宇宙スタートアップ「インターステラテクノロジズ」は、実業家の堀江貴文さんが自ら広告塔になり、出資を募っている。その理由は「最小コストで最大の効果をあげることができるから」。堀江さんの経営哲学を、ノンフィクション作家の野地秩嘉さんが聞いた――。(後編/全2回)

■宇宙に到達した「世界の民間4社」に名を連ねる

堀江貴文が出資するインターステラテクノロジズ(IST)は150人規模の会社だ。平均年齢は35歳くらいで、エンジニアが従業員の8割を占める。

そして、ISTはまだ研究開発段階でロケット打ち上げによる収入はない。ロケット輸送会社の収入は初号機が打ち上がり、量産して、定期輸送が始まってからになるからだ。ワクチン開発のような研究開発期間の長いディープテックなので、時間とコストがどうしてもかかる。

同社は小型ロケットMOMOの打ち上げに3回成功した。2017年に初号機を打ち上げてから7回打ち上げを行い、2019年と21年に計3回、宇宙に到達している。

液体燃料を使ったロケットで宇宙に到達した企業は数少なく、ISTは世界4社目だ。最初がイーロン・マスクのスペースX、次がアマゾン創業者ジェフ・ベゾスが設立したブルーオリジン、3社目がロケットラボ。

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2026年に打ち上げを予定している「ZERO」の開発の様子 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■アメリカ、中国に並んで日本が注目されるように

ロケット打ち上げ、宇宙輸送サービスではアメリカが強い。アメリカがいちばんすすんでいる。次いで、ロシアと中国だ。だが、ロシアのウクライナ侵攻により、状況は変わった。日本もまた独自で国産ロケット、打ち上げサービスを推進せざるを得なくなっている。ISTだけでなく、日本のロケット打ち上げ、宇宙輸送サービスは伸びていくと思われる。

同社は現在、24年度以降の初号機打ち上げを予定しているZEROの開発をしている。工場には全長32メートルの人工衛星打ち上げ用の新型ロケット「ZERO(ゼロ)」の一部があった。燃料タンクで直径は2メートル30センチだ。新幹線の車体幅は3メートル38センチだから、それよりは細い。材質は航空機用のアルミニウム合金である。

ロケットは大きい。建屋内で組み立てることはできず、打ち上げ前に射場に運び、そこで完成させるという。

ZEROは人工衛星を搭載して、宇宙に運ぶ。ZEROがISTの今後のビジネスモデルのメイン機材になるから、現在はこちらに注力している。

■衛星は「低軌道上にたくさん並べる」がトレンドに

世界的に見ると、地球から近い宇宙に関してはほとんどが民間のフィールドになっている。

これまでは大型の人工衛星を地球から3万6000キロ離れた静止軌道に打ち上げるビジネスが主流だったが、今では地球低軌道(LEO=low Earth orbit)という地球から数百キロのところに小さな人工衛星をたくさん並べるのがトレンドになってきている。低軌道であれば画像データが高精細になるし、データが届くのも早くなる。

では、これまでなぜ遠い静止軌道に人工衛星を置いていたのかというと、1基で地球全体をカバーできたからだ。しかし、低軌道に人工衛星を置いた場合は1基ではカバーできないため、数多くの人工衛星を低軌道に置く。これを『衛星コンステレーション(星座、点でつらなるもの)』と呼ぶ。コンステレーションを作るには小型の人工衛星をたくさん打ち上げなくてはならない。

ZEROはそのためのロケットで、ISTはその市場をとりに行こうとしている。

ISTは日本国内の公的機関や企業だけでなく、欧州とアジア各国をマーケットとして想定している。アジアでは自前でロケットを打ち上げられるのは中国、インドと後は北朝鮮くらいだ。そこで残る東南アジア諸国などに対して営業する。

スペースXは「打ち上げ費用を劇的に安くする」と宣言して、さまざまな挑戦を行っている。ISTも将来的には8億円以下を目指しており、世界的に見ても競争力のある打ち上げ価格を目指している。

■舗装されていない砂利道を走っていくと…

ISTのもうひとつのメリットは射場がすぐそばにあること。その射場は立地、気候の両面で優れているため、発射の頻度を上げることができるという。

そこで、わたしは射場を見に行った。

大樹町の宇宙港「北海道スペースポート」はISTの本社から舗装されていない砂利道を10分くらい走った太平洋に面した場所だ。

車に乗りながら、わたしは考えた。

「ロケットや人工衛星のような精密機械を射場に運送するのに砂利道でいいのか。振動や揺れなどは機器に影響を与えないのか」

しかしよく考えたら、そもそも砂利道を走ったくらいで壊れてしまうロケットが宇宙空間へ行けるとは思えない。そんな華奢な作りのロケットが発射に耐えうるはずもない。

射場には打ち上げ本部となる建物と滑走路、舗装された発射台の敷地があった。新たに建設しているLC-1という人工衛星用ロケット発射場はISTだけで使うのではなく、他の民間企業も使うことができる。

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IST本社から整備されていない砂利道を車で10分ほど進むと、「北海道スペースポート」が見えてくる - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■打ち上げ機会を確保する堀江貴文の交渉力

北海道スペースポートは東側と南側が太平洋に開かれている。人工衛星は東側に打ち上げて赤道方向に周回するそれと、南北方向を縦に回るものがある。ここは両方の軌道に対応できる射場で、世界的に見ても非常に珍しい。

また、大樹町のある十勝エリアは晴天率が非常に高く、打ち上げに適した気候の場所でもある。そして十勝は広いから土地の拡張性もある。

同社によると、当面の間目指すのは月1回以上の打ち上げで、ZEROが量産体制に入れば年間にかなりの回数を打ち上げられるという。

打ち上げビジネスが軌道に乗るためにはロケット自体の開発、製造の品質が重要だ。だが、それだけでは足りない。射場も大切だ。製造工場から射場までの距離が短く、晴天の多い場所でなくてはならない。加えて漁業関係者との密な関係がいる。該当する海域に出漁している時は打ち上げができないからだ。

■自ら体を張って宣伝マンになる理由

ロケットビジネスはロケット工学の知識だけではできない。優良な射場を確保し、公的機関や漁業関係者と交渉する力がいる。

果たして、ホリエモンとIST幹部は経営力、交渉力を持っているのだろうか。

――堀江さんの経営を見ていると、自らが宣伝マンとなっている印象です。そして、つねに何らかのイベントを行っています。いわば自分の体を100パーセント活用する経営です。これはライブドアの頃からやっていたことなのですか?

そうですね。自分が表に出て宣伝しているのは、最小コストで最大の効果をあげることができるから。

――誰か手本にするべき経営者はいたのですか?

いません。

――では、自分で編み出したのですか?

僕は目の前のことに一生懸命になるんですよ。昔から何か思いついたことは全部やる。とにかくやっちゃう。もうくだらないことから何から全部、行動してみる。

例えばライブドアのポータルサイトを作った時のことです。ポータルサイトの会員を増やすためにはヌードしかないと思った。ヒントは宮沢りえさんのヌード写真集でした。

■転機になったのはプロ野球の球団買収

――堀江さん自身が脱ごうと思ったのですか?

いやいや、僕自身の裸なんか誰も見ないですよ。宮沢りえさんに匹敵するアイドルをポータルサイトで見せればいいんじゃないかと思ったわけです。宮沢りえさんの頃(写真集『Santa Feサンタフェ』1991年)ってまだネットがなかったから、画像はネット流出されなかった。それが変わったのが菅野美穂さん(写真集『NUDITY』1997年)からです。ネットが登場したから、ヌード写真はネット流出しちゃう。

そこで考えたんですよ。ライブドアのポータルサイトに無料で解像度の低い版を出して、会員登録したら解像度が高い版が見られるようにすればいい、と。会員登録は無料だから、これは会員が集まると思った。それで、宮沢りえさんみたいなアイドルに脱いでもらえないかと。

誰だろうなと思って、当時、人気最高だったアイドルのところへ自分で交渉に行きました。でも、完全にNGを食らいました。

その後もいろいろ販促策を考えて、自分で交渉してました。ポータルサイトに会員登録したら1000万円が当たるみたいなキャンペーンもやったんですけど、全然ダメ。いろいろやってみて、それで最終的にバカ当たりしたのがプロ野球だった(2004年)。

■資金集めの切り札は「ツブ貝」?

プロ野球の球団を買おうとしたら、とたんに有名になって、ポータルサイトも会員が増えた。僕がホリエモンとして有名になったのはプロ球団の買収に名乗りを上げた後です。

それまでにもいっぱい失敗してますよ。僕はただそういうのを繰り返しているだけ。

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「いっぱい失敗してますよ」と、ライブドア時代を振り返る堀江さん - 撮影=プレジデントオンライン編集部

――ごくろうさまです。では、ロケット開発の予算獲得、投資家を集めることについては何かやっていますか?

大樹町へのふるさと納税では累計で30億円近く集めてます。ふるさと納税って返礼品のことばかりが注目されるけれど、返礼品はおまけに過ぎない。例えば大樹町へふるさと納税するでしょう。「寄付金の使い道」を選ぶのですけれど、そのなかに「ロケット開発事業」がある。チェックを入れると、それが補助金の財源になって、僕らのところに来る。

返礼品がある場合でも7割は補助金としてうちに入ってきます。だから、僕はふるさと納税の返礼品のプロデュースもやってるんですよ。

――ロケット開発だけでなく、イクラや鮭の商品開発もやっているのですか?

やってます。ぜんぜんやってます(笑)。そう、大樹町の返礼品で、ひとつ宝の山を見つけました。

――何ですか。

ツブ貝。

■ビジネスをやる上では教養も大切

――ツブ貝って、あのツブ貝ですか。射場の近くの海で採れると聞きました。

そう。あそこで採れる。ツブ貝って、みんなお寿司屋さんのネタだと思ってるでしょう。でも、それはでっかいやつ。でかいツブ貝は豊洲に送られて、寿司ネタになりますが、小さいのはゆでたやつをパック詰めして、地元のスーパーでめっちゃ安く売られてる。

僕はそれを仕入れて返礼品にしました。ツブ貝ラーメンですよ。煮汁に含まれるコハク酸の量が普通の貝の3倍ぐらいもあるという。ツブ貝に昆布と鰹節とたまり醤油、数種類の調味料でラーメンスープを作ったら死ぬほどうまくて。煮出したあとのツブ貝もまたうまい。大樹町名物になりました。

――堀江さんはロケットからツブ貝まで、森羅万象の説明ができる。しかも、相手に合わせて説明ができる。いったい、どういった種類の勉強をしたのですか?

いわゆる教養じゃないですか(笑)。先日、予防医療普及協会の取材でお医者さんと対談をしました。そのときに、医師の国家試験が話題に出たんです。そうしたら、近頃は医師の国家試験に教養問題が出ると聞きました。例えば、「森鴎外の作品のうち、自殺を扱った作品はどれ?」みたいな問題が出る、と。

――あっ、森鴎外って医者か。『舞姫』じゃないし……。

『高瀬舟』です。

――『高瀬舟』ですか。すみません、教養がなくて。

こういうのがまさに教養ですよ。

■「のんびり屋さん」、だけどそれがいい

――話を変えます。堀江さんが地方で事業をやると、いろいろな人たちが参加したい、こんなことやりませんかといった話を持ち込んでくる人がいるのでは?

いや、来ないです。意外と来ない。大樹町の人たちってのんびり屋さんなんですよ。今、地方に残っている人って、そもそものんびり屋さんなんです。何かやりたい人は東京なり、アメリカなりに行くから。のんびり屋さんが残ってるわけじゃないですか。

でも大樹町、いいところですよ。僕や稲川(貴大、IST社長)は投資家の候補にここに来てもらうことにしています。そうしてロケットビジネスについて説明するのですが、ZEROの本物とか射場を見学すると、「こいつら本気でやってるな」と実感してもらえる。本物を見ると、みんな納得するんですよ。

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インターステラテクノロジズが創業してから、大樹町は「宇宙の町」になった - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■結成から20年、まだまだこれから

――次の打ち上げはいつですか?

2024年以降なるべく早い時期を目指しています。部品の発注は始まってます。例えばZEROのタンクを見ていただいたと思うんですけど、あれ、アルミ合金なんです。あれを圧延する前の塊、アルミの鋳塊はもう発注しないといけない。

原材料は発注しないと進まないし、エンジンの組み立て工場は今年の9月にリノベーションします。そこがエンジンの最終組み立て工場になる。2005年からやってるのに、まだまだなんですよ。うち(インターステラテクノロジズ)の前身、「なつのロケット団」を結成してから20年だけど、なんとも言えないですね。まだまだこれからですよ。

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ISTの前身である「なつのロケット団」を結成してから20年目。文科省からの援助もあり、事業拡大に向け走り続ける - 撮影=プレジデントオンライン編集部

ロケットの開発費用は一概にはいえない。会計検査院によると、日本のJAXAが開発したH-IIAロケットはおよそ1823億円(全長約53mの2段式ロケットH-IIAロケット6機分)。おそらくそれくらいはかかるだろうから、ホリエモンはまだまだ金策に走らなければならない。やっぱり、ロケット打ち上げと衛星を軌道まで運ぶサービスは17世紀の東インド会社のような仕事だ。

出資者が集まり、まずは宇宙までロケットを飛ばす。そして、無事に軌道に乗ったら、通信を始めとする途方もない価値を地球にもたらす。

情熱と辛抱と行動が実りをもたらす仕事、彼はそのために汗をかいて走り回っている。

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野地 秩嘉(のじ・つねよし)
ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『京味物語』『ビートルズを呼んだ男』『トヨタ物語』(千住博解説、新潮文庫)、『名門再生 太平洋クラブ物語』(プレジデント社)、『伊藤忠 財閥系を超えた最強商人』(ダイヤモンド社)など著書多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。旅の雑誌『ノジュール』(JTBパブリッシング)にて「ゴッホを巡る旅」を連載中。
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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)