三菱商事が「ローソンを非上場化」する真の狙い
ローソンの連結切り離しには三菱商事・中西勝也社長(左)の決意がうかがえる(撮影:梅谷秀司)
「会長案件にも容赦なく手をつけた。中西(勝也)社長は覚悟を決めた」。2月6日、三菱商事関係者は声を上げた。
三菱商事は同日、現在50.1%出資する連結子会社のローソンの出資比率を50%まで引き下げ、KDDIと折半出資の「共同経営」に移行することを発表した。KDDIは4月以降、約5000億円を投じてローソンに対するTOB(株式公開買い付け)を実施し、9月をメドにローソンを非公開化する。
ローソンだけではない。三菱商事はケンタッキーフライドチキンを全国展開する日本KFCホールディングスの全株式売却(35%超保有)も目下、検討している。三菱商事でいったい何が起きているのか。
虎の子のローソンを子会社から外す決断
2017年のローソン子会社化(33.4%→50.1%)を推進したのは、食品など生活産業部門出身の垣内威彦社長(現会長)だ。当時、三菱商事は資源ビジネスで巨額の減損を計上し、戦後最悪となる1493億円の最終赤字(2016年3月期)に沈むなど苦境にあった。
逆にローソンは2016年2月期に「グリーンスムージー」がヒットするなど業績好調で、営業利益725億円の過去最高益となった。TOBに1440億円を投じたローソン子会社化は配当や利益の取り込みだけでなく、三菱商事が起死回生をかける象徴的案件でもあった。
当時の垣内社長は、「ローソンのためには何でもやれ」と大号令をかけた。三菱食品と一体となった物流改革をはじめ、海外支店長がゴディバとローソンをつなぎ、高級スイーツに参入するなど、まさに全社あげてのローソン支援体制が敷かれた。
その虎の子のローソンを子会社から外す決断を中西社長は下したのだ。
2月の記者会見で中西社長は、「三菱商事だけではローソンの企業価値を上げるのには限界がある」と認め、「グループとしても食品デリバリーなどのアドオン(機能追加)をしてきたが、これ以上追加でサポートできるか悩んでいた」と明かした。
ローソンは店舗数だけでなく日販(1店舗当たりの平均日商)でも2021年にファミリーマートに抜かれ、業界3位が定位置となった。時価総額も三菱商事が子会社化を発表した2016年以降、長らく低迷が続いてきた(下図)。
SMBC日興証券の森本晃シニアアナリストは、「株価が一番正直な経営の通信簿だ。直近ではローソンの業績も回復し株価も上がってきているが、これまでの軌跡を見ると三菱商事の経営陣はローソンの企業価値を毀損し続けてきた」と話す。
ローソンの資産効率改善は市場からの要請
ローソンは2024年2月期に純利益500億円の見通し(前期比68%増)と業績は好調だが、市場からは資産効率の改善を要請されてきた。
今回の出資比率低下は0.1ポイントとわずかだが、ローソンは三菱商事の子会社から外れ、持ち分法適用会社となる。総資産2.2兆円のローソンが連結から外れることで三菱商事のROA(総資産利益率)も改善される。持ち分化でも50%分の利益は取り込むことができ、2025年3月期には1200億円の再評価益も計上する。
ローソンだけではない。目下、三菱商事は35%超保有している日本KFCの全株式売却も検討している。
三菱商事は、2022年に策定した中期経営戦略で「循環型成長モデル」を掲げている。「利益は出ていても、われわれのガイドラインレート(期待利回り)を超えていないものは売却していく」(野内雄三CFO)との言葉通り、日本KFCを含めあらゆる事業で期待通りの成長が見込めなければ躊躇なく俎上に載せる。
森本氏は、「資産効率の悪いローソンに手を打てるか、市場は注目していた。三菱商事の変化を認知させる象徴的な案件で、中西社長の評価は上がるだろう」と話す。
では、三菱商事がローソンの経営を手放すつもりかといえばそれはまったく違う。
「ローソンにはポテンシャルがある。それを引き出すために三菱商事に加えて、パートナーを入れることで(成長を)加速させる」
「非公開化でローソンとの距離はかえって近くなる」と語る三菱商事の鶴田氏(編集部撮影)
こう話すのは、4月から三菱商事でリテイル本部長に就任する鶴田紀章氏(現リテイル本部担当部長(CVS)兼コンシューマーマーケティング部長)。2020年にはローソンに出向し、2022年に復社するまで同社で執行役員マーケティング戦略本部長を務めたキーパーソンだ。
KDDIに議論を持ち掛けたのは三菱商事
公表資料によれば、2022年12月から協議に加わった別の「パートナー候補者」がいた。複数の関係者によれば、この「候補者」はENEOSホールディングスを指す。だが、2023年12月下旬に酒席でのセクハラ行為による社長の解任騒動があり、同社は協議から離脱する。
ENEOSの協議離脱から1カ月余り。一見すると、思わぬトラブルに見舞われドタバタで発表されたようにも見える三菱商事とKDDIとの「共同経営」体制だが、関係者の1人は「ENEOSが抜けても事業構想に大きなブレはなかった」と言い切る。
そもそも「サービスステーション(SS)とコンビニの併設は何度やってもうまくいったためしがない。アメリカと違い日本ではコンビニとガソリンスタンドの客層がまったく違う」(エネオスOB)と言われるように、石油元売りのコンビニ経営は失敗の山を築いてきた。「ENEOSはとくに顧客連携を望んでいた」(関係者)との指摘もあるが、協業で何を目指したのかは不明だ。
一方、KDDIは、2019年12月に「次世代コンビニの開発」を標榜し、ローソンに2.1%出資している。三菱商事が立ち上げ、KDDIも参画する共通ポイント「Ponta」がローソン最大の会員基盤ということもあり、両社は密接な関係を築いてきた。
2023年5月に資本関係の見直しを含む議論を持ち掛けたのは三菱商事だった。「KDDIとは2019年から足掛け5年ほどずっとローソンの企業価値向上に向けた議論をしてきた。その間に積み重ねた信頼関係の中で2023年5月、KDDIに『ローソンにコミットしよう』と思っていただけた」(鶴田氏)。
今回の発表でも両社は「リアル×デジタル×グリーン」をコンセプトとした「未来のコンビニ」を掲げる。記者会見ではローソン店舗のEC拠点化、オンライン服薬指導やスマホのサポート、共通ポイント「Ponta」経済圏の拡大やドローン技術を活かした宅配などを挙げる。
その実現時期やKDDIがTOBに5000億円を費やすリターンなど、詳細な内容が明かされるのは新しいスキームが動き出す今年9月以降となる。
ただ、「Ponta会員を含めたロイヤルカスタマー(得意客)にデジタルでリーチして、さまざまな体験をしてもらう。Ponta会員とauユーザーはつながっている。そこに積極的にコンタクトして、さらにお客さんへカスタマイズしたサービスを提供していく」(鶴田氏)という。
次期社長候補がローソンを主管
三菱商事がローソンの経営に本気なのは、TOB後の経営体制からもうかがわれる。
KDDIの高橋誠社長は「通信の分野であれば絶対に主導権を取りに行くが、小売りではあまり知見がない。ローソンの社長はいままで通り三菱商事から出す」と語っている。株主間契約でも三菱商事が社長を、KDDIが副社長を指名し、その後どうするかは5年後に「誠実に協議」とされている。当面は三菱商事主導の経営体制に変化はなさそうだ。
ローソンの社長を現在務めているのは三菱商事出身の竹増貞信氏。そして、今後、三菱商事でローソン事業を主管するのは、この4月に常務執行役員に昇格する近藤祥太氏(現執行役員)だ。近藤氏はLNG(液化天然ガス)などエネルギー事業に長く携わってきたが、4月に新設されるS.L.C.グループを率いる。
S.L.C.とはスマート・ライフ・クリエイションの略称で、小売りなどのコンシューマー事業とデジタルを掛け合わせた新グループだ。昨年12月15日に中西社長が掲げた組織改編の要となる。業界内では、早くも「近藤氏は三菱商事の次期社長候補の筆頭格。ローソンで成果をあげられるか、誰もが注目している」と目される。
外形的にはローソンとの距離を置き、資産効率悪化のリスクを切り離した三菱商事。一方、単独ではなしえなかったローソンの再成長を共同経営で実現できるか。
森本氏は、「今後、ローソンの価値向上ができなければやっぱりダメだったと烙印を押される。自分たちの責任だということを三菱商事側ははっきり認識しているだろう」と話す。
KDDIとの共同経営には、確かな結果が求められることになる。
(森 創一郎 : 東洋経済 記者)