名門校の取材をしていると、多くの人は将来、大企業や政府の要職といった、お金を稼げるような仕事に就きたいと思っているのを感じるといいます(漫画:『かしこい男は恋しかしない』より)

2023年10月に経済教養小説『きみのお金は誰のため――ボスが教えてくれた「お金の謎」と「社会のしくみ」』を上梓した田内学さん。

2023年12月に「学歴×ラブ」がテーマの異色の男子校コメディ『かしこい男は恋しかしない』1巻が発売された凹沢みなみさん。

「日本トップクラスの中高一貫男子校」を卒業した田内さんと、今まさに漫画で描いている凹沢さんの対談後編をお送りする。

名門男子校生は何を思い、何を基準に選択をしているのか。大半が有名大学に進学し、有名企業への就職を目指している彼らに求められていることとは何なのだろうか。

前編:"灘&開帝"新旧「超進学校の男子校生の実態」対談

「男子校」での金融教育

凹沢みなみ(以下、凹沢):田内さんは現在、「社会的金融教育家」として全国の学校で講演を行われていると伺っています。私の作品の舞台のように名門男子校で講演されることもあると思うのですが、思春期の中高生たちに内容を伝える際、意識していることはありますか。


田内学(以下、田内):基本的に中高生は「これから目の前に立って話をする大人は何者なのか」と思いながら話を聞き始めます。母校の灘で講演したときにも、値踏みされているような視線を感じました。思い返せば、僕の学生時代も、大人の話を素直に聞こうとは思っていませんでしたからね。

凹沢:ある男子校の取材をしているときに聞いたことがあるのですが、大人の出ている大学で話を聞くかどうかを決める子たちもいるらしいです。超進学校だから、先生が旧帝大を出ていても、「東大・京大じゃないとちょっとなぁ」という感覚なのだとか。

田内:だから自分の話を素直に聞いてもらえる状態を作るため、講演の最初に生徒を間違えさせる3択のクイズを出すようにしているんです。こんなクイズです。

日曜日はみんな休みたいと思っています。そのために、みんなが平日のうちにする行動として間違っているのは、次のうちどれ?
1:働いてお金を稼ぐこと
2:家事を終わらせてご飯を作っておくこと
3:日曜日を迎えるための準備を特に何もせず、家で寝ること

さて、凹沢さんはどれだと思いますか(笑)。

凹沢:難しいですね……(笑)。個人的には、3番かなと思いました。

田内:実は1番が間違いなんです(笑)。ただ、この問題はみんな3番を選ぶんですよ。

みんなが「え、俺間違ってしまったの?」と面食らっているところに「1番は『あなた』だけならそれでいいんだけど、主語が『みんな』だよね。働く人がいないから、平日にお金を貯めても、日曜日にお金を使うことはできません」と解説します。

そして、「実はこれは今の年金問題も一緒で……」という感じで本題に入ると、話を聞いてくれるようになるんです。

凹沢:なるほど……斜に構えている傾向のある男子校の生徒だと、最初にすごい人だと思ってもらう必要があるので、とても効果的ですね。

「投資される側」である漫画家の役割

凹沢:私自身、名門校の取材をしていると、多くの人は将来、大企業や政府の要職といった、お金を稼げるような仕事に就きたいと思っているのを感じます。


田内:悪くいうと、大きな組織に所属して、安泰なイスに座りたいというか。これは、僕自身の反省でもありますね。アメリカとはそこが大きく違う点ですよね。

スタンフォード大学とかだと優秀な学生は大企業に入って与えられた仕事をするのではなくて、起業することを考えるようです。「現状の検索エンジンでは不便だから自分たちで作ろう、でも自分たちだけだとお金が足りないから投資してもらおう」という発想なんです。

日本では投資してお金を増やそうとする人は多いですが、「投資する側」だけでなく、「投資される側」の人たちが現れないと、新たなものは生み出されないんですよね。

凹沢:すごいですね。本当に人のためになることを考えていないと、その考え方はなかなか出てこないと思います。私も最近、積み立てNISAについて勉強しようとしていましたが、自分が投資される側の人間になるとは考えたことがなかったです。

田内:起業は「投資される側」の一例で、他にもあるんです。凹沢さんはもうすでに「漫画」で投資される側に回っていると思いますよ。出版社はいくら予算があったところで、漫画家さんがいないことには漫画は作れませんからね。

凹沢さんみたいに、自分の貴重な若い時間を費やして、いい作品を作ろうと頑張っている人に、出版社が投資しているんです。

凹沢:私も投資されていたんですね……!

凹沢氏の担当編集者:いくら凹沢さんに才能があっても、最初から大ヒット作を描けるわけではありません。だから、その過程で原稿料として投資をしているんです。お金を増やすための投資ではなくて、人をサポートするための投資をさせていただいているんです。

凹沢:今までずっと、「もっと面白い話を描きたい、その過程でより高みに行きたい」という感じで自分のことしか考えていなかったのですが、改めて、連載までの下積み期間も含めて、ずっと投資してもらっていたんだなと実感できました。

田内:「面白い」というのは他者の視点でもありますしね。作品を通して、直に読者を楽しませられていることを自身で直接感じられるので、漫画家さんはとても素晴らしい仕事だと思います。

凹沢:読者さんから「今日は嫌なことがあったけど、『かし恋』を読んで元気が出た」という感想をいただいたりすると、私もすごく嬉しくなります。

田内:それ、わかります。主人公の正直くんも含めて、癖が強くて攻撃的なキャラが多いですけど、正直くんが関わった相手が最終的に救われるから、読後感がいいんですよ。『鬼滅の刃』に出てくる鬼もそうですよね。あっ、上からな感じですみません。

凹沢:いえいえ。気づいてもらえて嬉しいです。どんな人が読んでも楽しんでもらえて、キャラクターを好きになってもらえることを意識して描いています。

田内さんのお話を聞いていて、読み終わって「良かったな」という感情を抱いてもらえる部分に、お金を払ってくださっているんだなと実感しました。

男子校の「本当の姿」を知ると肩の力が抜ける

田内:それと、今の男子校とか女子校の雰囲気がわかるのは、親としても非常に参考になります。

凹沢:ありがとうございます。世の中に受験漫画はたくさんありますが、私は学校に入ってからの生活を知ることもとても大事だと考えています。

彼らの将来を決める価値観は学校に入ってからの生活で養成されると思います。この漫画は男子校出身の編集者さんと、たくさんの男子校に取材に行って作っているので、入学してからの生活を想像してもらいやすくなるかなと。

実際の男子校もこれくらいゆるいですから、受験のプレッシャーで悩んでいる親御さんに知ってもらえたら、力が抜けるんじゃないでしょうか。

田内:ただ、女性との接し方というのは小学生並みの偏差値になってしまう可能性があるので、男子校を検討するならそちらも考慮したほうがいいかもしれません(笑)。


中学受験が人生でいちばんの成功体験になっている主人公。男子校という環境も相まって、恋愛観がこじれにこじれている(漫画:『かしこい男は恋しかしない』より)

凹沢:社会に出たら女性と関わらないといけませんからね。その点では、この漫画が唯一リアルじゃないと言われるのは、女性との接点の多さなんです。なかなか、普通の男子校生は主人公の正直みたいに、アグレッシブに話しかけには行けないですよね……(笑)。

新しい視点に気づく作品を作っていく

田内:はい、僕にはできませんでした(笑)。

真面目な話に戻すと、マンガでもなんでも僕が好きなのは、新たな知識だけではなく、新たな視点に気づかせてくれる作品です。『かし恋』を読むと、今の子たちが、世の中をどのように感じているか、どんなときに幸せを感じているかがリアルに伝わってきます。

親になると、自分が学生だったときのことを忘れて、進学実績だけ気にして学校を選んじゃうんですよね。それだけで選んじゃいけないと教えてくれる感じがするんです。そういう意味で、親が読んだほうがいいと思うんですよ。

凹沢:まさに、この作品は中学受験の親世代に読んでもらいたいという思いがあります。

田内さんが視点を大事にされているという話を聞いて、腑に落ちました。「トンカツ屋」という個人事業主の佐久間家の子ども、銀行で働く七海、そして投資家のボス。たしかに、いろんな視点で描いているから、金融や経済の知識がない私でも読めちゃうんですね。

3人全員ちがう立場から書いていて、それでいてどの視点からもわかりやすく学べるのはすごいです。

田内:ありがとうございます。今回の小説の場合は、3人それぞれが自分の経験にもとづいているので、凹沢さんのように新たな視点を取材から見つけられるようになりたいです。いつか、取材のしかたを教えてください。今日はありがとうございました。

凹沢:こちらこそ、ありがとうございました。

(構成:濱井正吾)

編集部より:対談後、凹沢さんが『きみのお金は誰のため』の感想漫画を書いてくださいましたので、ご紹介いたします。




(漫画:凹沢みなみ)

(田内 学 : 元ゴールドマン・サックス トレーダー)
(凹沢 みなみ : 漫画家)