"灘&開帝"新旧「超進学校の男子校生の実態」対談
「超進学校・灘のこじらせ男子校生」だった田内学さんと、現在「超進学校・開帝のこじらせ男子校生」の漫画を描いている凹沢さんが、「秘密の花園」である男子校の内情について対談しました(漫画:『かしこい男は恋しかしない』より)
2023年10月に経済教養小説『きみのお金は誰のため――ボスが教えてくれた「お金の謎」と「社会のしくみ」』を上梓した田内学さん。
2023年12月に、「学歴×ラブ」がテーマの異色の男子校コメディ『かしこい男は恋しかしない』1巻が発売された凹沢みなみさん。
2人には、「日本トップクラスの中高一貫男子校」に関わっているという共通点があります。
かつて「超進学校・灘のこじらせ男子校生」だった田内学さんと、現在「超進学校・開帝のこじらせ男子校生」の漫画を描いている凹沢さんが、「秘密の花園」である男子校の内情について対談してみました。
男子校特有の異常なこだわり
凹沢みなみ(以下、凹沢):田内さんの本は、私が初めて最後まで読めたお金の本かもしれません。
田内学(以下、田内):ありがとうございます。金融に興味がない方でも最後まで読み切ってもらえるように、ストーリー仕立てにした甲斐がありました。
凹沢:私は本当にこの歳になるまで何も知らないってことに気づいてしまって……以前も金融について勉強しようと思って、わかりやすく書いている経済の本を買ったのですが、理解が難しくて途中で読むのをやめてしまったんです。
田内:初学者向けの本でも、専門用語が多くてなかなかわかりにくいですよね。
凹沢:でも、この本は主人公がお金の仕組みをまったく知らない中2の子で、私のようなほぼ初めて学ぶ人の視点に降りてきてくれていました。中学生の視点のまま話が展開していきますし、物語仕立てになっているのもあってか、お金の仕組みがスラスラ頭の中に入ってきたんです。
このように小説仕立ての作品にしようと思われた理由はあるんですか。
田内:未来を生きる自分の子どもが、暮らしやすい社会になってほしいと思ったんですよね。今の社会は多くの問題を抱えています。それを解決するには、当事者意識を持って取り組む人が増えないといけないんです。そのためにはなるべく多くの人に読んでもらえる形式にしたいと思いました。
興味がある人だけじゃなくて、興味がない人が読んでくれるようにして、100万部を売る書籍にする必要があると考えたときに、読みやすい小説にするしかないと思ったんです。
凹沢:そうだったのですね。田内さんの作品は、札束を雑に扱うとか、そういうキャラクターの細かい仕草に性格が出ていますし、本当に先を読ませようとする仕組みがすごいと思います。
田内:ありがとうございます。実は一度、原稿書き終えて、出版社にも「この話でいきましょう!」とOKをもらったのです。
ところが、ちょうどそのタイミングで、小説の編集者やっている灘高の友人と会うことがあって。そしたら、ストーリーも場面転換も引きももっとよくできると、話が膨らんだんですよね。
灘高生って一見、冷めている人が多いのですが、熱中できるもの見つけると急に仲間意識が芽生えて一緒に猛進していけるところもあるんですよ。彼は違う会社なのに編集協力してくれて、全部1から書き直すことにしたんです。一切妥協しないで作り上げました。
灘・暁星・筑駒……緻密な取材力
田内:私も凹沢さんの作品を読んで、素晴らしいと思うことばかりでして……。特に取材力がすごいと思いました。男子校のことをよくぞここまで詳しく調べているなと驚きましたね。
凹沢:ありがとうございます。私自身、地方の共学校出身で馴染みがなく大変でしたが、いろんな男子校を取材しに行って、キャラクターに落とし込んでいきました。
灘・暁星・筑駒・聖光学院・逗子開成・海城・東大寺学園・浅野などを回りましたね。いつも一緒に取材に同行してくださっている編集者も浅野高校の出身なので、男子校のカルチャーを把握しておられたことも作品を作る上で大きかったなと思います。
田内:最初、男子校に通う学生特有の感情の機微やこじらせ具合の表現があまりにも上手なので、作者さんが男子校出身の方ではないかと思ったほどです(笑)。
『かしこい男は恋しかしない』冒頭のシーン。男子校に通う主人公たちは、ただ道を歩いているだけで共学カップルの「青春のダシ」に使われ、劣等感を抱く(漫画:『かしこい男は恋しかしない』より)
凹沢:ありがとうございます。私自身、もともと恋愛の話を描くのが得意じゃないのですが、「陰キャ」の男子校生の生態などはすごく興味があって、共感できたんですね。
それで男子高校生の日常を描こうと思って作ったのが、『別冊マーガレット 2022年1月号』に掲載された読み切りでした。その内容が面白かったのでなんとか連載にしようと思っていたのですが、舞台をどうするかは悩みましたね。
共学の軽音部男子や生徒会男子という設定を試したのですがしっくりこなくて……。その過程で編集長が「担当編集者が男子校出身だから、それを生かしてみればどうか」とアドバイスしてくださったんです。その際、「読者的にも秘密の花園を覗ける」とも言ってもらって、「これだ!」と思いました。
ディスり文化は「男子校あるある」
田内:そのような経緯があったのですね。個人的に、この作品で特にすごいと思った点が、「男子校あるある」の描写でした。男子校に通っていると、自分たちの当たり前が、特殊であることに気づかないんです。
主人公・正直くんの友達のシグマくんみたいなひねくれているタイプが多くて、どう相手をいじるか、どうディスるかという文化があるんですね。男子校の中だと、それが仲がいい証拠になるのですが、共学では見られない文化だと知るのに時間がかかりました。
レトリックを駆使して主人公の正直をディスる友人キャラ・シグマ。実際の男子校でも「ディスり」はコミュニケーションの手段だという(漫画:『かしこい男は恋しかしない』より)
凹沢:実際、男子校を取材していると、どんな趣味でも許容される空気があると感じます。共学で女性の目があるとできないような趣味に打ち込んでいる姿はすごく生き生きしているんですよね。だから、男子校はいい環境だなぁ、なくなってほしくないなぁと思っています。
田内:逆に、女性と関わる機会は本当にないんですよね。今でこそ灘の文化祭には人がたくさん集まっているようですが、僕がいた当時は全然異性からの人気がなくて、共学の関学(関西学院)の子がよくモテていたイメージがあります。
田内:だから、心の中では共学がうらやましいなと思っていました。今は結婚することができましたが、大学に入りたてくらいまでは、自分は女性と付き合えるのか、結婚できるのかどうかを不安に思っていましたね。
凹沢:田内さんもこじらせ男子だった時期があるのですね(笑)。
「フリ」と「オチ」、セリフ量のバランスを考えた構成
田内:もう1つ、凹沢さんの作品を読んで、本当に素晴らしいと思うことがありまして……。とにかく読みやすいんですよ。なんでだろうと読み返して驚いたんですが、どのページも最後のコマに、ページをめくりたくなる「引き」を作っているんです。
たとえば1話目を見てみると、1ページ目では、どんな超進学校なのか興味を持たせ、2ページ目の終わりでは、「他人の青春のダシに使われてる」という馴染みのないセリフで読者の興味を引きつける。そして3ページ目の最後に、“「反撃」するぞ!”という強いセリフを持ってきて、次のページの展開を期待させるんです。
リズムがとてもいいなと思いました。今の時代、SNSでもプレゼンでも、相手に伝える力が必要になっています。わかりやすく伝えることも大事ですが、相手に興味を持たせる表現力も大事だと思っています。その点ですごいと思いました。
凹沢:毎回「フリ」と「オチ」を考えて構成を練っているのですが、苦労している部分に気づいていただけて嬉しいです。
私は普段すごく早口なんですけど、その感じが漫画にも出ていて、読むのをやめる隙を与えないように、ボケを1〜2ページに必ず1つは入れるようにしています。ただ、1ページあたりのセリフ量が多くなると読みづらさにもつながるので、コマ割りの順番や、起承転結はしっかり意識しています。
田内:僕も「引き」を作ることをずっと意識していたんですが、これが本当に大変で……。
この小説を書くときに、カリスマ編集者の佐渡島庸平さんからもらったアドバイスは、「立ち読みを終わらせないこと」。プロローグで常に続きが気になる展開を作って、立ち読みを終わらせずに本編に入るまで読んでもらわないといけません。
そのために、文章を何度も何度も練り直しました。自分が苦労したことだから、凹沢さんの漫画のすごさがよくわかります。
凹沢:いつもできていて当たり前のことだと気を引き締めて描いているので、そこまで言っていただけてとても嬉しいです。
(構成:濱井正吾、後編に続く)
(田内 学 : 元ゴールドマン・サックス トレーダー)
(凹沢 みなみ : 漫画家)