企業・団体向け保険におけるカルテル問題で、金融庁に業務改善計画書を提出した損保大手4社(記者撮影)

企業・団体向け保険におけるカルテル問題をめぐって、損害保険大手4社は2月29日、行政処分に伴う業務改善計画書を金融庁に提出した。

その内容は関係する役員の処分を手始めに、取引企業からの商品購入といった過剰な本業支援(営業協力)の抜本的な見直し、取引企業や傘下の代理店(機関代理店)への出向者の絞り込み、収入保険料(トップライン)に偏重した営業成績の評価制度の改定まで多岐にわたる。

中でも注目を集めたのが、政策保有株の取り扱いについてだ。

政策保有株とは、取引関係の維持・強化を狙って保有する株式のこと。日本では保険会社に限らず、銀行などの金融機関と大手企業が株式を互いに持ち合うケースが依然として多い。

小手先の対応でお茶を濁す懸念

「企業向け保険契約の入札などにおいては、政策株式保有割合や本業への支援など、保険契約の条件以外の要素が少なからずシェアに影響を及ぼす場合があり、営業担当者にとっては、シェア獲得・拡大に向けた適正な競争に対する意欲が損なわれた可能性がある」

金融庁は2023年末に発出した行政処分の中でそのように指摘。健全な競争を阻害する政策保有株については、売却を進めるよう大手4社に強く求めていた。

結果として、三井住友海上火災保険とあいおいニッセイ同和損害保険の2社は2030年3月末までに、損害保険ジャパンは2031年3月末までにゼロとする目標を改善計画書に明記。東京海上日動火災保険は、「具体的な達成時期は今後決定する」としたうえで「なくすことを目指す」としている。

ただ現時点においては、大手4社が掲げる目標の実現可能性が高いとは、お世辞にも言えない。その理由は大きく2つある。1つは、取引企業の株式の保有目的を「政策保有」から「純投資」に切り替えることで、「政策保有株はゼロになった」といくらでもごまかすことができるという点だ。

もし看板を掛け替えただけの対応にとどまれば、投資家などから批判が噴出する可能性があるものの、検証は早くて6年後だ。そのころには世間の関心が薄れており、また検証をしようにも「この株は純投資だ」と損保が言い張れば、その主張を覆すのは簡単ではない。

損保がそうした小手先の対応でお茶を濁すのではないかという懸念が浮上するのは、同じ保険業界で実例があるからにほかならない。国内生命保険大手4社の株式保有額(時価ベース)は、2023年末時点で合計約22兆9000億円。そのうちのおよそ半分を持つ日本生命では、保有する株式の92%(2022年度)を純投資目的と整理している。

巨大な機関投資家でもあり、多くの地方銀行の大株主にもなっている「日生と明安(明治安田生命保険)は、株主であることをアピールして陰に陽に拡販の圧力をかけてくる」(地銀幹部)という。であれば、実質的には取引関係の強化を狙った政策保有株であるはずだが、その地銀株も保有目的はあくまで純投資だ。


金融庁は監督方針を改定し、損保による企業への過剰な営業協力を撲滅させる方針だ(記者撮影)

そうした実例があるだけに、金融庁は損保大手4社に対して、政策保有から純投資への看板の掛け替えといった小手先の対応は、一切認めないとはっきりと告げているようだ。さらに、逃げ道をふさぐための方策を「まずは業界として考えて提出するよう指示してきている」(大手損保役員)という。

金融庁がそこまで圧力を強めなければいけないほど、政策保有株をゼロにする難易度は高いといえる。今後、その余波が生保業界にも及ぶ可能性がある。

営業協力をあからさまに求める日産

2つ目の理由は、契約する企業側の姿勢が変わりにくいこと。企業としては自社の株式をより多く保有し、営業協力として商品やサービスを積極的に購入してくれる損保を契約で優遇したいというのが本心だ。

そうしたスタンスを企業側が前面に出すことは取引関係を歪める。その結果、入札で勝負しても意味がないと、損保がカルテル行為に及ぶことにつながっていった。金融庁はこの構図を問題視し、損保を通じて企業に警告を発しているのが現状だ。

にもかかわらず、いまだにあからさまな営業協力を求め、協力度合いが次期契約更改で取引シェアに影響するかのようににおわせる大企業が後を絶たない。

その一つが、日産自動車だ。損保大手4社にカルテル問題で行政処分が下される数日前、日産は損保各社にある提案依頼書を送っている。その依頼書は、故障車のロードサービスなどを提供する「日産カーライフ保険(通称・ニカホ)」で、次期契約更改の入札に向けて、拡販に向けた損保としての施策や販売手数料の水準などをまずは提案しろという内容だった。

実はその中に、契約シェア1%当たりの「車両紹介自主目標(台数)」という目を疑うような項目があったのだ。車両紹介とは、損保が自動車の購入希望者の情報を集めて、系列の自動車販売店(ディーラー)に紹介すること。つまり、契約シェアを高めたいのであれば、自主目標という体裁で示した台数の紹介を日産側に約束しろと言いたいわけだ。

カルテル問題が世間を騒がせ、競争を歪める営業協力が問題視されている状況にもかかわらず、大手自動車メーカーが悪びれることなく堂々と損保に求めていたところを見ると、これまでの悪弊を断ち切ることがいかに難しいかがうかがい知れる。

損保側も旧態依然の発想

今後金融庁は過剰な営業協力の取り締まりに向けて、監督方針の改定を検討している。

足元では「損保ジャパンがディーラーに車両の大量購入を持ち掛けたり、他社が断った販売イベントへの人員派遣を二つ返事で引き受けたりといった本業支援策で、営業攻勢をかけている」といった声も漏れる。ただそうした営業協力は、保険業法が禁じる「特別利益の提供」と金融庁はみなす方針だ。

自浄作用が期待しにくいような状況で、損保と企業の関係は果たして正常化に向かうのか。保険料カルテルに疑いを持ち東京海上に問いただしたことで問題発覚の契機を作った東急グループでは、契約更改で提示した補償条件に損保側が難色を示し、更改が期限ギリギリの2月末までずれ込んだ。

現場の混乱は収まるどころかさらに広がる気配をみせている。

(中村 正毅 : 東洋経済 記者)