体を暑さに慣れさせるために行いたい養生法をご紹介します(写真:tokinoun/PIXTA)

気象庁の予報によると、どうやら今年の夏は例年以上に暑くなる模様です。近年では、毎年のように熱中症が問題となっていますが、今年はさらに熱中症にならないようなからだ作りが必要になると思われます。

そこで今回は、今から始めたい「暑さを乗り切るための準備」について解説していきます。

体内の環境を一定に保つ体のしくみ

はじめに人間の体の機能について触れておきたいと思います。

人間には、気温や気圧など環境の変化に対して体内の環境を一定に保とうとする「ホメオスタシス(恒常性)」という機能があります。

例えば、急に気温が上がったからといって、同様に体温が急激に上がることはありません。ホメオスタシスによって、暑ければ発汗して熱を体外に放散し、体温の上昇を防ぎます。これは寒いときも同じで、毛穴を閉じて鳥肌を立て、熱を産生して体温を一定にします。

これらの反応は意識的に行うものではなく、ホメオスタシスにより自律神経が働くことで自動的に行ってくれています。

このホメオスタシスは医療系の大学・学部では必ず勉強する言葉ですが、近年注目され始めているのが「アロスタシス」という機能です。

アロスタシスは比較的歴史の浅い生理学の原理のことで、私が薬学生だったころに習った記憶はありません。しかし、アロスタシスの概念は神経科学の分野の進歩とともに発展し、近年ではこの言葉をよく聞くようになりました。

アロスタシスは日本語では「動的適応能」と訳され、外的な環境の変化を予測して、体が変化し環境に適応していく機能を指します。

環境の変化がどうであれ、体の状態を一定に保とうとするホメオスタシスに対し、変化する環境に適応するために必要に応じて自分自身を変えていくのがアロスタシスなのです。

例えば、定期的に運動を続けていると、心臓や肺の機能が強くなり、日常生活で階段を上がっても息が切れなくなりますよね。このように体を動かすことに耐性のある体がつくられていきますが、この際、運動により筋肉が強くなるだけでなく、内臓や神経系なども強くなっていきます。

これがアロスタシスの機能なのです。

ちなみに、運動をすることで得られる体の変化は、夏の暑さ対策にも役立ちます。というのも、血流が良くなると心拍数が上がり、汗をかきやすくなります。運動により、夏のような体内環境が作られるからです。

運動をする習慣がなく、汗をかけない体のままでは、熱が体にこもり熱中症になりやすくなります。運動することにより暑さに慣れ、適度に発汗することにより、熱を体外に放出できる体が作られます。

普段から運動をしている人は夏場でも元気に過ごせるのに対し、運動をしていない人は気候の変化に弱い傾向があるのは、このような理由によるものなのです。

最近、「暑熱順化」という言葉をよく聞きますが、これは夏の暑さに体が慣れて適応していく過程をいいます。この暑熱順化も暑さに対応するために体を変化させていくアロスタシスの一例といえます。

アロスタシスのための養生法

アロスタシスを導き出すには、正しい養生が大切になります。

昨今は気温や気圧の変化で体調を崩す人が増えていますが、アロスタシスがしっかり機能することで、多少の外的な変化に耐えうる、安定した体を保つことができるようになります。

漢方医学には「未病治(未病を治す)」という考え方があります。未病治とは、 養生によって病気になる前にその芽を摘み取り、健康を維持するという考え方です。

そしてその対策である養生のやり方は、季節ごとに異なります。今なら暑さに負けない体をつくる養生が必要で、それによって意図的にアロスタシスを促すことは、漢方の未病治の考え方に通じます。

3000年以上前に書かれた古医書『黄帝内経(こうていだいけい)』には夏の過ごし方として、<積極的に外に出て活動し、汗を発散すること>を推奨しています。

ちなみに、ここでいう夏とは、立夏(今年は5月5日)ごろから始まるとするので、本格的に暑くなる以前のこの時期から、意識的に活動量を増やし、汗をかくようにしていけば、夏の暑さへの準備が整います。

梅雨の時期に行いたい養生とは

では、アロスタシスの機能を高めるために、これから到来する梅雨の時期に行いたい養生とは何でしょうか。

この時期は湿度が高く、体に余分な水が溜まりやすくなります。

漢方では体内の余分な水に熱がこもった状態を「湿熱(しつねつ)」といい、さまざまな病気を引き起こす原因と考えられています。熱中症の原因にもなります。この湿熱を排出するのが漢方的な暑熱順化であり、アロスタシスのために行いたい養生といえます。

まず大事なのは、適度な運動や入浴で、発汗することで湿熱を外に追い出します(これについては後で述べます)。また、湿熱の原因となる食材を控え、排出を促す食材を意識的に摂るのもおすすめです。

夏野菜には、体の熱を冷まし、水分の排出を促すものが多くあります。具体的には次のようなものです。

湿熱を追い出す食材:スイカ、きゅうり、なす、えんどう豆、枝豆、そら豆、緑豆、レタス、はと麦、小豆、とうもろこしのひげ(茶)、コーヒー、紅茶、ジャスミン茶など


夏といえばスイカ。体の水分や熱を排出する作用がある。ただし冷やしすぎには注意(写真:shige hattori/PIXTA)

ただし、これらの食材は食べすぎたり、冷やして食べたりすると胃腸の機能が低下して、夏バテをしやすくなります。できれば、冷蔵庫から出してしばらく置いてから食べる、温かく調理してから食べることをおすすめします。

一方で、注意が必要な食材は以下になります。

湿熱を溜め込む食材:ビール、炭酸飲料、アイスクリーム、冷やした果物(特にトロピカルフルーツ)


暑い時期に冷えたビールはおいしいですが、湿熱を溜め込みやすいので控えめに(写真:manbo-photo /PIXTA)

冷たいものは体内で温めてから消化吸収しなくてはならないため、胃腸に負担がかかるのです。とくに冷たいジュースやスムージーなどは、噛まずに腸までいってしまうため、結果的に余分な湿気や熱として体内に溜まり、不調の原因になります。

「冷製」「冷やし」という名のつくメニューも、たまに食べる程度にとどめましょう。揚げ物など脂っこいもの、甘味の強いもの、味の濃いものなども胃腸に負担をかけ、暑熱順化のための体づくりの妨げになります。

夏の時期のコーヒーや紅茶の飲み方

コーヒーや紅茶は、上手に摂れば湿熱の解消に役立ちます。夏野菜を使ったメニューにホットコーヒー(ブラック)という組み合わせは、湿熱解消に最適です(ただし胃腸が弱い人は、とうもろこしのひげ茶や、はと麦茶をおすすめします)。

また、暑い日や蒸し蒸しした日はアイスコーヒーやアイスティがおいしいですが、そればかり飲んでいると、体の芯が冷えてしまいます。少なくとも涼しい部屋にいるときはホットで飲んだほうがよいでしょう。

思い返すと、中国では、暑い日でも冷えていないスイカと生温かいビールが出てきましたし、インドやスリランカでもチャイや紅茶はすべてホット、氷はほとんど使わないとのこと。

日本よりも厳しい暑さを乗り切るための知恵として「冷たいものは体に悪い」ということは、広く知られているようでした。

上手に汗をかいて体に熱をこもらせないことも重要です。

汗をかくには体を動かすこと、お風呂に入ることが有効です。

まず、運動ではウォーキングやランニングなどの有酸素運動を、ゆっくりしたペースから少しずつ始めてはいかがでしょうか。汗をかきすぎるのはよくないので、しっとり汗ばむ程度にとどめ、汗をかいた後はしっかり拭いて冷えを防ぎましょう。

入浴はシャワーで済ませず、湯船に浸かることをおすすめします。熱い湯や長風呂は熱がこもり、逆効果です。今の時期は40℃未満の湯に10分程度、全身浴するのがいいでしょう。全身浴によって水圧がかかり、体内の余分な水が排出されます。

重だるい、頭痛があるときの漢方薬

湿熱がこもらないような養生を心がけてもうまくいかない場合、漢方薬が有効なことがあります。代表的な処方が五苓散(ごれいさん)で、体内の水の偏在を正す漢方です。

気象病などでもよく使われ、二日酔いの予防などにも使われます。

西洋薬の利尿剤は体内の水を排出するだけですが、五苓散は余分な水は排出し、不足しているところには水を運びます。

湿熱がこもると体が重だるく、頭痛や関節痛などの原因になることもあります。そんなときは五苓散を服用すると、水のバランスが整い、症状が改善します。

湿気が多い日本では五苓散は特に需要の多い処方です。気になる方は、漢方に詳しい医師や薬剤師に相談してみるといいでしょう。

今回は、最近よく聞かれるようになったアロスタシスにスポットライトを当てましたが、アロスタシスは「未病治」「養生」などを重視する漢方医学になじみ深い考え方です。

昔の養生が、現代の健康法に通じるというのも、おもしろいものです。

(平地 治美 : 薬剤師、鍼灸師。 和光鍼灸治療院・漢方薬局代表)