中国全国人民代表大会に出席する習近平氏(写真:AP/アフロ)

日経平均株価が34年ぶりに史上最高値を更新するなど、世界主要国が株高に沸く中、中国株は完全に置き去りにされている。中国の主要株価3指数(上海総合、上海深セン300、香港ハンセン)は、コロナ禍が世界に広がり始めた2020年初の水準を足元で下回っている(下チャート参照)。中国経済に何が起きているのだろうか。


なぜ中国経済の勢いが弱いのか?

現在の中国経済の勢いは弱い。人民元で計算される2023年の実質GDP成長率は筆者手元計算で前年比+4.57%まで低下している。特に弱いのが、設備を含む固定資産投資や住宅を含む不動産開発投資だ。これが直近3年間、下降トレンドを辿っている。恒大集団の不良債権問題がたびたび紙面を賑わしているが、国内の投資が冷え込んでいる証左と言えるだろう。

ただし個人消費には持ち直しの動きがある。例えば2023年の小売売上高は過去最高を記録している。また製造大国として引き続き巨額な貿易黒字も計上している。ゆえに大崩れしているわけではない。先行きに不透明感はあるものの、現時点では一部の経済指標にいったん底打ちの兆しも見え始めている。これが今の中国経済の状況だ。

なぜ中国経済はかつての勢いを失ったのか? このきっかけとなったのは、2020年6月の香港国家安全維持法の施行だ。1997年に香港が中国に返還されて以後、2047年まで(50年間)保障されていたはずの香港の「一国二制度」がもろくも崩れ去り、民主派の女神と呼ばれる周庭(アグネス・チョウ)氏が逮捕されたことが記憶に新しい。

これを受けて旧宗主国の英国を中心にファイブアイズが一致団結して香港・中国政府を非難。アメリカは香港自治法に違反した個人や法人に対して、信用供与の停止を行うなど金融制裁を展開した。それから主にG7と中国の関係は悪化の一途を辿っている。

習近平氏は経済よりも権力集中を優先しており、この流れが現在に至るまで継続している。2023年には国内で反スパイ法が改定され、曖昧な法解釈による逮捕事例が続出。G7各国は駐在員を削減、新規投資を手控え、出資を引き上げるという動きに繋がっている。これがいわゆる脱チャイナ、中国リスク低減(デリスキング)の流れである。それが累積し、今になって猛烈な中国からの資金流出に繋がっているのだ(下グラフ参照)。


したがって、中国で安心して事業や投資が行える環境にならない限り、この流れを本格的に変えるのは難しい。それには習近平氏の退任が必要であり、その日が来るまでは本格的な中国への投資再開とはならないだろう。

バイデン大統領就任後、中国株はふるわず

しかし外的要因に目を向けると、現状を好転させる材料がないわけではない。それが2024年11月のアメリカ大統領選挙である。一般にはトランプ元大統領が再選すると対中政策が厳しくなると見られているようだが、筆者はそうは思っていない。トランプ元大統領が再選すると対中政策は緩和的になると見ている。

むしろ、バイデン現大統領は「人権問題」を前面に出し、アメリカから離れかけていたEUと日本を味方に戻すことに成功している。人権問題を大切にする姿勢など、バイデン大統領の「先進国としてのあるべき論」を重視する政策は、少なくともEUと日本の知識層に好まれている。

冒頭の株価指数のチャートを2020年1月からとしたのは、パンデミックの影響や、2020年6月の香港国家安全維持法の施行による影響に加え、バイデン大統領就任(2021年1月20日)後の値動きをご紹介したいという理由からだ。中国の株価指数の動きを見ても、バイデン大統領就任以降はふるわないことが明らかだ。

G7各国はトランプ元大統領の時代に「本当にアメリカとだけ付き合っていていいのだろうか?」という問いに答えを出せずにいた。そして、EUは中国と中欧投資協定に大筋合意して経済圏としての深化を目指した時期があった。しかしバイデン大統領になって以降、中欧投資協定の批准に向けた審議は停止され、EUは再びアメリカとの関係を深めるに至っている。

だがバイデン大統領の推し進める「先進国としてのあるべき論 ≒ 高貴な価値観」はG7の心を統合させた一方で世界を二分させてしまった。独裁的、強権的、一極集中的な政治を行う国と、高貴な価値観を大切にする国の溝は深まってしまっている。

ひるがえってトランプ元大統領の時代は、ビジネス重視の柔軟な政策により、G7各国はアメリカに対して疑心暗鬼に陥ったものの、実は世界は多極化へと向かい、中国やロシアにとっては他の国と繋がりを強化する機会が増えていた。ゆえに中国はトランプ元大統領の再選を望んでいるだろうし、それが叶えば外的要因としては1つ大きなプラスとなる。

トランプ氏勝利は中国経済にプラス

ではトランプ元大統領は選挙を勝ち抜けるのか? その可能性は十分ありそうだ。いわゆる高貴な価値観(中所得以上、人権重視、環境汚染反対、グローバル思考)は世界中から集まった多民族国家のアメリカの多数派ではなくなりつつある。

トランプ氏のようにエネルギッシュで金銭的に成功をおさめ、かつはっきりとものをいう人物を、アメリカ国民は(バイデン大統領との比較において)評価しているように見える。その審判は2024年11月に下される。

整理すると内的要因としては習近平氏の退任が、外的要因としてはトランプ元大統領の再選が中国経済にポジティブに働く。習近平氏は現在70才でまだ健在だろうから、これがしばらく中国経済に影を落とす一方で、「もしトラ」の展開は中国にとってプラスだ。

ではこれらの前提条件をもとに、「中国株を買っていいのか?」と聞かれた場合、筆者は短期的な反発地合いを狙うならOKだが、中長期的には他の対象の方がよいという立場だ。習近平氏退任までは成長よりも政治に重きを置くので、大きな経済成長が期待できないからである。

さらに踏み込むと、そもそも中国の株式の価値は、アメリカの株式の価値より低い。仮に似た条件の中国株とアメリカ株があるならば、アメリカ株の方がよい。中国においては株主よりも共産党の意向が優先されるからである。

アリババ・グループやその傘下のアント・グループの創業者であるジャック・マー氏への弾圧、アント・グループの上場延期がよい例で、事前に購入の意向を示していた株主の権利は保護されなかった。会社の上場手続きは延期されてしまったうえに、親会社のアリババ・グループには課徴金が請求されたのだから起業家精神や企業の成長意欲は育たない。

次に「中国に事業投資をしていいか?」と聞かれれば「産業による」と答えざるをえない。日本の乳児用具などは大人気であるし、それを中国で製造・販売する場合においては経済安全保障上も大した問題にならないだろう。一方で外資系の半導体や専門的なリサーチ、コンサルティング業などは、現在の中国の反スパイ法の下では、ビジネスを存続させることが難しいだろう。

中国の経済指標は信用できるか?

ここまで中国経済と株価について展望してきたが、前提として中国経済指標をどこまで信頼するか?という問題がある。これについて筆者は、中国の経済指標は日本よりは正確性を欠くが、新興国の中では割としっかりしており、少なくともロシアより経済指標の正確性があるという認識だ。

これは業務として様々な国の金融経済調査を行ってきた筆者の経験則によるものだ。中国経済を読み解くには、複数の経済指標を組み合わせながら、かつ現地の声を聞き、それを自由民主的な価値観ではなく、一党独裁の共産党体制であることを考慮して角度を変えて見る必要がある。

(戸田 裕大 : トレジャリー・パートナーズ代表)