子どもが11人いるイーロン・マスクが支持する出生奨励主義「プロナタリズム」がシリコンバレーで流行中
先進国では出生率が低下し続けており、この原因としては不況や住宅価格の上昇などが挙げられています。人口減少が深刻な問題となりつつある先進国において、出生率の低下を止めるための策として挙げられるのが「より多くの子どもを生むこと」です。アメリカのシリコンバレーでは、代表的支持者として11人の子どもを持つ起業家のイーロン・マスク氏を抱える、出生奨励主義の「プロナタリズム」が人気を集めています。
https://theconversation.com/pronatalism-is-the-latest-silicon-valley-trend-what-is-it-and-why-is-it-disturbing-231059
プロナタリズムの一般的な定義は、「出産を奨励し、生殖を奨励し、親の役割を称賛するあらゆる態度または政策」というものです。プロナタリズム主義者にとって、多くの子どもを持つことは個人の選択ではなく、社会の義務です。人口レベルを維持し、経済成長を支え、文化的および国家的アイデンティティを保護するには、出生率を高める必要があるというのがプロナタリズムの考えであるというわけ。
プロナタリズムは新しい考えではありません。例えば、第一次世界大戦後のフランスでは女性の平均出産数がわずか「3人」でした。これに対して、敵対国家であったドイツの平均出産数は「5人」であったため、当時のフランスでは出産を奨励する団体が次々と設立され、ロビー活動などをおこなったそうです。その結果、フランスでは避妊や中絶を禁止する法律が制定されることとなります。
多くの先進国では出生率が人口置換水準の「2.1人」を下回っています。これは、人口の高齢化が進み、労働人口が減り、高齢者を支えるための経済的負担を負う人口が減り、国家資源および社会福祉制度への負担が大きくなることを意味します。これを食い止めるための有効な手段は「子どもをたくさん生むこと」です。
プロナタリズムを推奨する人の中で最も知名度の高い人物のひとりが、11人の子どもの父親であるマスク氏です。同氏は過去にX(旧Twitter)上で「出生率の低下による人口崩壊は、地球温暖化よりも文明にとって大きなリスクです」と語っています。実際、プロナタリズムは主にアメリカのシリコンバレーで人気を集めているそうです。
Population collapse due to low birth rates is a much bigger risk to civilization than global warming— Elon Musk (@elonmusk) August 26, 2022
ただし、人口統計学者は「実際には人口崩壊など起きていないし、予測すらされていない」と指摘しており、統計データもそれを示しています。しかし、マスク氏が主導するプロナタリズムの台頭は止まっていないとクイーンズランド大学のデジタル文化・社会研究員であるルーク・マン氏は指摘。
マン氏によると、プロナタリズムはシリコンバレーやエリート学校と結びついた運動である効果的利他主義や、長期的な将来を重要視することが道徳的優先事項であると主張する長期主義と深いつながりがあるそうです。
プロナタリズムの魅力として挙げられるのは、複数の子どもを持つ家族に適用される減税制度や、育児休暇制度、手頃の保育サービス、住宅費用や教育費用の補助、子育て費用の負担軽減など、金銭面の負担軽減につながるような合理的な制度などです。こういった政策はハンガリーやスウェーデン、シンガポールなどの「出生率の改善に取り組んでいる国」で、すでに採用されているそうです。
プロナタリズムの問題は、人種・階級・民族・ナショナリズムと密接に結びついていることにあるとマン氏は指摘しています。例えばイギリスでは、メディアが女性に対して「国家のためにもっと子どもを生むように」と執拗に懇願したり脅したりしてきた歴史があるそうですが、「このような取り組みは外国人排斥主義に陥る危険性がある」「ナショナリズムが民族ナショナリズムに傾き、生殖に関する議論は暴力的な人種差別に陥る」とマン氏は主張しました。
実際、ニュージーランドで起きたクライストチャーチモスク銃乱射事件では、「出生率だ、出生率だ、出生率だ」と犯行声明文で繰り返したブレントン・タラントが、モスクを襲撃して複数のイスラム教徒を殺害しています。マン氏は同事件が、プロナタリズム主義者の成れ果てであると主張しているわけです。
さらに、プロナタリズム主義者の多くが白人至上主義者であることに「驚きはない」とマン氏は記しており、白人至上主義の悪名高い「我々は我々の民族の存在と白人の子どもたちの未来を守らなければならない」というフレーズと、プロナタリズムは共鳴していると指摘しました。
この他、プロナタリズム主義者の間では「障害をスクリーニングし、知能を最適化する」という傾向がみられるとも指摘。例えば、プロナタリズムの中心人物として知られるコリンズ夫妻は、子ども部屋に暖房を設置しておらず、2歳児の行儀が悪ければ頭をたたいてしつけを行うそうです。これについてマン氏は、「プロナタリズム主義者にとっては生まれつきの素質こそが育ちに勝るため、このような子育てで問題ないという認識なのでしょう」と言及しています。
また、プロナタリズムには「子ども自身は重要ではない」という側面が存在するとマン氏は指摘しており、「プロナタリズム主義者にとって、子どもは希望と尊厳を持った個人ではなく、政治的プロジェクトの媒体に過ぎない」と表現しました。