「周りがするから我が子も」といった理由で中学受験への挑戦を始めてしまうことには、大きなリスクも伴います(写真:Ushico / PIXTA)

新学年が始まり、中学受験を来春に控えた小学6年生にとっては、いよいよ勝負の1年となりました。近年は首都圏を中心に、中学受験への注目が高まっています。

首都圏模試センターの推定によると、2024年の首都圏における中学入試(私立・国立)は過去2番目に多い受験者数で、受験率は18.12%と過去最高でした。公立中高一貫校の受験者数も含めると、首都圏の小学生のおよそ4.7人に1人が中学受験(受検)をしていることになります。

このような中学受験熱の高まりに比例して、新たな問題が起こっています。

「周りがするから受験」のリスク

もともと中学受験は一部の子どもたちが自ら望んで挑戦していたり、ご家庭の教育方針で選択したりしていたものでした。願い通りの合格が得られなかったとしても、それはあくまで、子どもも親も納得して競争の場に向かったうえでの結果だったと思います。

しかし、中学受験熱の高まりに伴い、「周りがするから」という理由だけで子どもに受験させる家庭が増えてきました。中には子どもも親もよくわからないまま、否応なしに中学受験という競争の場に巻き込まれてしまうケースも多いわけです。

しかし、受け入れ側の中学で定員は増えていません。受験者数だけが増加しているのですから、ますます熾烈な争いになります。

その結果、望み通りの学校へ合格できないばかりか、受験校“全落ち”という厳しい結果に直面する家庭も決して少なくありません。

実際、2024年入試では「花びらが散るバラ」の絵文字(不合格を表す)がいくつも並ぶ、保護者によるSNSの投稿が目立ちました。

中学受験塾では定期的に実施されるテストに応じた「クラス分け」が存在します。

大抵の場合、上位のクラスは選りすぐりの講師が担当します。なぜなら、その子どもたちは最難関と呼ばれる、高偏差値帯の学校に合格し、塾の進学実績を上げてくれる確率が高いから。上位層に対してはフォローが手厚いのです。

反面、下位クラスは相対的に見て、上位クラスの子どもよりはフォローが薄くなってしまう傾向にあります。

下位クラスの子どもが成績面で伸び悩むとき、適切なフォローがなされるといいのですが、そうでない場合は上位クラスへなかなか上がれない「負のスパイラル」に陥ってしまう可能性が高いのです。

上位クラスに行けない子どもたちは、勉強に対する自信を失ってしまいがちです。その結果、本来、塾の成績だけで決まるはずのない自分自身の人生すべてに対して、自己肯定感が下がってしまいます。

まだ社会に出ていない子どもたちにとって、学校や塾は唯一の社会的な場所。そんな場所だからこそ、成績によるクラス分けの結果だけで、人生に大きな影響を及ぼしてしまうことになるのです。

「合格至上主義」は望ましくない

自己肯定感が下がるとどうなるでしょうか。「どうせ自分なんて」「自分がやったって成功するわけがない」と子どもが思い込むようになってしまいます。

その結果、「自分のレベルよりも難しい中学を受験しよう」や「さまざまなことにトライしてみよう」というチャレンジ精神もなくなってしまうかもしれません。

つまり「周りがしているから」という理由で中学受験に臨んだことで、その後の人生にも関わる大きな影響が生まれてしまうのです。

中学受験業界には「受験の目的は高偏差値の学校に行くことだ」という認識があると思います。

塾としてはなるべく一人でも多くの子どもを高偏差値の学校に入れたいと考えているし、それがゴールだと思っている。いわば、「合格至上主義」です。

また、多くの保護者や子どもも、中学受験のゴールを、「いかに高い偏差値の学校へ入学するか」に定めています。

しかし、このように、大手の中学受験塾における価値観に基づいて競う現状は、子どもにとって本当に望ましいものでしょうか?

「中学受験観」を更新する必要がある

「中学受験をするな」と言っているのではありません。

「競う」という経験は子どものこれからの人生にとって大事ですが、「どのような場所で競うか」は選べるべきだと思っていますし、それによって成長する子どももいます。

私は、大手塾の中で置いてけぼりにされてしまった子どもたちに、より基礎的な能力を身に付けてもらう取り組みを行っていますが、その結果、自信を取り戻し、やる気を取り戻した子を何人も見てきました。

また、中には受験で上手くいかず、ギスギスしていた親子関係が修復した、という例も聞きます。

より子どもに適合した環境を選んで、そこで勝負させてあげる。

「高偏差値の学校に合格することだけが大事だ」という認識を改め、多様な子どもたちが多様に競争できる場所を用意してあげることが大事だと感じています。

そもそも、中学受験とはなんのためにするのでしょうか?

さまざまな答えがあると思いますが、私自身は「中学受験が終わったあとも、社会で生きていく力を身に付けるため」だと考えています。

ただ「志望校に合格したらいい」という近視眼的な発想では、子どもにとって本当の意味で良い体験をさせることはできません。

とりあえず塾に行き、目的もないまま受験勉強をはじめ、その結果塾のテストの仕組みにのまれて、結果的に人生に良くない影響を与えてしまった……、なんてことはだれも望んでいないはず。

そのようなことが起きないためにも、「中学受験観」を更新する必要があるのです。

中学受験のトレンドが変化している

2024年の中学入試の傾向として、偏差値が中位以下の学校で、志願者数を大きく伸ばす学校が多数見られました。「偏差値上位の学校を目指す」傾向が減少しているのです。

また、子どもの多様なニーズに合わせて塾選びをする保護者も増えています。私個人の感覚としては、個別指導を利用する受験生が増えてきているように思います。

一方、これまで低学年のうちに入塾しなければ入れない、と言われていた大手進学塾でも、全学年で生徒の募集を継続している校舎が増えてきました。

つまり、中学受験の新しいトレンドとして、これまでの「集団指導塾で切磋琢磨しながら、偏差値が高い学校を目指す」というモデルから、「子どもに合った多様な学び方で、なおかつ、偏差値にかかわらず、子どもに合った特色のある学校を選ぶ」というモデルへの変化が少しずつ起こってきているのです。

従来の高偏差値校を目指す価値観はまだまだ強く根付いていますが、「将来を見据えた力を身に付けるための中学受験」という選択肢が徐々に広がってきているのかもしれません。


2024年の首都圏における中学入試では、過去最多となった昨春に続く「5万2400人」で過去2番目に多い受験者数だったと推定されている(出所:首都圏模試センター『2024年私立・国立中学受験者数は52,400名と微減ながら受験率は過去最高の18.12%に!《首都圏》』)

(今木 智隆 : RISU Japan代表取締役)