生徒が発案、学祭来場者「電車運賃を負担」の成果
高知商業高校の学校祭開催に合わせ運行された「イルミネーション電車」(写真:とさでん交通)
高知県の高知市立高知商業高校では、毎年9月に行われている学校祭「市商祭」で2017年度から学校祭来場者の路面電車の運賃を学校側が負担するプロジェクト「電車で市商祭へGO!」を行っている。
取り組みは生徒が主体となって行っており、学校祭の来場者の駐車場不足の解消や、各科クラス等が販売する商品の売り上げアップにもつながっているという。高知商業高校の学校祭で販売される商品は、ジュースやおにぎりなどの定番品のほか、県内企業と共同開発した商品や発展途上国への支援を目的としたフェアトレード商品など商業高校らしい特色のあるものも販売されている。
なぜ、こうした取り組みを行うことになったのか、高知商業高校を取材した。
学校祭来場者に路面電車運賃をキャッシュバック
2023年9月30日、4年ぶりの開催となった高知商業高校の学校祭「市商祭」は、約3800人の来場者でにぎわった。
学校祭当日、最寄り駅のうち路面電車が走る「とさでん交通」鏡川橋電停には、高知商業高校の生徒が待機し、学校祭に向かう電車の降車客に対して200円の引き換えチケットを配布。チケットを受け取った乗客は、それを校内の事務局に持って行くと現金200円が手渡される。
さらに、学校祭で生徒が販売しているものを購入し、領収書または購入証明書をもらって再度、事務局に行くと帰りに利用できる200円分の路面電車のチケットがもらえる。路面電車のチケットについては、高知商業高校が学校祭での物販売り上げの中から「とさでん交通」に対して利用者の運賃分を支払った。
こうした学校祭来場者への路面電車運賃負担の取り組みは、どのような理由で始まったのだろうか。話は2010年代半ばへとさかのぼる。当時の学校祭では、来場者の駐車場不足と高校近隣での駐車マナー違反の問題が表面化していた。
学校内には駐車スペースがなかったことから、学校祭への来場者は近隣店舗などに駐車して来場する人が多く、駐車マナーの悪さも問題になっていた。学校祭の開催中、高校に苦情が入り、校内放送で車の移動を呼びかけることもあった。
こうしたことから、学校祭来場者の駐車場不足を解消すべきという声が生徒からも上がり始め、2017年6月から生徒会を中心として課題解決に動き出す。また、学校祭の集客についても、市民に対する幅広い広報活動が不十分であるという課題があったことから、これら双方の解決策を模索し始めることとなった。
鏡川橋電停で配布された引き換えチケット(筆者撮影)
当初はシャトルバス運行で駐車場不足解消を考える
生徒たちは、まずブレーンストーミングによって自由に意見を出し合うことから、課題解決への模索を始めた。当初は、駐車場不足の解消については「シャトルバスの運行」が、市民への広報活動については「新聞広告」の活用が有力な案として上がった。しかし、双方ともそれぞれの課題解決にしか対応できず、その割にコストがかさむことなどから断念することになる。改めて双方の課題を同時に解決できる方法を模索することになる。
当初のブレーンストーミングでは、「新たなものを生み出す」という前提で生徒たちはアイデア出しを行ってきたが、コスト面を含めて有力な解決策を見つけることができなかったことから、「既存のものを活用する」という切り口であらためてアイデア出しを行うことにした。その結果、双方の課題解決を同時に達成するためには「マイカーの代替手段となり、かつ宣伝効果の高い移動手段となること」が必要な条件であることだとわかり、公共交通機関の活用をベースにアイデアを具体化させることにした。校舎が公共交通のアクセスが良い場所に立地していることもアイデア具体化の追い風となった。路面電車「とさでん交通」伊野線の鏡川橋電停までは徒歩で10分弱、JR土讃線の高知商業前駅までは徒歩で5分足らずの距離にある。
このうち「とさでん交通」の路面電車は、JRの駅と比較して駅数(電停数)が多く、運行頻度も高い。さらに、高知市中心部の「はりまや橋」から、市内の東西南北に路線網を広げていることから、路面電車の活用に着目。こうしたことから、路面電車であれば自動車の代替手段として駐車場不足を解消できる。さらに、車内広告や側板広告などを活用できれば、市民に対しての広報活動も同時に解決できると考えた。
そこで、生徒たちは「とさでん交通」に学習会を依頼し、路面電車の歴史や文化を学ぶ機会を設けるところから取り組みをスタート。学習会の中で生徒たちは、路面電車の利用者が減少していることや、若者の電車離れが起きていることを知り、路面電車の乗客増加にもつながるような取り組みが必要になると考えた。こうして、検討を重ねた結果、学校祭来場者の電車運賃を高校側が負担する「電車で市商祭へGO!」という取り組みが産声を上げた。
コロナ禍で一時中断も4年ぶりに復活
「電車で市商祭へGO!」が最初に行われた2017年度は、来場者数が前年度の約3000人から1.5倍の約4500人に増えた。学校祭でのジュースやおにぎりなど物販売上高は、前年度の約350万円から約570万円に増加した。このうち、電車での来場者は延べ約950人で学校側の運賃負担額は約19万円となったが、その分を差し引いても、約120万円の利益が残り、前年度の約100万円から20万円程度増加した。この結果、学校側が来場者の路面電車の運賃を負担しても、その金額を上回るほどの増収効果があることが明らかとなった。そして、翌2018年度以降も取り組みを継続することになり、2019年度まで学校祭来場者は4500人前後を維持することになる。
さらに、高知商業高校では、2018年度以降は学校祭以外のイベントでも来場者の路面電車運賃を負担する取り組みもスタートさせた。しかし、新型コロナウイルスの影響により、2019年を最後に、市民を招いての学校祭の開催ができなくなり、「電車で市商祭へGO!」の取り組みは中断せざるをえなくなる。
その後、コロナ禍を経た2023年9月、4年ぶりに市民を入れての学校祭が開催されることが決まった。「電車で市商祭へGO!」を知る生徒はすでに全員卒業していたが、当時を知る教員が生徒会に対して、集客方法のヒントとしてこうした取り組みがあったことを伝えると、「電車で市商祭へGO!」プロジェクトは再始動することとなった。
プロジェクトリーダーを務めた総合マネジメント科3年(取材時点)の黒田真由さんは、「プロジェクトの概要を全校生徒にわかりやすく伝えることに苦労した」と振り返るが、「とさでん交通」と共同で行った学校祭をPRするイルミネーション電車イベントでは新聞社からの取材にも対応した。
こうして、4年ぶりに復活した「電車で市商祭へGO!」。プロジェクトメンバーの誰もが、「コロナ禍による行動制限がなくなったことから多くの来場者があるだろう」と見込んでいた。しかし、ふたを開けてみると結果は異なっていた。学校祭への来場者は、約3800人とコロナ前の4500人前後から大きく下回ることとなった。なお、このうち、路面電車での来場者は延べ約730人だった。
一方で、肝心の各科クラス等での物販売上高は、取り組みを始めた2017年度の約570万円と同じだった。来場者が減ったが客単価が大幅に増加したのだ。学校側の運賃負担額約14万円を差し引いても物販の利益は約64万円が残った。
プロジェクトに参加した総合マネジメント科2年(取材時点)の山崎心南さんは「コロナ明けで多くの来場者が見込めるということで、各科クラス等が多めに商品を仕入れたこと。販売のための宣伝ポスターの廊下などへの掲示に力をいれたことや、校内でのお客様の呼び込み等に力をいれた」と話し、こうした販売面での工夫の積み重ねが来場者減少の中での客単価の向上につながったものと感じられた。
インタビューに答える黒田真由さん(左)と山崎心南さん(右) (写真:高知商業高校)
「とさでん交通」も好印象
「とさでん交通」も、高知商業高校の「電車で市商祭へGO!」について「路面電車の利用者増加につながっている」と話し、「もし、沿線で開催するイベントで同様の取り組みをしたいという依頼があれば、できる限り協力していきたい」と意欲を見せる。
鉄道をはじめとした公共交通は、昨今、運賃値上げや減便・廃止などの厳しい話題が相次ぐが、高知商業高校では、イベント主催者が来場者の電車運賃を負担することにより、イベント来場者が増加し、運賃負担額を上回る収益を得られることを明らかにした。こうしたイベント主催者が来場者の電車運賃を負担することでイベント収益をさらに伸ばすことができる仕組みを、ビジネスモデルとして定着させることができれば、赤字に苦しむ多くの交通事業者の収益力の改善に貢献できるのではないだろうか。
学校祭「市商祭」の様子(筆者撮影)
(小椋 將史 : ライター)