世の中では時代に応じて様々な隙間が生まれ、それらを埋めてほしいと思っている人がいます。現代においてそのニーズに応えているのが立ち飲み屋です(写真:Graphs/PIXTA)

「なぜあの店は潰れないのか?」「なぜあの商品はあそこまで流行ったのか?」

身の回りに浮かぶ疑問の数々。背後には、さまざまな「儲けの仕組み」があります。

菅原由一さんの著書『タピオカ屋はどこへいったのか? 商売の始め方と儲け方がわかるビジネスのカラクリ』より一部抜粋・再構成してお届けします。

現代人の「隙間時間」はビジネスチャンス

マンガ『笑ゥせぇるすまん』には「ココロのスキマ…お埋めします」という名台詞があります。主人公の喪黒福造が、その言葉の通りに世の中の人の心の隙間を埋め、満足させるというストーリーです。

社会変化という点で「隙間」は大きなキーワードです。ちなみに隙間とは、スケールの大きな念願や願望ではなく、日々のちょっとした需要のことを指します。世の中では時代に応じて様々な隙間が生まれ、それらを埋めてほしいと思っている人がいます。

現代においてそのニーズに応えているのが立ち飲み屋です。立ち飲み屋が埋めている1つめの隙間は「時間の隙間」です。近年の大きな社会変化として、働き方改革が進みました。これによって残業が減り、早く帰る人が増えました。早く自宅に帰りたいと思っていた人たちにとっては、望ましい状況と言えるでしょう。

しかし、世の中には早く帰りたくないサラリーマンもいます。会社には長居することができないし、かといって家に帰ってもすることがない。そんな人たちが終業後の時間を持て余すようになり、そのニーズを立ち飲み屋がつかんだのです。

立ち飲み屋のような、自宅でも職場でもない、居心地の良い3番目の居場所を「サードプレイス」といいます。

時間を持て余したときだけではなく、仕事でドッと疲れたり落ち込んだりしたときにも、立ち飲み屋で少し飲むことで気持ちをリフレッシュさせ、すっきりした状態で帰宅することができるようになるのです。

ちなみに、スターバックスはこのサードプレイスというコンセプトを追究していたことは有名な話です。

立ち飲み屋の繁盛と関連する社会変化として、タイパも影響しています。タイパはタイムパフォーマンスの略語で、時間効率の良し悪しを表す言葉です。コスパ(コストパフォーマンス)の時間版として若い人たちを中心に重視されるようになった新しい価値基準で、三省堂が発表する2022年の「今年の新語」では大賞になりました。

タイパを重視する行動としては、例えば、映画や動画を倍速で見る、音楽のサビだけを聴く、まとめサイトでニュースを読むなどがあります。このような行動が広がるのは「時間を無駄にしたくない」という気持ちの表れです。

すなわち、娯楽や消費活動の選択肢が多様に存在している現代においては、すべての人に平等に与えられている「時間」の価値が高まっているといえるでしょう。

その点から見ると、立ち飲み屋はタイパに優れているといえます。まず、注文してすぐにドリンクとフードが出てきます。予約する必要もなく、入りたいときにフラッと入ることができます。滞在時間も1〜2時間ほどで、短時間で飲み、楽しむことができるのです。「サクッと飲んで帰りたい」という人たちの心の隙間を埋めていることがわかりますね。

1人で気軽に入れることも、立ち飲み屋のメリットといえるでしょう。賑やかな居酒屋や高級そうなバーに1人で入るのは気が引けるという人でも、程よい喧騒の中で飲みたいと思うことはあるのではないでしょうか。立ち飲み屋ではフラッと立ち寄ってサクッと飲めるため、そうした1人のお客さんでも気兼ねなく飲みに行くことができます。

また、短時間で飲めるため飲み相手を誘いやすくなります。長時間拘束されることへの懸念から飲みニケーションを避けがちな若い人たちも、「1時間くらいなら行ってみよう」と思うでしょう。

立ち飲み屋に女性が多い意外な理由

立ち飲み屋に女性が多いのも誘いやすいためです。元来、立ち飲み屋は、女性にとって入りづらい場所の代表でした。しかし、立ち飲み屋を見ると女性もいますし、女性が来店しやすい店づくりを意識して、ワインや洋酒を提供する欧風スタイルのバルのような立ち飲み屋なども増えています。

女性が入りやすいという点でもう1つ重要なのは、店内の様子が外から見えることです。どんなお客さんがいて、どんな店員がいて、どんな内装なのかが外から確認できることで、女性は安心して店に入ることができるのです。

ちなみに、このアプローチは定食チェーンの大戸屋と逆です。大戸屋は地下や2階に店舗があることが多く、店内の様子が見えづらいのが特徴です。女性は1人で入っていくところや1人で食べている様子を見られたり、料理をしない人だと思われたりすることを嫌がる傾向があります。そういう不安を、外から見えない店づくりによって解消しているわけです。

立ち飲み店は中を見せて、定食店は中を見せないという点でアプローチは違いますが、女性が快適に利用できるようにするにはどうするかという点で目の付け所は同じです。どちらの場合でも女性のニーズをとらえ、隙間を埋めるための工夫が凝らされています。

また、経営者の視点から見ても、立ち飲み屋は魅力的な業態といえます。立ち飲み形式の店舗は小規模な経営を行うことができるため、開業コストや家賃を抑えることができます。さらに立ち飲みであるため長居する客が少なく、回転率が高いこともメリットです。ドリンクやフードはもちろん、内装やコンセプトにもこだわることで、常連客を作ることができる可能性も高くなります。

アフターコロナの心の隙間も埋める立ち飲み屋

コロナ禍をきっかけにリモートワークや在宅勤務が増えたことで、通勤などの負担が減りました。その一方で対面のコミュニケーションが減り、自粛推奨の期間を通じて誰かと空気や雰囲気を共有したいという願望が蓄積されました。

コロナ禍では自宅でビデオ通話をしながら食事やお酒を楽しむオンライン飲み会が行われることもありましたが、こうしたリモートでの飲み会に対してつまらなさや不満を感じた人は多いのではないでしょうか。


コロナ禍が一段落したとき、その気持ちの受け皿となる場が求められました。立ち飲み屋は前述のとおり気軽に仲間を誘えます。店員や、たまたま居合わせた人との距離が近く、飲みながら仲良くなることもあります。さらに座らずに立ったまま飲むため席の移動が容易であり、気になる人と近くで話す機会が増えます。

立ち飲み屋についての調査でも、利用する目的の1位は「1人で気楽に飲みたいとき」(53%)ですが、2位は「(職場以外の)友人と飲みたいとき」(38%)、3位に「帰宅途中に上司や同僚と飲みたいとき」(36%)が挙がっています。

つまり立ち飲み屋は人と直接話し、リアルにつながることに飢えていた人たちの需要に応え、心の隙間を埋めているため、多くの人が集まるのです。人間は基本的に社会的な生き物であり、他者とつながりをもちたいという欲求は普遍的なものです。こうした普遍的欲求に対するビジネスは、一時的なブームではなく長期的なトレンドになることができる可能性があります。

ふとした瞬間に感じる心の隙間は、あなただけではなくほかの人も同様に感じているかもしれません。そうしたニーズを適切にとらえ、隙間を埋めるための商品やサービスを作り出すことができれば、大きなビジネスチャンスになるのではないでしょうか。

(菅原 由一 : 税理士)