JR西日本が鉄道メンテナンスの現場に投入した人型重機と同社の長谷川一明社長(記者撮影)

JR西日本、日本信号、ロボットベンチャー企業の人機一体の3社が共同開発する多機能型鉄道作業用重機が、実際の鉄道設備メンテナンスの現場で本格稼働を始めた。主として墜落、感電などの危険を伴う高所での作業に用いられ、人手に頼る作業を機械に置き換えることで、労働災害ゼロを目指すほか、顕在化する労働不足にも対応する。

高所の塗装や伐採に投入

国内の産業を見渡せば、高所作業にロボットを活用しようという試みはJR西日本が初めてではない。たとえば、北陸電力は大学などと共同開発した配電工事用ロボット「アシストアーム」を導入し、高所作業ではロボットが作業員の乗ったカゴに設置され、作業員の補助作業を行う。しかし、その形状は人型ではない。JR西日本は、工事現場などでの肉体労働で人間の作業を代替するなら人型がよいのではないかと考えた。そんなとき目に留まったのが人型のロボットを開発する人機一体だった。

これまでは人機一体が製造した人型の試作機「零式人機」が展示会などでデモンストレーションを行っていたが、あくまで試作機であり連日のように屋外で活用することは想定していない。そこで、日本信号が製品化を前提としたバージョンを完成させた。7月から京阪神エリアにおける鉄道の現場で架線支持物の塗装や支障をきたす樹木の伐採といった作業を行っている。

【写真】JR西日本の多機能型鉄道作業用重機、いったいどんな「人型ロボ」なのか?

2本の腕で高さ12mまでの高所作業が可能。最大40kgの物を持ち上げられ、腕先はチェーンソーやブラシなどに交換することでさまざまな作業に対応する。従来の塗装作業は1チーム5人で行っていたが、使用開始後は3人で対応可能。同様に伐採作業は従来の3人から2人に減る。

この重機は大型アームに取り付けられた人型の重機、コックピット、鉄道工事用車両から構成される。車両は道路と線路の両方を走行可能。現場に到着すると作業員はコックピットに乗り込み、アームを動かして人型重機を遠隔操作する。人型重機にはカメラが搭載されており、作業員が装着するVRゴーグルを通してロボット目線での遠隔操作が可能だ。操縦レバーには人型重機がつかんだ物の重さや感触も伝わる仕組みで、JR西日本の長谷川一明社長は「自分で作業しているような直感的な操作ができる」と胸を張る。

「多機能型鉄道作業用重機」愛称は?

実戦投入に先立つ6月27日、実用化バージョンが都内で公開された。黒を基調とした零式人機と異なり、新たにお目見えした実用化バージョンは青い外殻に覆われている。青はもちろん、JR西日本のコーポレートカラーである。そして、胸に小さく「NIPPON SIGNAL」の文字が。零式人機は胸に「人機一体」と書かれていたので、メーカーが変わったということが確認できる。


実用化バージョンの人型重機(記者撮影)

試作機と実用化バージョンは何が違うのか。この点についてJR西日本に尋ねると、「耐久性を高めた」(同社電気部電気技術室(システムチェンジ)の梅田善和課長)とのことだった。屋外で作業すれば雨、風、防塵などの対策が必要となる。これが外装を強化した狙いということだ。

当面はこの1台とのことだが、「実際の作業で効果が確認できれば増やしていきたい」(長谷川社長)。さらに今後も開発を継続して、塗装や伐採以外の作業にも広げていく。人機一体の金岡博士社長は「JR西日本で行う作業はほかのJRや鉄道各社にも横展開が可能」と話す。JR西日本で成功すれば、同じように人手不足に悩むJR各社が採用する可能性は高い。

さらに、その先の将来としてトンネル内の点検、清掃や交通信号機の取り替えなど、長谷川社長は「インフラメンテナンス全般に広げて、労働力不足の解消に貢献していきたい」と意気込む。ほかの業界にも波及して採用企業が増えれば、製造台数が増える。製造を担う日本信号にしても量産化によって利益を稼ぎたいはずだ。

なお、今回の実用化バージョンをJR西日本は「多機能型鉄道作業用重機」と呼んでいるが、あまりにも呼びにくい。人機一体が製造した試作機には零式人機という愛称がある。この点について、梅田課長に尋ねると、愛称を付ける計画はあるようだ。「公募もしながら使用する人たちに決めていただく」(梅田課長)。せっかく人の形をした重機なのだから、「ガンダム」「パトレイバー」のような愛称を付ければ大きな話題を集めるに違いない。

滋賀をロボット産業の拠点に

JR西日本が鉄道作業用重機の本格稼働に向け準備をしていた頃、人機一体は滋賀県草津市にある本社で新たな試作機の開発に取り組んでいた。6月10日には、三日月大造知事が同社を訪れた。

国は有望なスタートアップを育成支援する「J-Startup(ジェイスタートアップ)」という取り組みを行っており、関西から76社が選定されているが、その多くが大阪、神戸、京都といった大都市に本社を構えており、滋賀県の企業は人機一体1社のみ。三日月知事は滋賀県でもスタートアップ支援を強化したいと考えており、人機一体の持つ技術を自分の目で確かめたいと考えたのだ。


ロボットベンチャー企業「人機一体」の金岡博士社長(左)と滋賀県の三日月大造知事(記者撮影)

知事はまず本社オフィスで金岡社長から事業概要に関する説明を受けた後、隣接する「格納庫」に移動して零式人機のコックピットに乗り込んだ。ゴーグルを着装してロボットの視界をのぞき、作業に応じて操縦桿から伝わってくる感触を確かめながらロボットを動かした。操作を終えた知事は「自分の体を自分で動かしているような感覚で、想像以上にすごかった」と驚きを隠さなかった。

その後の意見交換で、金岡社長は、自分の所有地を本社用地として提供してくれた恩人の存在を明かした。「この人は地元の発展に尽力しており、私たちを支援してくれる条件が滋賀県に本社を置くことだった。だから本社を県外に移転することはまったく考えていません」と滋賀県へのこだわりを強調し、「滋賀県を起点に、自動車産業やコンピューター産業のように、ロボットという新しい産業を作りたい」と夢を語った。「誰もが電卓を使って複雑な計算をするように、ロボットで仕事をするような社会になればいい」。

そして、夢の実現に向け県の支援を要望した。三日月知事は「実証実験のフィールドを提供したい」と回答したが、金岡社長は「県と提携したい」とさらに深い支援を要望した。

スタートアップがいかに良い技術を持っていてもそれでビジネスが進むとは限らない。事業を進めるうえでリスクは付きものだが、信用力がないとリスクを取ることはできない。「県から“応援している”と言ってもらえるだけでも信用力は高まる」。三日月知事も「それなら難しいことではない」として、「具体的に何ができるか考えてみたい」と返答した。

二足歩行型も準備が進む

零式人機の傍らには、二足歩行タイプの「零一式人機カレイド」が置かれていた。川崎重工業が開発したヒューマノイドロボット「カレイド」をベースに、人機一体の力制御技術を組み合わせた。落下リスクのある高所、有毒物質が残る解体現場などでの危険な作業を代替する。8月に発表される予定で、その後は実用化に向け、実証試験に取り組む。零式人機は上半身だけだが、カレイドは完全に人間の形をしている。

ソフトバンクの「Pepper(ペッパー)」、ホンダの「ASIMO(アシモ)」のような人型ロボットはすでに開発されているが、危険を伴う場所で人間の代わりに作業を行うという段階には達していない。新しいロボットがどの程度の作業をこなせるか。JR西日本の人型重機が動く姿を見ていると、期待は高まるいっぽうだ。


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(大坂 直樹 : 東洋経済 記者)