TSMC熊本工場の前には道を挟んでキャベツ畑が広がる(記者撮影)

2月24日、熊本県の菊池郡菊陽町。広大なキャベツ畑で朝から農家が収穫作業に追われる中、その向かいにそびえ立つ巨大な半導体工場には、国内外の要人が続々と集まっていた。

「日本における半導体製造の“ルネサンス”の始まりだと信じ、期待しています」

この日行われていたのは、台湾にある世界最大の半導体製造受託会社・TSMCによる熊本工場の開所式だ。TSMC創業者であるモリス・チャン氏も来日。日本の半導体製造の“復活”への期待をセレモニーで語った。

錚々たる顔ぶれが集まった開所式

TSMCが総投資額86億ドル(約1.2兆円)を費やして熊本県に半導体工場を建設すると発表したのは2021年10月のこと。米中対立やコロナ禍でのサプライチェーン混乱で半導体政策に力を入れる日本政府の必死の誘致が功を奏した。政府からの支援額は最大で4760億円に上る。

敷地面積20万平方メートル超という国内最大級の半導体工場の工事は昼夜を問わず進み、2022年4月の着工からわずか1年8カ月で完成にこぎ着けた。今後は工場内への半導体製造装置の搬入や試作品の評価を進め、12月末から量産を始める予定だ。

工場を運営するのはTSMCと日本企業との合弁会社である「JASM」。日本企業で出資するのは、ソニーグループ傘下のソニーセミコンダクタソリューションズとデンソー、さらに2月に参加を表明したトヨタ自動車の3社となる。

開所式に出席したメンバーの顔ぶれは、TSMC熊本が国の一大プロジェクトであることを物語っていた。

斎藤健経産相に甘利明氏や萩生田光一氏といった有力政治家が来熊。ソニーグループの吉田憲一郎会長CEOやトヨタの豊田章男会長をはじめ関係企業のトップもズラリと並んだ。

その中でもひときわ注目を浴びたのが、TSMC創業者のモリス・チャン氏だった。

同氏は1931年生まれで御年92歳。アメリカの大手半導体メーカー・テキサスインスツルメンツ(TI)の副社長を務めた後、1987年にTSMCを創業した。2018年に引退するまで約30年にわたってTSMCを率いた、まさに立志伝中のカリスマ経営者である。


TSMC創業者のモリス・チャン氏がセレモニーの行われるホールに姿を見せると大きな拍手が巻き起こった(記者撮影)

開所式のセレモニーが行われるホールには、政府関係者や各企業のトップがそれぞれのタイミングで入場し着席。最後に入場したのがモリス・チャン氏だった。ゆっくりと会場前方の扉から歩いて姿を見せると、場内からは大きな拍手が巻き起こった。

そしてモリス・チャン氏の口から語られたのは、JASMのパートナーとして重要な役割を果たしたソニーとの50年以上前のなれ初めだった。

盛田氏が話した「日本の工場」の特長

同氏が初めて日本を訪れたのは1968年。当時世界トップの半導体メーカーだったTIの副社長としてだった。そこで会ったのがソニー創業者の1人、盛田昭夫氏だ。

「ソニーとの合弁事業を行うため、盛田氏を訪問しました。記録を見ると、そこで2時間のミーティングをしていました。当時、盛田氏はすでに伝説的な人物で私より10歳も年上でしたが、非常によく接していただいた」

今でもよく覚えている、と言って切り出したのはこんなエピソードだった。

「『あなたはいい意味で、日本での工場のイールド(歩留まり)に驚くだろう』と(盛田氏は)言っていました。合弁で1973年に鳩ヶ谷工場(埼玉県)、それから大分県の日出に工場を設立しましたが、そのイールドの高さには本当に非常に驚いた」

モリス・チャン氏はその後TIを退職し、1985年に台湾の研究機関である工業技術研究院の院長に就任している。話はTSMCの創業につながっていく。

「1985年に台湾に行ったとき、日本と台湾は文化や人材の能力という点で似ているということに気がつきました。そこで、半導体製造に特化するファウンドリー(受託製造会社)を作ろうと思ったのです」

この1〜2年で急速な盛り上がりを見せるAI(人工知能)向け半導体への期待も口にした。

「(TSMCの)AI担当者が最近、必要な生産能力について、数千〜数万枚というウェハーの枚数ではなく『新たな工場がさらにいくつ必要なるか』という話をしていました。完全にその話を信じているわけではありませんが、そのどこか中間あたりの生産能力が必要になるのかもしれない」

一方のソニーからは、ソニーグループの吉田会長CEOと、グループ内で半導体を手がけるソニーセミコンダクタソリューションズの清水照士社長が出席。吉田社長が語ったのは、今回のTSMCとの合弁がどのようにして始まったのかだった。

2021年1月の台北での会談が始まり

「2021年1月、私と半導体事業の責任者である清水は台北のホテルで(TSMCのCEO)C.C.ウェイ氏とお会いしました。ロー、ケビン、ジョナサンといった幹部の方々もご一緒でした。われわれは、ロジック半導体の調達について議論するために出向いたのです」

【3月4日13時28分追記】初出時の「2020年4月」を「2021年1月」と修正します

ソニーは、iPhoneのカメラなどに使われるイメージセンサーを自社で生産している。ただ、製品として仕上げるためにはロジック半導体と重ね合わせる必要があり、そのロジック部分の調達はTSMCに頼っている。


TSMC熊本工場の開所式に訪れたソニーグループの吉田会長CEO(記者撮影)

2021年1月といえば、コロナ禍によるサプライチェーン混乱の真っただ中。ソニーにとって安定調達は喫緊の課題だった。

「ですが、その会議冒頭、C.C.ウェイCEOに『日本での生産を計画している。それに協力してほしい』と言われました」

ソニーは近隣に自社工場を保有しており、TSMC誘致のための「ホスト」として尽力することになる。ある経産省幹部は「自治体との関係づくりに加え、人や土地の手配を世話して受け入れ環境の整備を進めたソニーの貢献は大きかった」と語る。

開所式に先立つ2月6日には、かねてから既定路線として確実視されていた第2工場の建設も発表された。86億ドルを投じた第1工場と合わせると、投資額は200億ドル超(約3兆円)となる。日本政府はこの第2工場に対しても、第1工場を超える7320億円を助成すると発表している。

第2工場では6〜7ナノメートル世代の半導体が生産される。第1工場で作られるものはソニーのイメージセンサー向けが中心だったが、第2工場では自動運転やADAS(先進運転支援システム)向けの自動車向けが中心となりそうだ。トヨタの出資は、この第2工場の建設と同時に発表されたものだ。

第2工場の建設は2024年中に始まり、稼働は2027年末を見込む。その頃には、モリス・チャン氏の語った日本のものづくりの良さを生かし、「日本における半導体製造の“ルネサンス”」が具体化しているかもしれない。

(石阪 友貴 : 東洋経済 記者)