地震発生後、いち早く復旧した鉄道を用いて被災地へ物資を輸送する様子(写真:国営台湾鉄路)

4月3日朝に発生した台湾東部の沖合を震源とするM7.7の大地震は、東部に大きな被害をもたらし、台北の通勤ラッシュも直撃した。MRT(都市鉄道)の橋桁が大きく揺れる姿や列車が立ち往生する様子が即座にネット上で出回り、筆者の職場でも子どもを学校に送り届けられず直接連れてきたり、在宅勤務に切り替える同僚がいたりするなど、多少なりとも混乱が見られた。

また、翌日から「清明節」と呼ばれる大型連休を迎えるタイミングだったため、地震の影響による交通機関の不通が東部への帰省の足を直撃。発生当日は、震源地に近い花蓮や台東方面への特急列車は全て運休、道路も橋桁が滑落し通行止めとなるなど北部から東部へのアクセスが断たれた。

しかし、驚くべきことに鉄道は翌4日から通常運転を再開した。道路は連休最終日の7日まで復旧に時間がかかった中、鉄道がスピード復旧した背景には何があったのだろうか。観光への影響も含め、地震発生後の現地事情を紹介する。

落石との衝突防いだAIシステム

国営台湾鉄路が運行する鉄道は今回の地震で、台北と宜蘭や花蓮、台東といった東部の主要都市を結ぶ在来線の東部幹線の2カ所で架線の垂下、1カ所で落石が発生した。また、1駅でホームの建屋が損傷を受けるなどした。

衝突事故の危険がある落石は、検知できなければ大惨事になりかねない。これを防いでいるのが近年整備された落石検知警告システムだ。AI(人工知能)で落石などの異常物を検知し、付近2km圏内の列車を時速30kmに減速、または停止させる。


AIを用いた落石検知警告システムを監視する職員(写真:国営台湾鉄路)

落石検知警告システムは2021年、線路内に工事中のトレーラーが落下し列車が衝突した太魯閣(タロコ)号脱線事故の反省や、平渓線で多発していた落石事故に備え整備された装置で、2022年度末までに土石流や落石の可能性が高い26カ所に整備された。


2021年の太魯閣号事故跡地に設置された落石検知警告システム(写真:国営台湾鉄路)


多角度から線路侵入物を検知する(写真:国営台湾鉄路)

地震発生時は、太魯閣402次(402号)が落石の現場近くを走行していたが、検知システムによって衝突を防いだ。過去には線路に侵入した猿までも感知してしまい話題となった装置であるが、今回は本領を発揮することとなった。

こうして、大きな列車事故もなく線路は地震発生翌日の4日未明に復旧。道路が復旧しない中、通常運転に加えて花蓮へ向かう快速列車(区間快)を5往復増発し、物資を運んだ。定時運行率も会社発表で83%を維持し、被災地への輸送を支えた。

陸・海・空の交通総出で代替輸送

しかし、地震発生の翌々日、5日金曜日に帰省する旅客は鉄道の増発だけではカバーできず、さまざまな交通機関が手を取り合っての総力戦となった。国内線の空の便も増発したほか、北部と東部を結ぶ山岳を貫く高速道路が整備されている区間では高速バスを増発し、道路が不通の区間では鉄道に乗り換えるといった、複数の交通機関を組み合わせた利用を促すなど機敏な対応が行われた。

特筆すべきは自動車での移動需要も考慮し、地震翌日の4日から道路が不通となっている区間を通常は運用のない船を利用し結んだことだ。初日は蘇澳港から花蓮港の間で、乗用車を往復176台輸送、旅客は鉄道を使い移動した。


台北方面―花蓮・台東方面間の道路復旧までの代替輸送経路(筆者作図)


道路が不通の区間ではフェリーで乗用車を輸送した(写真:交通部海航局)

さらに5日からは「新臺馬輪」と呼ばれるフェリーも追加で投入し、輸送力を増強。こちらは普段、台湾本島と馬祖島を結ぶ航路に使われている旅客船であるため、客席も開放した。この措置は連休明けの8日まで続いた。陸路のアクセスが制限される中で、異なる交通機関の組み合わせや、海運を即座に手配し対応することで輸送力を確保、効率を最大化する見事な連携プレーとなったといえよう。

一方、台北都市圏では中心部の影響はなかったものの、2021年に部分開業した台北の外郭を結ぶ環状線の橋桁がずれ、被害を受けた。地震当日より代替のシャトルバスが運賃無料で運行されたが、運行区間が2つに分断される形となった。


地震によってずれた環状線の橋桁(写真:Bloomberg)


地震当日から環状線は代替のシャトルバスが用意された(筆者撮影)

そのうち、板橋―新北産業園区間は地震当日の17時にいち早く復旧された。しかし、この区間は部分開業時の暫定的な終端駅となっている新北産業園区を除き、列車の運行方向を変えることのできる折り返し設備がない。ここで活用されたのが双単線(そうたんせん)と呼ばれる線路構造だ。

「双単線」活用しスムーズに復旧

台湾の鉄道網は一見、それぞれ反対方向の列車が運行する複線のようでも、実際には単線を2つに並べた双単線と呼ばれる方式が採用されている。運行間隔の過密な日本では見る機会が少ない構造であるが、台湾の在来線では渡り線を活用した追い越しに使われ、ダイヤが乱れた際には同方向の列車の追い抜きもできる。事故発生時や線路障害時に復旧を早めることができるといったメリットがあり、ヨーロッパの鉄道で多く採用されている。日本製の車両が採用されている台湾高速鉄道(新幹線)も、線路はそれに倣って同じ仕様だ。

今回、板橋―新北産業園区間では、復旧当初は1本の線路のみを利用したシャトル輸送が行われたが、それでは運行間隔が普段の倍となってしまう。そこで5日からは輸送力増強のため、2本の線路にそれぞれ1つの列車を別方向に走らせ、終点に到着後は回送列車として折り返すという運行形態を採用。通常のホーム上での行き先案内に沿った形で、混乱の起きないスムーズな暫定運行が実現した。


「双単線」を活用した環状線の臨時復旧(筆者作図)

さらに翌6日は、輸送状況に合わせて回送列車をそのまま途中駅を通過する快速列車として開放した。MRTの快速運転は空港線を除き稀なことで話題になるとともに輸送力の増強に一役買い、連休明け初日の8日にも朝ラッシュ時に2本が運転された。シャトルバスも継続して運転され、バスロケーションにも対応するなどここでも連携の速さが見て取れた。


イレギュラーな状態でもシャトルバスはロケーションサービスを提供していた(筆者撮影)

今回の地震で、渓谷で有名なタロコ国立公園など花蓮地域は局地的に大きな被害を受けているものの、ほかの地域はこのように交通インフラはほぼ平常通り動いており、主要な観光地へのアクセスも問題ない状況だ。

日本人向けのガイドを職業とする台湾人の知人は「募金も嬉しいが、今回は自力でも復旧できるレベル、コロナ後は日本人観光客が少なくて寂しいのでぜひ来てほしい」と本音を語る。

台湾訪問が復興の支えに

日本の国土交通省にあたる交通部管下の観光庁は、4月4日付で「国内の各主要空港、港湾、鉄道、高速鉄道(新幹線)、市街のMRTなどはすでに運行回復」「台湾に安心してお越しいただける環境」と声明を発表。日本の支援に感謝するとともに交通や観光が正常通りであることをアピールした。

台湾を訪れる日本人観光客数は、過去最高を記録した2019年の219万人に対し、2023年は92万人と半分を下回った。また、台湾では海外渡航が再開されると同時に国内旅行の需要が減少し、地方を中心に厳しい状況が続く。


日本統治時代の旧橋が出現した道路の被災区間(写真:交通部公路局)

今回の地震で滑落した道路の橋桁の下からは日本統治時代の旧橋が出現し、その土台は復旧に活用された。台湾は意外な所で日本との深い関係を知ることができる場所だ。実際に台湾各地を訪れることも、復興への一つの貢献かもしれない。


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(小井関 遼太郎 : 東アジアライター)