても、自分ができることをしていきたいわ』という声をたびたび聞くようになりました」と話す。

認知症の状態に応じて環境調整をすれば、できる作業はある。介護保険サービスを提供する事業所には、その対応力がある。

地域で介護が必要な人が活躍できる場、地域貢献できる機会を作る事業所が増えれば、地域の「認知症」に対する考え方が変化していくことを、BLGの取り組みは証明している。
 
*1 100BLGプロジェクト全体のルール。
*2 労働の対価となる謝礼が労働基準法第11条に規定する賃金に該当しないこと、および、介護サービスの事業所が利用者を見守り、活動の謝礼を事業所が受領しないことで認められた(若年性認知症施策の推進について、平成23年4月15日付)。
*3 当初は、井原市社会福祉協議会「農福環境ボランティア連携サポートセンター」に登録し受注した。昨年、同協議会担当者が退職した後は、一般社団法人mimoza(井原市)が設立され農福連携が続いている。地域からも受注している。

(福原 麻希 : 医療ジャーナリスト)