2023年秋、一部店舗で欠品が生じた西友。理由はシステム刷新に伴う不具合だったが、同社には欠品が起きてでも刷新を断行しなければならない事情があった(記者撮影)

「西友、異例のシステム障害で棚ガラ空き」

「西友、不具合長期化で在庫切れ続く」

2023年秋、全国紙や流通専門誌にはこんな見出しの記事が並んだ。西友ホールディングス傘下の食品スーパー「西友」で発注システムが正常に機能せず、一部店舗で欠品が発生してしまったのだ。店舗によっては約1カ月にわたって部分的な品薄状態が継続したこともあったという。

西友の執行役員、荒木徹DX本部長は「ご迷惑をかけたお客様、そして現場で対応にあたった店舗のスタッフにはたいへん申し訳なかった」と語る。その一方で、この事態は「想定の範囲内」とも話す。不具合の裏に、それを容認してでも進めなければならなかった、とある事情があった。

株主変更を機に緊急のシステム刷新

今回、システム障害が発生してしまった要因は、ITの基盤システム全体を異例の短期間で刷新する必要があったからだ。

西友は2002年に世界最大手の小売企業、ウォルマートの傘下に入った。それ以降、EDLP(毎日低価格)の価格戦略など、アメリカ流の経営基盤を移植。店舗運営や物流管理を支えるITシステムもウォルマート製を導入していた。

しかし2021年3月にウォルマートが西友株の計85%をアメリカの投資ファンド、コールバーグ・クラビス・ロバーツ(KKR)と楽天に売却した(その後、楽天は取得株をKKRに売却)。ウォルマートからすれば自社のビジネスの根幹であるITシステムを、グループから離れた後も西友に使わせ続けるわけにはいかない。そこでウォルマートが株式譲渡にあたって付けた条件の1つが、3年間で西友をウォルマートのシステムから分離することだった。

西友は国内のスーパーとしては業界トップクラスの規模だ。システムの規模も大きく、300超の店舗や12の物流センター、社内外の3万人が接続する。365日運営するスーパーのビジネスを止めず、3年間で新しい基幹システムを開発し、移行を完了するのは至難の業だ。

過去にウォルマートが更新した商品供給システムを西友で導入した際は、移行作業だけで3年弱を要した。今回の範囲は商品供給だけでなく基幹システム全体、しかも設計から開発、実験、移行までの全工程に及ぶ。西友やシステムベンダーにとって、前代未聞のプロジェクトだった。

そこで西友が導入したのが「アジャイル開発」だ。システム開発手法の一つで、必要最低限の機能を備えた未完成品の状態で運用を始め、営業の中で細かく仮説、検証を繰り返し、不具合の修正や追加機能の拡充を行う。

EC業界では浸透している手法だが、日系のスーパーでは珍しい。「店舗の運営に影響が出ることはあってはならない」という意識が根強く残るからだ。スーパーの営業部や商品部にとって、冒頭のような品切れが起きることはタブー。システムの更改にあたっては、「通常の営業に支障をきたさないこと」が何よりも優先される。

マネジメント層が積極関与

しかし、今回は時間がない。西友は期限を守るためにリスクをとる必要があった。そこで今回のプロジェクトでは大久保恒夫社長以下、マネジメント層が積極的に関与。「とにかくシステム移行を最優先」という全社的な方針を打ち出した。移行作業がピークを迎える昨年秋以降は、システムに負荷がかかる棚割の変更や広告宣伝を徹底的に簡素化させ、DXのメンバーが作業に集中しやすい環境を整えた。

冒頭のような一部欠品は生じたものの、当初懸念していた営業停止など大きな問題は起こらなかった。そうして昨年末、パートナーであるベンダー各社に「絶対無理」とまで言われたプロジェクト、3年間でのシステム「脱ウォルマート」化を完了した。

荒木氏は今回のプロジェクトを次のように振り返る。

「小売業が求めるシステムの品質はかなり高いうえ、業界では完成品の納品を待つ開発手法が主流だ。だが一方で、開発期間が長期化することも多く、追加費用の発生でシステムベンダー側がもうかる構図になっている。変化の激しい現代、小売業はもっと大切なことに資源をかけるべき。今回のプロジェクトはいい事例の一つとなるかもしれない」

重要なのはこれを機に西友がどう変わるかだ。

西友は北海道から熊本県まで店舗網を持つ。楽天とは資本関係は解消したものの、協業を続けており、同社の会員情報にもアクセスできる。本来、これらから得られるデータは、マーケティングや商品の最適化に強力な武器となるはず。西友自身も2025年12月期までの中期経営計画の柱として、データ活用の強化を掲げている。

ただこれまでは、データを十分生かし切れていなかった。執行役員の武田正樹経営企画本部長は、「売れ筋商品の好調要因や特定店舗の売り上げが振るわない理由をデータから分析しようとしても、レポート作成だけで2週間程度かかるのが常だった」と明かす。

その原因こそが既存システムの複雑さだった。ウォルマートのシステムは世界最新鋭とはいえ、ビジネスモデルや市場環境が大きく異なる日本のスーパーマーケットには必ずしも最適化されていない。

そのため西友はアメリカ製の巨大な基盤に、自社開発の機能を後付けして対応。それによってシステム全体が扱いにくくなっていた。データも一元管理されておらず、いざ活用しようとしてもデータを集めるだけで高度な知識や手間が求められ、営業や商品の施策に落とし込むまで時間がかかっていた。

今回の刷新では日系ベンダーとゼロから設計開発した。システムが簡素化されたことで「仮説設定から即日でデータ検証できるようになり、これからはPDCAを加速できる」(武田氏)。

目先に控えるのは品ぞろえの改善だ。従来、店舗の品ぞろえは売り場面積に応じて決定されていた。しかし立地や周辺の人口構成によって、来店客のうちシニア層が7割を占める店もあれば、シニア層は1割程度で半数を30代以下が占める店舗もある。ウォルマート式のシステムでは棚割を変更するだけでも複雑なプロセスを経る必要があったが、これからは細かく実験、検証を行い、個店ごとに最適な品ぞろえを目指す。

発注業務についても効率化が可能だ。複雑にシステムが絡み合った旧来の基盤では「AIの需要予測の『くせ』がシステムによって異なり、違う数字が提示されることが多かった」(荒木氏)ため、最終的な発注量は店舗責任者の感覚に頼らざるをえなかった。今後は基盤を統一したことで、発注業務の精度向上や省人化が期待できる。

今後2年で店舗や楽天のデータをフル活用

しかしいずれも、スーパーにとって当たり前のことができるようになったに過ぎない。同社は中計で業界トップの営業利益を掲げているが、直近で公表されている営業利益は2022年12月期で242億円。収益性に定評のあるオーケー(2023年3月期290億円)や、ヤオコー(同262億円)などには見劣りする。

ただ裏を返せば、強みである全国の店舗網や楽天会員基盤から得られるデータをいかせる土壌が整ったともいえるだろう。「IT基盤の整備は中計の7合目。残る2年、これを使って頂上まで駆け上がっていく」(荒木氏)。DXチームの3年間の奮闘をマーケティング、商品開発の変革につなげられるか。西友の挑戦は続く。

(冨永 望 : 東洋経済 記者)