認知症患者の行動の背景にある「真意」を理解することで、介護する側の心理にも変化が生まれます(写真:NOBU/PIXTA)

国立社会保障・人口問題研究所のデータを元にしたニッセイ基礎研究所の推計によれば、令和7年には65歳以上における認知症の総数は1000万人を突破するといいます。人生100年時代を迎えた現在、誰にとっても身近な問題となった「認知症の介護」に向き合うためには、どんな心がまえが必要なのでしょうか。18年にわたり介護の第一線で働いてきたたっつん氏が、実際のエピソードをもとに、認知症患者の行動の背景にある「真意」について読み解きます。

※本稿はたっつん氏の新著『認知症の人、その本当の気持ち』から一部抜粋・再構成したものです。

「うちへ帰らな」と施設を出ようとするおばあちゃん

認知症の人の行動はさまざまです。

夕方になるたび、「うちへ帰らなあかん」と言いだして、ウロウロしはじめるパターンはそれほど珍しくないかもしれません。

あるおばあちゃんがそうでした。一人で施設から出て行こうとすることもあるので目が離せず、職員みんなが困っていました。

これだけ帰宅願望が強いのはどうしてなのか。まず理由を突き止めたかったので、おばあちゃんと一緒に施設を出てみることにしました。

「おうちまで送っていきますね」と言いながら、どこへ向かって歩いていくかはおばあちゃんに任せていました。となりに付き添いながら、なるべく穏やかに話しかけるようにしていましたが、「ついてこんでええ!」と怒鳴られます。

仕方なく、こけそうなときなどにすぐに手が届く範囲の距離を保ちながら歩いていました。

おばあちゃんは家に帰りたいのに道がわからなかったのか、まいごのように歩いていただけでした。

そんな中でもぼくが介添え役のように付き従っていたので、それなりに心強かったのかもしれません。少しずつ、ぼくが傍にいることに安心感を覚えているような表情を見せはじめてくれたのです。

そんな”散歩”を2時間も続けていると、さすがに疲れたようで、座り込んでしまいました。

施設に電話して、車で迎えにきてもらうことにしました。待っているあいだにはお茶を飲んでくれたし、車で帰ることも拒みませんでした。

翌日の夕方もやはり「うちへ帰る」が始まりました。

「では送っていきます」と、前日と同じように二人で施設を出ました。

アテのない散歩のようになったのは同じでしたが、このときは最初から前日ほどギスギスしないで済みました。おばあちゃんが意地を張ろうとしなかったからか、散歩時間も短縮されて、1時間30分で迎えの車を呼べました。

寄り添うことで変化しはじめたおばあちゃんの反応

その翌日も、同じように出かけました。今度は車を呼ぶ必要もなく、二人で歩いて施設に戻りました。所要時間は1時間ちょっとです。

この日は夕食前に帰れたので、「夕食の準備を手伝ってもらえませんか」と尋ねてみました。

おばあちゃんの反応はどうだったかといえば……。

笑顔で「ええよ」と返してくれたのです。

おうちに帰りたい、ということは忘れてしまっているようでした。

4日目も同じように施設を出たものの、このときは最初から、ただの散歩と変わりませんでした。30分ほど歩いたあと、「夕食の準備があるから帰りましょうか?」と聞くと、「そうやな」と即答してくれたのです。

そして5日目には、夕方になっても「うちへ帰る」と言わなくなりました。

「歩かなくてもいいんですか?」と確認すると、「今から行ったら、この人らの晩ごはんに間に合わんがな」と、やさしい笑顔です。

それ以降、施設で食事の準備をすることがおばあちゃんの日課になりました。

それまで、夕方になるたび家に帰りたがったのは、「家で夕食の準備をしなければいけない」という従来の習慣にとらわれていたからなんだと思います。

誰にでも、それまで生きてきた歴史があり、その人の世界やルールがあります。このおばあちゃんの場合、妻として母親として生活していた頃への想いが強く、毎日の家事をしなければならないという強迫観念に近いものがあったのだと考えられます。

その気持ちを否定しないで尊重していくことで、「家族のため」という強迫観念を、「この人らのため」という想いに変換できたのです。

それにより、夕方の焦り、帰宅願望はなくなりました。

認知症の人たちの行動には振り回されやすいものですが、本人の中では、何かしら理由や意味があることがほとんどです。その部分を掴めたなら、対処できるケースは少なくありません。

このおばあちゃんは、とにかく人の役に立てていることが嬉しかったのだと思います。この後は、夕食の準備に限らず、いろんなことを手伝ってくれるようになりました。

逆立ちしながら!? 夜中に徘徊するおばあちゃん

どうしてなのか、毎晩、トレーナーをズボンのように穿くおばあちゃんがいました。

トレーナーの首の穴がお股のあたりにきますが、穿こうと思えば穿けないことはありません。逆にズボンを着ようとします。こちらは腕を通すのがやっとで頭からかぶることはできないにもかかわらず、そうしています。

その格好で夜中の2時や3時に廊下に出てきて歩いているので、逆立ちして歩いているように見えました。

日中などは大抵のことは自分でやれているのに、夜になるとどうしてこんな行動を取るのかがまったくわからずにいました。

夜中に歩いているときは、ものすごく怒りながら何かを叫んでいます。ほとんど意味不明な言葉です。

なんとか聞き取ろうとすると、何かの説明をしながら「契約しろ」などと言っているのがわかりました。

放っておけば、明け方まで大声でわめき散らしながら歩いているので、他の入居者からすればかなり迷惑な存在になっていました。

昼間の"仕事"が奇妙な徘徊をやめるきっかけに

家族と話をしてみると、そのおばあちゃんはもともと保険のセールスをやっていたとのことでした。営業だけでなく、事務仕事も得意だったようです。


そこで職員のステーションにおばあちゃん用のデスクをつくり、計算などの仕事らしきものをお願いするようにしました。

そうすると、毎日ちゃんとした服を着てそこに"出勤"するようになったんです。

電卓を使って計算しながら書き出している数字はめちゃくちゃながら、とにかく一生懸命やっていました。

その後、トレーナーをズボンのように穿くことも、夜中にわめき散らしながら徘徊(はいかい)することもなくなりました。

どうしてあんな変な着方をしていたのかはわからなかったものの、昼間に"仕事"をすることで自分を納得させられたのだと思います。

(たっつん : 介護士)