「多くを語らないことはむしろ美徳」。それではこれからのビジネスは回らないと八木氏は述べます(写真:kou/PIXTA)

上司=決定する人、部下=決定を実行する人というかたちで役割を分断すると、それぞれが自分のことしか見えなくなり、全体として進む方向を間違えがちになる。

現代の組織が抱えるこの問題を見事に言語化したのが、米海軍の原子力潜水艦「サンタフェ」で艦長を務めたマルケ氏だ。そしてその問題は「言い方」を変えるだけで乗り越えられると、近刊の『最後は言い方』で述べている。

「この本は日本人のコミュニケーションを考えるのに示唆に富む」と述べるHR界きってのオピニオンリーダー八木洋介氏に、本書の魅力を聞いた。

「伝える努力」が足りない日本人

この本は、アメリカ人が書いた本ですが、日本人がコミュニケーションの重要性を考えるために一石を投じています。


私は大企業の経営トップの方々にコーチングをさせていただく仕事をしています。そんななかで、すばらしいことをお考えでも、言い方が悪くて誤解を受けている方が結構いるという印象があります。

これまで、日本人は多くを語らないことをむしろ美徳と考えてきました。聞く側の理解力を問題視することはあっても、話す側の「伝える」努力の不足が問題視されることは少なかったのです。

「阿吽の呼吸」とか「空気」という言葉に、それが象徴的に表れているでしょう。

しかし、人材が多様化して、さまざまな意見を持った人がいる時代には、しっかり語らないと、相互理解が図れなくなります。

また、語り方に敏感でないと、本来の意図ではないことが誤って伝わってしまうリスクも高くなりました。

そして、従来通用した言い方は、従来のやり方を前提としたものです。それが崩れはじめているのです。

従来型の日本企業のオフィスでは、部や課の島があり、その島の「お誕生席」に部長や課長といった管理職が座って部下を管理していました。

コロナでリモート勤務が行われて明らかになったのは、そもそも、人を管理するのは難しいということです。

上司が指示を出す、部下はその指示を待つ、といったやり方は機能しなくなった。リモート勤務は改めて、そのことをあぶり出しました。

管理型の経営から、任せる経営へ

この本でも、上司=判断する人、部下=実行する人、というように分けるのは産業革命期の古いやり方であって、これからはそれではいけない、ということが書いてあります。私も同意見です。

それでは、管理型のやり方が終わるとして、これからはどうなるのか。答えは、メンバーに任せていく、任せる経営です。では、どうやったら任せる経営ができるのか。

それは、組織の目指すところと個人の目指すところを一致させることです。そして組織が目指そうとしていることをみんなで共有するプロセスを持つ。そういうことが大事になります。

ロイヤリティ(忠誠心)と滅私奉公に基づく時代から、会社と社員が同じところを目指すという、エンゲージメントとエンパワメントの時代になったのです。

この本の著者のマルケさんも、リーダーである自分が命令すること=管理型のやり方が抱える問題に気づいて、命令をやめています。

命令する代わりに彼がしたことは、「自分たちの目的は何で、何を成し遂げようとしているか」を伝えることでした。まさに、部下に委ねたのです。

さらに彼は、チーム内で話す言葉を変えることで、組織の文化まで変わったという指摘もしています。そうだとするなら、日本人も、組織内のコミュニケーションを変えるべきでしょう。

日本人のコミュニケーションを見ていると、気になる点が多くあります。

「えー、あー、すみません」を言いすぎる

「思いが弱い」「つかみが下手」「同意しすぎる」「はっきりしない」「大局観の欠如」「原稿棒読み」「冗長」「データだけで主張がない」「自分の『いいたい』だけで、相手の『知りたい』を無視」。こんな傾向が見て取れます。

あるいは、「みんなが」「誰もが」「いつでも」といった言葉で一般化したり、「……思います」「……と努力します」と主張をぼかしたり、責任回避をしたり、「えー、あー、すみません」といった言葉を頻繁に口にします。

これらは、無駄や、誤解を生みますし、何より「聞き手の心を動かす」ことが難しい。

コミュニケーションとは双方向のもので、「伝えたい」という自分の思い、「聞きたい」という相手の思いがあって成り立っています。

したがって、「伝えたい」という思いのない人には、コミュニケーションは成り立ちません。

また、相手が何を「聞きたい」「知りたい」と思っているのか、相手に「何を気づいてほしい」と思っているのか、それを実現するために一番いいコミュニケーションは何なのかと考えることができない人にも、コミュニケーションは成り立ちません。

日本企業がコミュニケーションを成り立たせるには、「伝えたい」を持っている人、自分の言葉で目指すところを語れる自立した人材を育成することが不可欠です。

昨今、ワークライフバランスやウェルビーイングといった言葉をよく聞きます。

健康、家族、働きがいを大切にしよう。そして、仕事と生活のバランスを上手にとっていこう。どれも素晴らしいと思います。

しかし、真の働き方改革は、個人にも大いなるメリットがあり、同時に会社にも大きなメリットがあるというように進めなければ、真の改革にはなりません。

実力とやる気のある社員がいて、無駄のない組織があり、組織として当たり前のことをきちっと実践している。言わば、社員のWell-beingと会社のWell-doingが両方達成されている状態をつくることが、真の働き方改革です。

日本企業がやめるべき慣例は

そう考えると、日本企業の中には、やめるべき慣例がたくさんあります。

たとえば、報連相。新入社員がやる分にはいいかもしれませんが、課長や部長になってもお互いに報連相をやっているようでは厳しいでしょう。

次に、ミーティングはしているけれど、決めない、ということ。これも無駄です。それを避けるためには、「いつまでに」という時間軸を決めていくことが大事です。

また、上司が言ったことに対して、おかしいなと思っても、まずは「おっしゃるとおり」と忖度することから入る。こんな言い方もやめてほしい。無駄の再生産になります。

それから、事前調整。ミーティングで話すのと同じことを、なぜか一生懸命根回しでも話している。すべてが不要とは言いませんが、行きすぎた根回しは時間がかかってしょうがない。

もし、これらについて思い当たる節があるという方には、本書は改革のヒントをくれるはずです。

本書のタイトルは、『最後は言い方』となっています。

しかし、「最後は」と言う前に、もっと日常的に、家庭でも、職場でも、自分の思うことを伝えていってほしい。たくさん話すことです。

日本人には、「もっと伝えましょう。会話なしに、言い方も何もあったものではないですよ」と言いたい。そして「『最後は言い方』を大切に」と伝えたいです。

(八木 洋介 : people first代表取締役)