「ホラーが苦手な人にこそおすすめのホラー」[Alexandros]川上洋平、睡眠中に得体の知れない恐怖に脅かされる夫婦を描いた韓国製ホラー『スリープ』を語る【映画連載:ポップコーン、バター多めで PART2】
大の映画好きとして知られる[Alexandros]のボーカル&ギター川上洋平の映画連載「ポップコーン、バター多めで PART2」。今回取り上げるのは、『パラサイト 半地下の家族』で知られるポン・ジュノ監督の助監督を経たユ・ジェソンの監督デビュー作『スリープ』。睡眠中に得体のしれない“それ”に脅かされた夫婦を主人公にした韓国製ホラーを語ります。
『スリープ』
──『スリープ』はどうでしたか?
おもしろかった! 今まさにこういうのが観たかったという欲も満たされ、満足でした。斬新なプロットもあり、程よく怖くて、結構笑えましたね。
──ある夜寝ていた夫が「誰か入ってきた」と呟いてから、毎晩その夫が奇行を繰り返すという夢遊病のような現象から物語が始まります。
そこが良かった。なかなかない切り口ですよね。夢遊病が出てくるホラー映画はあるけど、そのものにフォーカスしたのはありそうでない。あと、コメディ要素が強いのでしっかり笑えました。夫が夢遊病対策としてぐるぐる巻きにされたり。医者とのやりとりも笑えました。ホラー初心者におすすめできる映画だなと思いましたね。
──確かに、ところどころコミカルでそこまで怖くないですよね。
正直ホラー好きからすると全然怖くはないです(笑)。ホラー映画が苦手なうちの磯部寛之さんとかはすごく好きなんじゃないかな。
──怖がりの磯部さんでも観られるホラーという。
ですね。太鼓判押しておきます。
『スリープ』より
■ホラーとコメディのバランス感覚がとても良い
『スリープ』の監督はユ・ジェソンさんという方で、今作が監督デビュー作なんですね。ユさんはあの『パラサイト』のポン・ジュノ監督の助監督を務めていた経歴があって。師匠であるポン・ジュノが「スマートな監督デビュー作」と『スリープ』を称しているんですが、その表現がぴったりだと思いました。隅々まで配慮が行き届いていて欠点があまり見当たらないんですよね。ひとつ苦言を呈すると、それが故に突っ走りがないので、デビュー作としてはちょっとおとなしいかなと思いました。
──確かに緊張感にコミカルなところが入ってくるのはポン・ジュノ的なバランスかもしれないですが、ポン・ジュノはもっとエグいですもんね。
そう、粗さが少ないというか。「デビュー作としてはもっと粗削りでもいいんじゃない?」っていう。そういう面では、同じくポン・ジュノの助監督を務めた片山慎三監督のデビュー作の『岬の兄妹』は完璧なデビュー作だと思うんですよね。
──最高にエグいですもんね。
そうそう。汗が迸っているし、匂いを感じる。映画の方向性は全然違うんですけど。やっぱり匂いを感じるってすごく大事だと思うんですよね。だから度々僕はこの連載で「食事シーンが良い映画は素晴らしい」と言っているわけなんですけど。ユ・ジェソン監督の次の作品はもうちょっと匂いを感じたいですね。
──なるほど。
ただ、この映画がすごく好きなところはやっぱりホラーとコメディのバランス感覚でした。それがとても良い。やっぱりホラーには笑いの要素が必要だなって思います。それがバレないように入っている場合もあれば、バレバレに入っている場合もある。例えば『呪怨』で伽耶子が階段から降りてくるシーンとかはひとつ間違えれば大爆笑するシーンになっちゃう。『エクソシスト』の階段歩きもそうだし、『リング』の貞子がテレビから出てくるシーンもそう。でもそれをバレないように仕上げているから、ホラー映画の名シーンになったわけです。ああいうインパクトのあるギミックは必要で、そのバランス感覚が秀逸だから『呪怨』も『エクソシスト』も『リング』も名作になった。『スリープ』もその線にはいるなと思いました。
『スリープ』より
■「頼むからめちゃくちゃ怖い映画であってくれ」という希望を抱きながら毎回再生ボタンを押す
あと僕が思うのが、ホラー映画って他のジャンルの映画に比べたら優遇されてますよね。映画館ってそもそも暗いですし、そこで何があるかわからない暗闇で登場人物が怖がってるシーンに怖そうな音楽を流せばある程度はドキドキするじゃないですか。だからずるいところがあるなって(笑)。
──確かに。どのお化け屋敷もある程度怖いですもんね(笑)。
そうそう(笑)。だからこそ、その先にある「恐怖の対象物はどんな姿なのか」とか「どういうオチなのか」っていうところが他のジャンルよりも難しい。それによって「なんだよ。大したことないな」ってことになりかねない。あらゆる手が出尽くしていますしね。ホラー映画ファンとしては「頼むからめちゃくちゃ怖い映画であってくれ」という希望を抱きながら毎回再生ボタンを押すわけです。
──そういう面で言うと、『スリープ』はそこまで怖くないけど、軽い気持ちで楽しめるホラーですよね。
そうそう。さっきも言ったけどホラー苦手な人でも観やすい。ホラーが苦手な人にこそおすすめのホラーですね。ホラー大好きな人は少し物足りないかもしれないけど。ただ、結構エグいシーンもありますけどね。ペットのシーンとか。
──ああ、唯一エグさを感じるシーンだったかもしれないです。あと、主人公の夫婦が家訓にしている「二人一緒なら何でも克服できる」という言葉がキーになっていたり、夫婦の結びつきにも重点が置かれていますよね。
その要素もありますよね。家族愛とか、仲間意識みたいものも取り入れられた良い映画だと思いました。
『スリープ』より
■録音物が怖い
──ところで、川上さんは寝ている間の自分に恐怖を感じたことはありますか?
自分に対してはないんですけど、いびきをチェックできるアプリってあるじゃないですか。どんないびきをかいてるかとか、無呼吸になってないかとか。あれが怖いんですよ。変な音が録音されてたら嫌なので、絶対無理です。
──ああ、自分に対してできないんですね。
そう、自分が寝ている間になんか喋ってても怖いけど、自分じゃない声とかが聞こえたら引くほど怖くないですか?(笑)。
──(笑)怖いですけど、その可能性ってかなり低いですよね。
確かに低いんだけど、俺の友達のレコーディングエンジニアに聞いた話なんですが、レコーディングに使うマイクのメンテナンスのために、マイクを録音状態のままにしてレコーディングスタジオを出たんですって。スタジオのドアは閉めてるし誰もいないわけだから、何か物が動いたりしない限り一切音はしないはずなんですが、翌日スタジオに戻って記録されてる波形を見たら、夜中の2時か3時ぐらいに波形が動いてる瞬間があったらしくて。それで「なんだろう?」と思ってその時間帯の音声を聞いたら、すごい低い男の声が聞こえたらしいんです。
──え、めちゃくちゃ怖いんですけど(笑)。
自分で話してても怖いです(笑)。その話がトラウマになってて、録音物が怖いんですよね。自分が曲作る時、15分くらい鼻歌で歌って、それをあとで聞き直すことがあるんですけど、それもちょっと怖いですもん。「俺以外の声が入ってたら嫌だな」って。
──ああ、変な声が入ってる曲とかありますしね。いわくつきのやつ。
そうそう。だから寝てる時間の録音は無理。『スリープ』では奥さんがチェックしてくれてたけど、俺はそういうアプリは絶対に使いません。と、ちょっとサービスで川上洋平の怪談も交えた今回の連載いかがだったでしょうか?(笑)。夏到来、ということで。
取材・文=小松香里
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