インバウンド向けの「3000円ラーメン」が話題に。「海外客を相手に、コスパよく稼ぐつもり?」と思うかもしれないが、実態は違う(筆者撮影)/外部サイトでは写真を見られない場合があります。本サイト(東洋経済オンライン)内でご覧ください

福島の喜多方でインバウンド向けに一杯3000円のラーメンが登場したというニュースを新聞の記事で見て気になっていた。

喜多方ラーメンは札幌、博多に並ぶ「三大ご当地ラーメン」の1つとしても知られ、全国からファンが訪れる。

ラーメンの街として早くから根付き、喜多方駅を中心としてパンフレットを片手にラーメンの食べ歩きをする観光客が多く訪れるエリアだ。

喜多方といえばラーメンは低価格で抑えているイメージだったが、ここに来てインバウンド向けに3000円のラーメンが登場するとはどういうことなのだろうか。噂の3000円の喜多方ラーメン「SUGOI」を提供している「活力再生麺屋のあじ庵食堂」の店主・江花秀安さんを取材した。

127軒あったラーメン店が80軒弱にまで減っている

福島空港と台湾を行き来する便が増え、これから福島が県を挙げてインバウンドに力を入れていく動きがスタートしている。喜多方市もそこに名乗りを上げた形だ。

「三大ご当地ラーメンには入っていますが、若い層には全く受け入れられていません。そして古いお店が後継者不足で存続が厳しいという現実もあり、いい加減あぐらをかいていてはダメだと感じています」(江花さん)

近年、喜多方では横綱クラスの老舗の閉店ラッシュが続いている。1965年創業の「あべ食堂」が2021年に閉店、そして昨年は1947年から76年続いた老舗「満古登食堂」が閉店。閉店前には毎日多くのファンが行列を作った。

その多くは後継者不足によるもので、ピーク時には127軒あったラーメン店が今や80軒弱にまで減っている。このまま5年、10年経つとさらに厳しい状況になることは見えている。

夕方4時には閉店…ラーメン好きも困る街の現実が?


(筆者撮影)

喜多方がラーメンの街にしようと「蔵のまち喜多方老麺会」を作ったのは1987年のことだった。

早くからご当地ラーメンとして売り出したこともあり、三大ご当地ラーメンの1つとなったが、そこで歴史が止まってしまった。

「観光客の皆さんは昼にラーメンを食べに来てくれますが、夜は会津など他のエリアに泊まりに行ってしまいます。

喜多方はラーメンを食べるだけの街になってしまっているんです。しかし、そこに危機感を抱かずここまで来てしまった。これを機会に変えていくしかないと考えています」(江花さん)


(筆者撮影)

筆者は今回、都内から新幹線と在来線で喜多方に向かった。会津若松駅に昼前に到着し喜多方行きの磐越西線に乗ると、車内のお客さんはみんなこれから食べに行くラーメンの話をしていた。

しかし、喜多方で取材が終わって夕方4時頃街を歩いてみると、ほとんどのラーメン店は既にシャッターを下ろしていて、街には人がまばらだった。パンフレットを見ながらラーメンを食べ歩いている観光客が、閉店してしまった店の前で困っている姿が印象的だった。パンフレットに載っている時間どおりに営業していないのである。

その夜、地酒の飲めるお店で宴会をし、ホテルまで帰ろうとタクシーを呼ぼうとすると、夜はタクシーが走っていないという。仕方なく雨の中、濡れながらホテルまで歩いて帰ったのである。


喜多方ラーメン衰退の背景には、もっと大きな、町全体が抱える課題がある(筆者撮影)

ホテルに戻ると「夕方以降はタクシーの配車予約が受けられないのでご注意ください」という貼り紙が貼ってあった。これが今の喜多方の状況なのである。

復活を目指し、江花さんが目指すものとは?


今回取材した、「活力再生麺屋 あじ庵食堂」の外観(筆者撮影)

そんな中始まった今回の企画。江花さんが目指すものは何か。

「注目されれば人は集まるだろうという考えは甘く、今までと同じことをしていてはダメです。この取り組みを始めるにあたって我々が大事にしようと思ったのは地域密着であること、歴史にしっかりと繋がるストーリー性があることです」(江花さん)

そのために大事なのは、全く見たことのない新しいラーメンを作るのではなく、「喜多方ラーメン」の枠の中で表現することだ。


(筆者撮影)

そこで、本来の豚ベースの喜多方ラーメンのスープに、地元産のふくしま会津牛を使ったラーメンを作ることにした。これを会津塗の漆器で提供し、特製の箸は持って帰れるようにした。

会津に住んでいる中国人や台湾人に試食してもらい、海外向けの味に寄せすぎず、日本の文化を伝えられる一杯を作り上げた。

喜多方ラーメンの豚のスープをベースに、「夏黄金」「ゆきちから」で作った特製麺、会津牛チャーシュー、会津牛ワンタン、ナルト、ノリを合わせる。別添えで会津牛そぼろ、地元産の春菊のおひたし、白髪ネギが提供される。

まろやかな醤油と豚の旨味溢れるスープに、極太縮れで短めな麺は小麦のいい香り。ここに会津牛がとにかく合う。少しずつ牛の脂が溶け出して甘みを増す。極上の名に恥じぬ一杯だ。

こんなに豪勢に仕上げても喜多方ラーメンらしさを感じるところが凄い。やっぱり改めて喜多方ラーメンの奥深さを知ることができる。

地産地消の一杯までは遠い道のりだが…


(筆者撮影)

この事業はまずは1年間の期限付きだ。

初年度は次に向けていろいろ試しながら正解を模索していく。ラーメン店だけでなく、製麺所、醤油店、農家、漆塗りのお店など皆がこの一杯に入れ込んで、今後に繋げようと協力している。

江花さんが目指す地元密着とはそれだけではない。地元の食材を使った“地産地消”の一杯を作ることを目標にしている。

喜多方のラーメン店で地元の食材を使う店は少なく、外国産の食材を使用している店が多いのが現状だ。円安で価格にあまり差がなくなってきたとはいえ、国産に比べ外国産のものを使ったほうがコストが抑えられるからだ。

「農家さんまで含めた三方良しを実現させたいです。喜多方には既に生産者が本当に少なくなってきています。発注が安定しないから続かないのです。

一店一店で発注するのではなく、老麺会としてまとめて発注すれば数も安定します。この1年限定ではなく、持続可能な形で生産者さんと取り組みを続けていければと考えています」(江花さん)


この美しさ。課題は多いが、喜多方のラーメンは絶品だ(筆者撮影)

地元のものを地元の一杯で感じてもらう。まずはそこからだ。

地元の食材がこんなにも良いということをこのラーメンで知ってもらうきっかけを作りたいと江花さんは話す。

市の全面的なバックアップで、これから市内ではさらに良い小麦を作ることと畜産にも力を入れていくことになった。地元産の食材100%になればこれは史上初になる。

生産者からも「うちでも作りたい」という問い合わせが増えてきて、以前以上に意見交換の場が増えてきた。早くもバージョン2が楽しみだと江花さんは話す。

ご当地ラーメンの横綱的な存在である喜多方が動き出したことで、県内じゅうが注目をしている。

毎日のように「嫌がらせ電話」も…


周囲の人々を巻き込みながら、みんなで前に進もうと奮闘する江花さん。逆境の中で頑張る姿に、共感してしまうビジネスパーソンも少なくないはずだ(筆者撮影)

もちろん批判も多い。毎日のように嫌がらせの電話も入っている。しかしそれも織り込み済みだ。

「インバウンド向けとしてメディアで紹介されてしまいましたが、全くそれだけだとは考えていません。喜多方ラーメンの進化版として、地元の方にも食べていただきたいと思っています。

外国人観光客が喜多方に来ること自体が珍しいことですので、この取り組みで少しでも増えてもらえればと。3000円と高額な喜多方ラーメンですが、これは生産者と伝統のラーメンを守っていく先行投資だと考えています」(江花さん)

喜多方行きツアーにも意欲

喜多方は旅行で行くには圧倒的に交通の便が悪い。

新幹線も飛行機も近くを通っておらず、東京から行くにも新幹線で郡山に行ってからさらに在来線で1時間半以上、乗り継ぎ次第では2〜3時間ほどかかってしまう。本数も少ないので行くにはハードルが高いのだ。

旅行会社の意見を聞きながらバスツアーを組んでもらったり、福島空港からの台湾人のツアーがようやく始まるタイミングで喜多方行きのツアーを作ってもらえるように働きかけたりと動きがスタートしている。

「喜多方ラーメンの伝統として守るべきものはありますが、それプラスアルファでどんな活動をしてその歴史を繋いでいくかを考えていかなければいけないタイミングに来ていると思います。

当時のラーメンブームを知らない若い世代が、一致団結して喜多方をもう一度活気ある街にしていきたいと考えています」(江花さん)


この連載の一覧はこちら

(井手隊長 : ラーメンライター/ミュージシャン)