写真は3業態の複合店「松屋食堂」明大前店(撮影:梅谷秀司)

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複合店舗戦略により、今後の店舗網拡大・ブランド力向上を狙う松屋フーズ。将来的には牛丼界のナンバーワンを目指す。写真は3業態の複合店「松屋食堂」明大前店。3業態店舗は国内に10店舗、「松屋食堂」と名付けられた店舗は4店舗存在する(撮影:梅谷秀司)

自分の行動範囲に新しい店ができるとすぐに気づくのは、見慣れた風景に異物が混入し、違和感を感じるためだ。

つい最近、その違和感を覚えた。真新しい看板が掲げられているばかりでなく「松屋」「松のや」のロゴが並んでいたためだ。

牛めし専門店ととんかつ専門店の複合店舗なのだそうで、松屋ととんかつを合わせた約1220店舗のうち、386店舗まで増加している(2024年6月)。

消費者を驚かせるメニュー開発

松屋は1966年創業の牛めし専門チェーンだ。厳密には、創業時は「中華飯店」として出店。牛めし・焼肉定食店として開業したのは2年後となる。松屋は牛めしの店と言いつつ、さまざまな丼ものや定食など、メニューがバラエティに富んでいる。これは創業時からの伝統だったわけだ。

期間限定商品として挑戦的なメニューを発売することも多い。

2020年1月にジョージアの郷土料理「シュクメルリ」を発売し、消費者を驚かせたことからも、メニュー開発における冒険心を垣間見ることができる。

【写真】ロースかつが店内で手仕込みされている様子、「牛めし」「ロースかつ&有頭大海老フライ(2尾)定食」「ネギたっぷり旨辛ネギたま牛めし」「たっぷりチーズハンバーグオムレツカレー」「松屋特製ロースかつビーフカレー」など(11枚)

同チェーンに並ぶ3大牛丼チェーンが吉野家、すき家だ。

吉野家は魚河岸でのかきこみ飯から始まった歴史を含め、あくまで「牛丼」専門チェーンとしてのブランドイメージを強く打ち出している。国内に1232店舗、海外に1000店舗を展開(2024年5月)。

すき家はメニュー数は少ないものの、うな丼やほかの丼もの、カレーなどを展開。国内1957店舗、海外675店舗となっている(2024年5月)。


松屋の看板メニュー、「牛めし」(400円)。1.1ミリの薄さにカットし煮込んだ牛肉の、とろけるようなやわらかさが特徴(撮影:梅谷秀司)

松屋フーズ、吉野家ホールディングス、すき家のゼンショーホールディングス、いずれのグループも複数業態を抱えており、吉野家ははなまるうどんを、ゼンショーははま寿司、なか卯、2023年4月に傘下に収めたロッテリアなどなど、すき家以外に国内18ブランド展開。

松屋フーズが展開するのは2013年にスタートした「マイカリー食堂」など8ブランドだが、上記が既存のブランドを後から傘下に収めているのに対し、松屋フーズは自前で開発しているところに特徴がある。

新業態開発を積極的に進めており、2024年に生パスタ専門店「麦のトリコ」を出店している。

「複合店には需要がある」という気づき

このように自社開発ブランドが多いことは、複合店を増やしやすい背景にはなっているだろう。

しかしそもそも、なぜ独立しているブランドをわざわざドッキングさせなければならないのだろうか。


「松屋」「松のや」のロゴが並ぶ複合店。写真は住吉店(筆者撮影)

同社事業推進部で複合企画について担当している岩粼孝文氏は次のように説明する。

「今はもう存在しないものの、とんかつチェーンと蕎麦チェーンのコラボが最初の複合店。重いものと軽いもので需要があるのでは、という着想から始めたが、その狙いが思いのほか当たり、想像以上に売り上げが伸びた」(松屋フーズ事業推進部・複合企画グループ チーフマネージャーの岩粼孝文氏)


店内。3店舗複合店の場合、注文されるメニューの構成比は松屋メニューが50%だという。もともと松屋のメニューが多いことも理由だろう(撮影:梅谷秀司)

「複合店には需要がある」という気づきを得て、2020年、松屋とマイカリー食堂の複合店舗梶が谷店を出店、その後、松屋と松のやの複合店、浦和中町店を出店し、同社の複合店戦略が本格的にスタートする。
複合店舗の中でも勢いがあるのが、とんかつの業態だ。


「ロースかつ&有頭大海老フライ(2尾)定食」(1350円)。サクッと軽い衣、やわらかくジューシーな肉が合わさった、食感と旨味が醸し出すハーモニーは店内手仕込みの賜物だ(撮影:梅谷秀司)

松のやは前身「チキン亭」として2001年にスタート。店舗で一から手仕込みし、衣はサックリ、肉はふっくらジューシーに仕上げたとんかつが自慢だ。2016年頃から店舗網が拡大し始め、現在は単体124店、ほかの業態との複合店441店舗となっている。急速に複合化が進んでいるのだ。

「複合店にすることで、2倍とまでいかないが売り上げに貢献できるのは間違いない。また、複合店の店舗数が増えたことによって、松のやの看板が以前より認知されてきていると感じている。複合店の付加価値とは、それぞれが専門店であること。相乗効果でブランド力アップにつながっているのではないか。つまり2つの専門店の味が1つの店舗で味わえる、ということだ」(岩粼氏)


複合店はメニューの幅が広いため、ファミリーやインバウンドにとっても使いやすい(撮影:梅谷秀司)

確かに、筆者も「松屋」「松のや」が並んでいるのを見て、初めて松のやというブランドを認識した。松のやの看板だけでは「ご当地チェーン」のようにも見えてしまうのだ。

業績については、松のやをマイカリー食堂との併設に改装することにより、既存の1.8倍になった実績があるそうだ。

また全国に10店舗広がっている、3業態の複合店については、コア層の30〜40代男性に加え、ファミリー層が増える、客単価が上がるという傾向もあるという。


家族連れにも対応できる、テーブル席(撮影:梅谷秀司)

いいことずくめの複合店だが、課題もある。オペレーションの問題だ。それぞれ専門店なので、仕込みに手間もかかるし、専用の厨房スペースも必要になる。さらにどのブランドも2週ごとのペースで新メニューを発売するので、オペレーションが複雑になる。

「配送、食材管理、厨房のポジションなどの工夫で、生産性や効率を図る必要がある」(岩粼氏)

松屋はもともと都内が強いチェーン。しかし複合店舗ならスペースの大きな店舗でも勝負できることから、現在、郊外ロードサイドの強化を図っている。


女性人気が高いという「ネギたっぷり旨辛ネギたま牛めし」(580円)。コチュジャンを使用したピリ辛の特製タレ、半熟玉子がシャキシャキ食感の青ネギ、牛めしに絡んで、ガッツリながら爽やかな味(撮影:梅谷秀司)

牛丼、とんかつ、カレーについては専門店としての認知が高まっているため、この3つの業態の複合化を積極的に進め、「牛丼界店舗数1位」を狙っていくという。2023年には72店舗を出店しているが、2024年も同程度かそれ以上の出店を予定しているそうだ。

「とくに松のやについては、2年後に同業他社を抜いて店舗数で業界1位になっているかもしれない」(岩粼氏)

松屋における「カレー問題」

松屋フーズとしても大きな期待をかけ、消費者の立場としてもメリットが大きい複合店舗。

ただ1点、懸念されるのが「カレー問題」だ。

実は松屋、松のや、それぞれに独自のカレーが存在する。さらにカレー専門店としてマイカリー食堂がある。

複合店ではどうなるのだろうか?

まず、松屋のカレーから説明していこう。こちらは創業当時から提供されていたものの、1980年代から牛骨や牛バラ肉を煮込み、10種類のスパイスなどを調合した本格的なカレーへと移行。「ごろごろ煮込みチキンカレー」「ごろごろチキンのバターチキンカレー」といった大ヒットメニューも生み出してきた。

松屋フーズによると「カレーに対する創業者の思い入れが非常に強い」ことが、松屋のカレーへのこだわり、カレー人気につながっているようだ。大手カレーチェーンのような万民受けする味というよりは、スパイス味があってしっかりした味だ。

松のやで提供されているのは「黒カレー」。手仕込みロースかつとの相性に徹底的にこだわり、辛さの中にも旨味が感じられるという。

マイカリー食堂にはカレーソースだけでも「カツに合うカレー」「マイカレー」「ビーフカレー」の3種類がある。辛さが選べるうえ、追いスパイスで自分好みの辛さに調整することも可能だ。

かつカレーがマイカリー食堂の看板メニューに

同ブランドはカレーも人気だが、岩粼氏によると、看板メニューはロースかつカレー。松のやと同じ食材を用い、店内で手仕込みされているロースかつが高コスパと評価が高いのだ。なお、マイカリー単体店ではなく松のやとの複合店のほうが、さらにコスパ高く食べられる。なぜか、ロースかつカレーの価格が両者で異なり、マイカリー食堂では790円、松のやとの複合店では690円だからだ。


「たっぷりチーズハンバーグオムレツカレー」(1150円)。スパイシーでコクのあるカレーがオムレツの甘みによく合う(撮影:梅谷秀司)

今回、3店舗複合の「松屋食堂」ではマイカレーの中辛を、松屋と松のやの複合店舗で松屋特製ビーフカツカレーを試食した。

マイカレーは、ひと口目はさほど辛く感じられないが、複数のスパイスが組み合わされたような奥行きがあり、後からじわじわくる辛さだ。


ロースかつは店内で手仕込みされている(写真:松屋フーズ)

ちなみにマイカリー食堂にはかつに合うカレーがラインナップされているが、確かに、マイカレーはとんかつに合わせると、カレー、とんかつ双方がもったいないように思う。かつにしっかりと旨味があるので、やや、マイカレーの味と溶け合わないような気がするのだ。

松屋と松のやの複合店舗で食べられる「松屋特製ロースかつビーフカレー」(870円)は、、カレー自体が牛肉やフルーツをじっくり煮込んだ、かなりしっかりと濃厚な味だ。ゴロッとした肉の塊も入っている。しかしなぜかかつといっしょに食べても、双方の旨味が喧嘩することはない。考えてみれば松屋ではカレーに味噌汁を合わせるので、和食との相性も考慮されているのかもしれない。


松屋と松のやの複合店で食べられる「松屋特製ロースかつビーフカレー」(870円)。味噌汁とセットになっているのが嬉しい。サラダは別売り(筆者撮影)

このように、それぞれのこだわりカレーがブランドの魅力の一つでもあるのだが、複合店になると、「カレーコンプレックス」とも言うべき複雑な問題が起こる。

まず、今回訪ねた3店舗の複合店で扱うのはマイカリー食堂のカレーのみのようだ。そして松屋とマイカリー食堂の複合店では、店によって扱う種類が異なる。松屋と松のやの複合店では、松屋のカレーのみとなる。

これらの違い、一般消費者にとってはわかりにくい。複合店を今後増やしていくにあたり、カレーコンプレックスによって、ブランドもわかりにくくなってしまわないかと懸念される。

また、今は「松屋」「松のや」が並んでいることでの「違和感」が、ブランド認知向上に役立っている。将来的に複合店が松屋フーズの「当たり前」になってしまったとき、松屋フーズブランドとしての底力が試されることになるのではないだろうか。

(圓岡 志麻 : フリーライター)