令和「シティーハンター」は"適切ギリギリ"な傑作
4月25日から世界独占配信されたNetflix映画「シティーハンター」は令和の新宿が舞台。鈴木亮平が冴羽獠を演じる(写真:Netflix)
Netflix、Amazon プライム・ビデオ、Huluなど、気づけば世の中にあふれているネット動画配信サービス。時流に乗って利用してみたいけれど、「何を見たらいいかわからない」「配信のオリジナル番組は本当に面白いの?」という読者も多いのではないでしょうか。
本記事ではそんな迷える読者のために、テレビ業界に詳しい長谷川朋子氏が「今見るべきネット動画」とその魅力を解説します。
「もっこり」ソングを歌う鈴木亮平
美女の依頼のために難事件に体当たりで突っ込む話が令和の時代に成立するのでしょうか。しかも、際どいギャグが満載。不適切かどうか検証されそうな案件ですが、1980年代後半から1990年代前半に人気絶頂だった北条司の原作をもとに実写化したNetflix映画「シティーハンター」はTM NETWORKのシンセサイザー・サウンドに導かれたまま観れば、そんな懸念が吹き飛ぶ勢いのある作品です。4月25日からNetflixで世界独占配信が開始されました。
勢いがあれば、何でも許されるという意図で作られてもいません。漫画やアニメの原作の持つ世界観を大事にしながら、冴羽獠をはじめとするメインキャラクターと駅の伝言板はそのままに時代設定をあえて令和に移して、今見て満足のいくエンタメを追求しています。ちなみに昭和から令和の時代に昭和男がタイムスリップしているというわけではありません。
昭和の悪ふざけノリも満載。不適切かどうか検証されてしまうのか(写真:Netflix)
のっけからベートーヴェン交響曲第9番にあわせた「もっこり」ソングを歌い、風俗店から飛び出た下品なアラジンが登場し、「安心してください、はいてますよ!」を彷彿とさせる裸芸のシーンまでありますが、いつまでも悪ふざけノリを引っ張らず、テンポよく場面のトーンが切り替えられていきます。演じる役者たちの台詞回しやキャラクターの作り込みも2次元の世界観にとどまり過ぎていません。
程よくリアリティがあると感じさせるのは、主人公の冴羽獠を演じた鈴木亮平の活き活きとした演技力が大きいでしょう。もともと原作ファンだったという鈴木。しかも子供の頃からアニメにハマり、原作漫画も読み込んだ筋金入りです。「いつか冴羽獠を演じたい」と自身のブログをはじめ、テレビや雑誌でもその思いを以前から語っていました。裏社会のトラブル処理を請け負うスイーパー(始末屋)という役柄を見事にこなしています。女性の前ではデレデレしながらも、仕事のスイッチが入るとガンアクションまでクールな冴羽獠というキャラクターの魅力を最大限に引き出していると言えるほどです。
ヒロインの槇村香役は、話題作への出演が多い森田望智が好演(写真:Netflix)
ヒロインの槇村香役には、現在放送中のNHK朝ドラ「虎に翼」に出演、Netflixでは「全裸監督」の黒木香役が印象的だった森田望智がこれまた好演。また獠の相棒である槇村秀幸役に安藤政信、獠とは腐れ縁である麗しの刑事、野上冴子役には木村文乃をキャスティングしています。
新宿でほぼ前例のない大規模ロケ
そもそも「シティーハンター」の原作の連載が始まったのは1985年です。シリーズが続いたアニメ版は1980年代後半から1990年代前半にかけて地上波で放送されたもの。実写化されるのは日本ではこれが初です。
過去にはジャッキー・チェンが冴羽獠になり、韓国では斬新にもラブコメにアレンジ、ヨーロッパではおフランステイストの「シティーハンター」が作られていますが、意外にも日本では実写化されていませんでした。時を経て製作し、全世界配信のNetflixとならば、今届けるべき意味が必要なのかもしれません。
その答えの1つに日本最大の歓楽街である歌舞伎町をはじめとする実際の新宿でロケを行ったことにあると思います。新宿・歌舞伎町の地元商店街、新宿行政関係者、警視庁・新宿署など各関係者から全面協力を得て、新宿ではほぼ前例のない大規模なロケ撮影となったそうです。
渋谷の巨大スクランブル交差点をセットとして作ってしまったNetflixですから、歌舞伎町を再現したセットも不可能ではなさそうですが、「シティーハンター」の場合はよりリアルな街の今を映像に落とし込むことに価値を見出しています。「バーニラ、バニラ、高収入」とアドトラックが走り、キャバクラからオカマバーまで混在し、若者から熟年まであらゆる人々が行き交ういつもの新宿の空気感が実際に伝わってきます。
日本最大の歓楽街・歌舞伎町で撮影されたシーンが印象に残る。写真は獠(鈴木)と腐れ縁の刑事・野上冴子(木村文乃)(写真:Netflix)
具体的な撮影場所は、シネシティ広場と歌舞伎町一番街、新宿東宝ビル前のゴジラロードなど。人の少ない深夜から朝⽅にかけて撮影が行われ、撮影場所から細かなカメラ位置に至るまで警察許可を得たうえで、獠や香が歌舞伎町を駆け抜けるシーンが実現したことが公式資料に記されています。一番の難関は、新宿東宝ビル前を獠たちが走っていくカットだったそうで、約400人のエキストラが参加しています。
全世界配信を前に4月23日に行われたワールドプレミア上映イベントでもシネシティ広場が使われました。街を巻き込みながら、ド派手な演出で映えるPRをするところまで抜け目ないのです。
北条司が太鼓判を押す
現代の新宿ということで、トー横界隈の家出少女にも焦点を当て、事件のカギを握るコスプレイヤー役をグラビアアイドルの華村あすかが演じています。これは原作にはない新たなストーリーです。事件そのものだけではありません。突然事件に巻き込まれてしまった兄の死をきっかけに「一緒に仇を取ってよ!」と香が獠に懇願する2人の原点となるシーンまで作られています。つまり今回、獠と香がバディを組むことになった「はじまりの物語」として描かれ、前日譚として作ったのがNetflix映画「シティーハンター」なのです。
グラビアアイドルの華村あすかは、トー横周辺で寝泊まりしながら人気コスプレイヤーとして成功を夢見る若者を演じる(写真:Netflix)
製作陣に「好きにやってくれ。でも面白くないとダメだよ」と伝えた原作者の北条司が作品を観た率直な感想は「楽しかったですし、本当に面白い。みなさんが思う『シティーハンター』って、新宿でこうやって獠たちが飛び回っているようなイメージなんだろうなと。それを現実として見せてくれたという感激は、多くの人に味わってもらえるんじゃないか」というもの。全肯定した公式コメントを発表するほど、その仕上がりに太鼓判が押されています。
伝言板のシーンから始まり、TM NETWORKの「Get Wild」のエンディングで着地する(写真:Netflix)
新宿東口の伝言板に書かれた「XYZ 妹をさがしてください」というメッセージから始まり、TM NETWORKの「Get Wild」のエンディングがかかるまで、1時間44分があっという間に感じるはず。難点を強いて言えば、ヒットドラマ「VIVANT」を観た人にとって、あやしい人物が明け透けの配役があったところぐらいでしょうか。
ただ、それさえも洒落として捉えることができるほど。獠と香の最後のワンカットの良さが効いています。まるで来週に続きがあるような余韻の残し方まで粋なのです。
(長谷川 朋子 : コラムニスト)