中国SF小説を大胆に改変したNetflix版ドラマ「三体」が3月21日からNetflixで全世界配信された(写真:Netflix)

Netflix、Amazon プライム・ビデオ、Huluなど、気づけば世の中にあふれているネット動画配信サービス。時流に乗って利用してみたいけれど、「何を見たらいいかわからない」「配信のオリジナル番組は本当に面白いの?」という読者も多いのではないでしょうか。本記事ではそんな迷える読者のために、テレビ業界に詳しい長谷川朋子氏が「今見るべきネット動画」とその魅力を解説します。

評論家気取りにも天才リケジョ気分にも

3月21日から全世界配信が始まったNetflix版ドラマ「三体」は、何かと原作との比較に注目が集まります。中国作家・劉慈欣(リウ・ツーシン)による同名タイトルの原作はシリーズ累計発行部数が2019年時点で2900万部を超え、熱狂的なファンが多いことから、原作を抜きに語りづらい雰囲気まであります。加えてゲースロこと、世界的ヒット作「ゲーム・オブ・スローンズ」のクリエイター陣が手掛けているとあって、ゲースロファンも黙ってはいられません。評論家気取りにもなれるうってつけの作品です。

Netflix版「三体」のあらすじは、ざっくり説明すると、天才科学者たちが、型破りな捜査官と手を組んで、異星人の侵略による人類存亡の危機に立ち向かうSFものです。原作は3部作で構成される大長編ですが、Netflix版「三体」は潔く全8話という長さでコンパクトにまとめています。アメリカ元大統領のバラク・オバマやマーク・ザッカーバーグによるお墨付きで、傑作と言われる原作を制覇する価値はわかっていても、尻込みした人や筆者のような途中脱落者には有難いハードルの下げ方です。


「アベンジャーズ」シリーズの魔術師ウォン役でお馴染みのベネディクト・ウォンは人間味のあるダーシー刑事を演じる(写真:Netflix)

そもそもわかりやすい宇宙活劇のSFではなく、タイトルからして物理学の「三体問題」に由来し、中身も現実の物理学や数学の話が大量に盛り込まれた原作です。人にとってはそれが苦手意識を働かせもします。Netflix版「三体」はそんな心理を見透かしてか、1話の前半パートで天才リケジョ気分にさせるような演出があります。ラテン系小悪魔美女と言われるエイザ・ゴンザレスが演じるオギーがバーでナンパされて早々に「私は、自己組織化ナノファイバーを設計しているわ」とわざと相手がわからないことを言って追い返すシーンがそれです。

「トランスフォーマー」を手掛けたマイケル・ベイ監督作「アンビュランス」(2022)などに出演するこのエイザのほか、「ドクター・ストレンジ」「アベンジャーズ」シリーズの魔術師ウォン役でお馴染みのベネディクト・ウォンは刑事役として出演し、ハリウッド大作で名を売る役者の起用で巧みに興味を引きます。

Netflix「三体」原作改変問題

ゲースロ役者も主要な役どころで登場します。玉葱の騎士役だったリアム・カニンガムは先のベネディクト・ウォン演じるダーシー刑事の上司役、ジョン・スノウの親友サム役だったジョン・ブラッドリーは勢いではったりをかます男ジョンを演じています。ほかにもジョナサン・プライスやコンリース・ヒル、マーク・ゲイティスといった面々が起用されています。


ジョン・ブラッドリーをはじめ、「ゲーム・オブ・スローンズ」の出演者が続々と登場する(写真:Netflix)

ゲースロのキャラクターが刷り込まれたファンにとってはあの役の俳優がこの役をと、そんな楽しみ方ができるわけですが、原作ファンにとっては冒頭の60年代の中国文化大革命の惨たらしいシーンこそ入り込めるものの、転じた場面ですぐに違和感を覚えるのかもしれません。というのも、Netflix版「三体」では最も尺が長い現代パートを原作から大きく改変、まるごとイギリスに移しているからです。

映像化にあたって改変することについては海外でもなおざりにすることはご法度です。ドラマを企画したNetflixは「三体」を実写英語版として作る許可を得ると同時に、クリエイターと共に2020年の創作初期の段階から原作者の劉慈欣に改変内容についてZoom会議で話を行い、了承してもらったことをNetflix公式プロダクションノートで事細かく記しています。

キャスティングからも察することができますが、キャラクターも出身地がさまざまな多様性あるキャラクターに改変されています。演じている役者たち本人はNetflix版「三体」のこの設定をどう思っているのか気になるところ。全世界配信された3月21日に合わせて行われたロンドン現地の前夜祭イベントと取材会に参加したリアム・カニンガムに直接尋ねると、快く応えてくれました。

「(改変は)重要な話題」と、リアムは前置きしたうえで「小説とドラマは切り離して考えたほうがいいとも思っています。どうしてかというと、演じるとは、登場人物に命を吹き込むことであって、本を読んだときに描いた想像を超えていかなければならないからです」と続け、改変に対する1つの答えを導き出していました。

「オックスフォード・ファイブ」の狙い


全世界配信日に合わせてロンドン現地で行われた前夜祭イベントと取材会に参加したリアム・カニンガム(写真:Netflix)

真摯に答えたリアムの言葉に納得する一方で、どうしても気になるのが随分とキャッチー過ぎる「オックスフォード・ファイブ」というネーミングです。エイザ・ゴンザレスやジョン・ブラッドリーら5人の仲良しグループをそう呼んでいます。オックスフォードで共に学んだ同級生という設定です。原作の主要な登場人物を集約させる狙いがあるのでしょうが、捻りのない設定のように感じます。エログロを強めたゲースロクリエイターが今度は青春テイストを強めたといったところでしょうか。

ロンドンで行われた取材会では、ショーランナーと呼ばれる製作責任者であるデヴィッド・ベニオフとダニエル・ブレット・ワイス、アレクサンダー・ウーの3人にも話を聞くことができました。デヴィッドとダニエルは「ゲースロ」のクリエイターメンバーで、アレクサンダーはヴァンパイアシリーズの「トゥルーブラッド」を代表作に持ちます。今回、この作品のために人気クリエイターの3人がタッグを組み、手掛けています。


「オックスフォード・ファイブ」はNetflix版独自設定だ。オックスフォード大学で共に学んだ仲良しグループが恋人を交えて集まった時のワンシーン(写真:Netflix)

「オックスフォード・ファイブ」の狙いは想像通りの答え。要約すると、「キャラ立ち」させるためでした。ただし、新たに作り出したキャラクターはクリエイターとしてこだわりを持ったものでした。

「世界のさまざまな地域の視点をキャラクターに表したかった。さまざまな地域の出身者たちがどのようにして1つになるのか、あるいはどうして1つになれないのか、こうした現象は現実世界でも起こっていることです。何かに直面したときにこそ顕著に表れます。もし、私たちが本当にエイリアンに攻撃されるとしたら、地球全体で立ち向かわなければならないしね」。原作を解釈したうえで、3人が共に行き着いた答えがこれということです。


超未来的なVRヘッドマウントディスプレーを被り、VRゲーム「三体」の世界に入る(写真:Netflix)

人気原作を人気クリエイターが作る理屈以上の作品になっているか確かめる価値があるとしたら、映像表現にあります。なかでも、超未来的なVRヘッドマウントディスプレーを被ってログインなしで中国の殷王朝やイギリスのチューダー朝のVRゲームの世界に入るシーンは必見です。原作を知っても知らずとも、ゲースロファンであろうとなかろうと、理屈抜きに見たことのないような新しさを感じるはず。こうした攻めがもっとあってほしかったと思うなか、結局はどの角度からも評論してしまう。そんな作品なのかもしれません。


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(長谷川 朋子 : コラムニスト)