アメリカの言語学者であるベンジャミン・ウォーフは、「言語がその人の考え方に影響する」という仮説を提唱しています。実際に、複数言語の勉強は認知能力を高め頭の回転を早くすると言われていたり、世界の見方が変わる言語とされるものがあったりするほか、アメリカ心理学会の学術雑誌に掲載された論文では、言語の違いは「時間経過に対する認識」にも影響を与えることが指摘されています。

The Whorfian time warp: Representing duration through the language hourglass - PubMed

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28447839/

The language you speak changes your perception of time | Popular Science

https://www.popsci.com/language-time-perception/



南アフリカ共和国のステレンボッシュ大学で一般言語学を研究するエマニュエル・バイランド氏らがアメリカ心理学会の学術雑誌であるJournal of Experimental Psychology: Generalで発表した論文「ウォーフのタイムワープ」は、言語と時間感覚の関係を研究したものです。一般的な考えとして、「時間のような抽象的な概念は、人類全体に普遍的である」という主張がありますが、言語学者の中には「異なる言語の話者は、時間を異なる言葉で表現するため、それが時間感覚に影響を与える」と考える人もいます。これが「言語相対性仮説」です。

例えば、英語やスウェーデン語、日本語などでは、「長い時間(Long time)」というように、時間を距離の観点から考えがち。一方で、スペイン語やギリシャ語では、時間を「一定の容器に満たされていく」ような量の感覚で考える傾向があります。



バイランド氏らは、スウェーデン語を話すグループとスペイン語を話すグループに対し、線がゆっくり伸びていったり容器が埋まっていったりするアニメーションを見せました。事前の仮説によると、スウェーデン語話者は時間を距離で考えるために線が伸びていく様子を見ると時間認識が線の速度につられやすく、スペイン語話者は時間を量で考えるため容器が埋まっていくのを見ながら時間を数えるのが苦手であると推測していました。

結果として、線が伸びていくアニメーションについて、スペイン語話者は線が伸びる速度にかかわらず「3秒」をきっちり数えることができましたが、スウェーデン語話者は線の伸びる速度が早くなると、「もう3秒たった」と考えてしまうという仮説通りの結果となりました。線が伸びる速度が極端に短かったり長かったりするとだまされることは少なくなりますが、ある程度の差異の場合、スウェーデン語話者は線のアニメーションを見ながら時間を数えることに苦戦したそうです。



また、容器が底から満たされていくアニメーションを見た場合は、スウェーデン語話者はアニメーションに影響されず時間を数えることができた一方で、スペイン語話者は容器が満杯になると「時間が経過しきった」というように考えることが発見されました。論文では、「相対的な時間の経過を推定する方法は、話す言語によって影響を受けることが確認されました」と結論付けています。

しかし、この時間感覚の違いは、それぞれの話者が異なる生活圏で過ごしてきたため「スウェーデンとスペインの文化の違い」である可能性があります。そのため、バイランド氏らは次に「スウェーデン語とスペイン語の言語の違い」が時間感覚の原因であることを確認するための実験を追加で実施しました。

バイランド氏らは新たに、スウェーデン語とスペイン語を両方話すことができる74人の参加者を集めました。そして、同じ「線がゆっくり伸びたり早く伸びたりするアニメーション」や「容器がゆっくり満たされたり早く満たされたりするアニメーション」を見せましたが、この際に「アニメーションを見ながら時間を数えてほしい」という指示を、スウェーデン語とスペイン語でそれぞれ行いました。結果として、スウェーデン語で指示した場合には線が伸びるアニメーションで時間を数えるのに苦労し、スペイン語で指示をした場合には容器のアニメーションを見ながら時間を数えることに苦労したという結果が確認されました。また、口頭で説明せずにアニメーションを見せた場合、時間の推定はアニメーションの種類に影響を受けなかったとのこと。

ポーランドが起源とされることわざに、「新しい言語を学ぶと新しい魂が得られる」というものがあります。バイランド氏は「言語が思考に影響を与えるとも、影響しないとも今のところは言い切れません。確実なのは、特定の状況下では言語が思考に影響を与えうるということです。2つの言語を話すと、同時に2つの世界観に住むことができ、それらを柔軟に切り替えることができます。その意味で、バイリンガルは魅力的です」と語っています。