日本中で大号令「貯蓄から投資へ」に感じる違和感
新NISAで投資が話題になり「貯蓄から投資へ」といわれるが、正しいのは「貯蓄も、投資も」だ(写真:Fast&Slow/PIXTA)
「マイナス金利政策解除、ならびに市場金利の変動をふまえ、円預金の金利を改定いたします――」
この文言で始まるリリースが、続々と各銀行から届き始めた。いよいよ金利が上がるのだ。
メガバンクは普通預金金利を、それまでの0.001%から0.02%へ引き上げ、各ネット銀行でも0.02〜0.03%への改定が相次ぐ。
コンマ3ケタが2ケタに上がったところで「金利がある時代」なのかどうかはともかく、円預金に光が当たる日が来ようとは。おりしも、新NISAですっかり投資に話題をさらわれた2024年だというのに。
ただ、「貯蓄から投資へ」という言葉はそもそもおかしい。お金には役割があり、それに適した置き場所がある。「貯蓄も、投資も」が正しいはずだ。それぞれに適材適所、得意不得意があるからだ。では、貯蓄が得意なこと、適した使い方、逆に不得意なことは何か、改めて考えてみたい。
普通預金では金利を語るなかれ
元来、金融商品には「安全性」「流動性」「収益性」の3つの性質があり、お金の教科書にはその視点で適正な商品を選択すべしと書いてある。ざっと当てはめれば、安全性が高いのは元本保証がある普通預金と定期預金(ゆうちょ銀行なら定額預金も)であり、流動性が高いのが普通預金(ゆうちょ銀行では通常預金)となる。ただし、収益性は高くない。ローリスクローリターンの法則というわけだ。
しかし、現在の日本では収益性ばかりに注目が集まり、その結果としてNISAやiDeCoがもてはやされている。
当然ながら、投資商品で運用する限りはリスクが生じる。そこで、一気に大きな資金を投資するより、少額で時間をかけて積み立てすれば価格変動リスクも平準化されますよ、と疑似的な“安全っぽさ”がアピールされている。
金融機関から発表が相次ぐ「円預金の金利改定」(編集部撮影)
また、投資によって将来どれだけ資産が増えるかは誰にも断言できないので、過去のシミュレーションをもとに「預金に預けているよりは増えるでしょう」と、ぼやっとした言い方がされることになる。
話を戻そう。つまり預金には「増える」ことは期待されていない。となると、「短い期間で使うためのお金」の置き所として利用するのがいい。減っては困るような、使う時期がはっきりしているお金を置いておくのにちょうどいいのだ。
まずは普通預金から。用途は言うまでもなく生活費だ。流動性がとびきり高く、いつでも引き出せる。その代わり金利は高くない。なぜなら金利とは不便さと比例しながら上がっていくからだ。10年ものの定期預金は、利用者が10年引き出せない不自由と引き換えに金利が高くなっている。つまり、普通預金は貯める目的には一番そぐわない。
それに、いつでも引き出せる普通預金は、どうせどんどん減っていくのだから金利が高かろうが低かろうが関係ないのだ。年0.001%でも0.02%でも、給料日前にはほとんど残高が残っていない人なら意味がないからだ。だから、「普通預金でも高金利!」という文言に惹かれて、あちこち口座を開くのは管理が大変になるだけだ。「普通預金の金利を引き上げます」といわれても聞き流していい。
頻繁に起きる元本割れの恐怖
それよりも気を付けたほうがいいのは、事実上の元本割れを防ぐこと。安全性が高いはずの預金なのに、気を付けないと簡単に元本割れを起こしてしまう。言わずもがなの「引き出し手数料」だ。
よく出てくる数字として100万円を1年間預けて金利が0.02%なら、受け取れる利息は税金を引かれて160円ほど。しかし、普通預金に1年間不動で100万円入れっぱなしという人でない限り、もっと少なくなる。
ちなみにセブン‐イレブンのコンビニATMで三菱UFJ銀行の口座から平日の8:45〜18:00に引き出すと手数料は220円だ(25日と月末は特例で無料)。1回の引き出しで、1年分の金利が吹き飛んでしまうということだ。コンビニATMでしょっちゅう引き出している人は、手数料を払うとどんどん元本割れしているともいえる。
それこそネット銀行は出金をコンビニATMで行う。銀行によって手数料無料で引き出せたり、無料で引き出せる回数が決まっていたりするが、時折、条件の見直しがあるので注意が必要だ。
引き出しどころか、入金だって手数料がかかる場合がある。PayPay銀行は、月に2回目の入金から手数料がかかり、3万円未満の入金は165円だ(ゆうちょ銀行は330円)。GMOあおぞらネット銀行も現在は回数制限なく入金無料だが、2024年7月からは無料回数を超えると110円かかるようになる。利用者がしっかり意識していないと、簡単に元本割れしてしまうのだ。金利よりも、手数料とその条件を定期的に確認し、変更のニュースがないかもチェックしておきたい。(※手数料は税込み)
ネット銀行の普通預金はどう使うか
給与振り込みは店舗がある大手銀行で、サブ口座はネット銀行という人も多いだろう。筆者は、ネット銀行の普通預金で「現金保険」の積み立てをしている。加入していた生命保険から医療特約を外したため、その代わりに入院給付がわりのお金を貯めているのだ。
もし、緊急で入院することがあった時にこのお金を使うと決めている。普段は貯めっぱなしなので金利が上がれば少しは利息がつくうえ、いざという時にすぐに引き出せる。なんだかんだと100万円近く貯められたので、医療保険代わりには十分だろう。
このように、「いつ必要になるかわからないが、すぐに下ろせる預金」の置き所に、ちょっと金利高めになった普通預金は向いている。よく、緊急資金として給料の3カ月から半年分を貯めましょう、と言われるが、そういうお金の置き所にもいい。
もちろん定期預金でもいいが、解約の手続きがひとつ挟まってしまう。困った時に、キャッシュカードですぐ下せるのは、まさに流動性が高い普通預金のメリットだ。
定期預金は「近い将来に使うと決まっているお金」に
次に定期預金。先の「安全性」の性質が強い金融商品だ。定期の言葉通り、定められた期間内は口座からお金を下ろすことができない。
今回のマイナス金利解除がらみでは、普通預金に先んじて10年物などの長期定期預金金利が引き上げられた。
なお、メリットでもありデメリットになるのが、金利が固定されていることだ。例えば三菱UFJ銀行の場合、3年物だと0.15%、5年だと0.2%、10年だと0.3%となっているが、預けている期間中はこの金利がずっと続くことになる(※年利、税引き前。金利は4月22日現在)。
これから金利が上がると期待されている時に、5年や10年ものに預けてしまうと、途中でさらに金利が上がっても反映されず、得策とは言えないわけだ。
セオリー通りに言えば、金利上昇局面ではキャンペーンの特別金利が多い1年物に預け、上昇したら少し長期に乗り換えるのがいい。しかし、これでは複利効果が薄いので、収益性を求めるより、1〜3年以内に使うと決まっていて、元本が減っては困る資金の預け先にするのがいいだろう。予定している車の買い替えや家のリフォーム資金、子どもの留学資金などだろうか。
さらに流動性を高めたいなら、6カ月物と1年物の2本に分けるとか、1〜2週間満期の定期預金を自動継続で利用するなどもあるが、金利面では普通預金とあまり変わらないのでメリットは少ない。ただ、普通預金だとうっかり使ってしまいそうで心配……という人にはいいだろう。
「貯蓄から投資へ」ではなく「貯蓄も、投資も」が大事
昨今は積み立てというと投資ばかり話題になるが、貯蓄の基本は積み立てであり、コツコツ確実に積み上がっていく金額を見るのはうれしいものだ。これだけ貯められたという自信にもなる。元本を積み上げる役割としても定期積み立ては決して馬鹿にはできない。
最初に触れたように、金融商品にはそれぞれ得意不得意がある。預貯金はやはり増やすよりは確実に貯めて使うために利用するのがいい。逆に、NISAやiDeCoで投資信託の積み立てをするのは、コンマ以下の金利よりは増えると期待できるからだ。ただし、将来いくらになるかは約束されず、増えるかもしれないが減るかもしれないので、もうすぐ使うから減っては困る用途には向かない。かなり遠い先の老後資金をイメージするのが適しているのだろう。
そういう意味で「貯蓄から投資へ」というフレーズは間違っている。「貯蓄も、投資も」どちらも必要というのが正しい。政府も投資教育にばかり熱を入れず、このお金の原則をしっかり伝えてほしいものだ。
(松崎 のり子 : 消費経済ジャーナリスト)