(写真: maroke / PIXTA)

かつての大学受験は、「一般入試」で大学に入学することが当たり前だった。「いい学歴をつけると、いい仕事につける」と信じて人々は予備校に通い、過酷な受験戦争が繰り広げられた。

浪人で大学に進学することも珍しくなく、「現役・偶然 一浪・当然 二浪・平然」などと呼ばれていたほどである。ちなみに、筆者も偏差値40の商業高校、年収200万円世帯から9浪して早稲田大学に入学した、浪人経験者だ。

しかし、現在はがらりと様相が変わった。浪人をして大学を受ける人は20年前と比べて2分の1近くまで減り、「浪人するよりも、現役で受かった大学に行く時代」が到来した。

こうした時代の流れとともに増加したのが、評定平均、書類、小論文、面接などの各要素から、多面的・総合的に評価・判断する「推薦入試」である

現在、各大学が独自の評価軸で行っている推薦入試は、「経済的・地域的格差を縮める役割を果たしている」との一定の評価も下されているが、そこには見落とされている課題も存在する。

推薦入試の入学者数がほぼ半分に

2023年に文部科学省があるデータを発表し、受験業界に衝撃が走った。

文部科学省がAO入試(推薦入試の1つ)の調査を始めたのは2000年度。当時、まだ一般入試で大学に入学する学生は全体の65.8%であり、多数派だった。しかしそれから20年以上が経過して、2022年度調査では一般選抜(旧:一般入試)入学者は49.7%となり、推薦入試のほうが上回ったのだ

ちなみに「推薦入試」入学者50.3%の内訳は、志望理由書や面接、小論文などで受験生を選抜する「総合型選抜(旧:AO入試)」が19.3%、大学側が高校に推薦枠を用意して大学の面接に進む指定校制推薦と、評定平均や書類、小論文に加えて学校の科目も課される場合もある公募制推薦からなる「学校推薦型選抜(旧:推薦入試)」が31.0%だ。

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(図表:『大学入学者選抜の実態の把握及び分析等に関する調査研究』より抜粋)

この傾向は加速し、今後はもはや「推薦入試」のほうが”一般的な”受験になっていくと考えられている。

なぜこうした選抜方法が主流になってきたのだろうか。また、それによってどんな利点・問題点が生じるのだろうか。

※なお、この記事では便宜上、一般選抜を「一般入試」、総合型選抜・学校推薦型選抜を「推薦入試」とする。

推薦への批判のいくつかのパターン

まず、筆者の周囲の一般入試経験者は、推薦入試の増加についてどう思っているのか。

20代、30代、40代、50代と各世代の一般入試を経験した4人にたずねてみたところ、「推薦入試自体を否定するわけではないが、増加については反対」「推薦を増やすのであれば、多くが現役生対象なので、現役生以外の入試も同時に増やすべき」「多様性を大事にする世の中でありながら、大学入学の門戸を狭めると思うので、反対」「推薦でとにかく入れればいい、と思っており、本当に将来のことまで考えているか疑問」などの声があがった。

上記の意見からも推察できるように、推薦入試への批判はいくつかのパターンがある。

「生徒の学力を担保できない」、「採点基準が不明確」などに加えて、近年とりわけよく聞かれるのが「志望理由書や面接で必要な経験はお金で購入できるため、富裕層が断然有利になる」という金銭面の格差の拡大を懸念する類の意見である。

現状推薦入試は、大学進学の経済格差をさらに助長するのではないかという見方が多い。しかし、この考え方は実際のところは正しいのだろうか。

実は、近年では研究が進み、入試改革が入学者の格差是正につながっている可能性を示すデータもいくつか示されてきている。

例えば、ベネッセ教育総合研究所の木村治生氏は、2023年6月の日本子ども社会学会において、東大社会科学研究所とベネッセ教育総合研究所の共同調査の結果を発表した。

そこでは父親・母親が大学を出ていない家庭の生徒ほど、推薦入試を用いて大学に進学しており、推薦は、個人・家庭の状況を収入や職業・教育の状況からとらえる「社会経済的地位」が低い層が難関大に進学するルートになっている可能性を指摘した

また、この調査では一般入試よりも推薦入試を使用した人のほうが、年収が低い家庭から難易度の高い大学に通える可能性が高くなっていることも示されている。

現在、「低所得・非大卒家庭の一発逆転の手段」としては、むしろ一般よりも、推薦のほうが有利に働いているかもしれないという可能性もあるのだ。

文科省の大学入学者選抜実施要綱にも、「各大学は、年齢、性別、国籍、家庭環境等に関して多様な背景を持った学生の受入れに配慮する」という基本方針があるが、選抜入試の推進が「生まれ」で決まってしまう格差を是正する狙いもあるのだとすれば、問題視される入学者の学力面や採点基準などの不平等もむしろ、不利な環境にいる人たちのためには、ある程度は仕方がないと捉えることもできるだろう。

推薦入試は同じ手段で平等に選抜する「試験の公平性」よりも環境格差・貧困格差を縮める「教育の公平性」から判断した場合、実際に一定の成果を上げているとも考えられるのだ。

過年度生・再受験生はどうなるのか

しかし、このまま「教育の公平性」を大義名分として推薦入試を推し進めていった場合、確実に切り捨ててしまう人たちがいる。それは、20歳を超えてから初めて大学に入る、もしくは入り直す過年度生・再受験生の存在だ。

文部科学省は施策の1つとして「誰もがいくつになっても学び直し、活躍することができる社会の実現」を目指している。

一方で、旧帝国大学や早稲田大学・慶應義塾大学など難関私大で実施される現在の推薦入試は、そのほとんどが現役・もしくは1浪の年齢までしか出願できない。現在は出願年齢に制限がない東京大学でさえ、出願資格を2025年の入試から高校卒業後1年までに限定することを発表した。

推薦入試の増加は、一般入試の選抜枠が狭まることも意味する。出願年齢が限られた選抜方式が増えると必然的に、年を取ってから大学に入る人たちの枠が減ることも避けられないだろう。

このように理念と行動が逆方向を向いている現状は、国のめざす「生涯学習社会」の実現からはほど遠い。以上の理由で、筆者は、推薦入試のこれ以上の拡大には反対である。

筆者は家族に大卒者のいない年収200万円の家庭から、偏差値40の商業高校に進学した。高校を出てから自分の人生を挽回したいと思い、正社員として受験費用を貯めながら9年間受験勉強を続けたが、親族から「大学なんか行く意味ない」という批判を受け続けた。

勉強を教える場としての地元予備校でも、「勉強なんて参考書を暗記すれば何でもできる」という受験への解像度が低い情報しか入ってこなかった。

一般入試で救われる層の受け入れが減る

そんな大学受験に非協力的で、情報が入らない環境にいた人間でも、今までなら過去問を入手して演習を重ねることでカバーできた。ノウハウが何もなくても、何年分、何十年分とやりこむことで、大学が求めている知識や能力を理解でき、都会の同級生と同じ土俵に立てたからだ。こうして私は早稲田大学の過去問を80年分解いて、27歳で入学した。

「そんな年齢で大学に入ったところで就職できないからもったいない」と思う人も多いだろう。たしかに私自身、「新卒一括採用」の仕組みが根強い日本では大手企業に就職をすることこそ難しかった。しかし、「教育関係」という進みたい道が定まっていたので、大学の環境に再チャレンジの機会は十分に与えてもらえたと思っている。

教員免許の資格も取れたし、早稲田大学でできた結びつきによって教育の仕事につながる機会をもらえたし、一生ものの仲間にも会えた。

学歴社会が終わったと思われる現代でもまだまだ、学歴の効用や、大学に行くメリットはとても大きいと感じる。大学は「若者」が就職活動のためだけに行く就活予備校ではなく、学びと出会いで人生を豊かにする場所なのだ。

だからこそ、推薦入試が増えることで、一般入試でしか救われない層の受け入れが減ってしまう現実は、自分にとってはとてもつらいことなのだ。

私が今、幸せな人生を今送れているのも、すべては一般入試で合格したからである。

年齢重ねた人が人生をやり直す制度

格差を是正する手段としての「推薦」は、現在、かつての一般入試経験者が思うよりも機能してきているのかもしれない。

それでも、一般入試は情報のない環境にいる人間や、年齢を重ねた人間が人生をやり直すために必要な制度だ。

筆者のように、20歳以降に大学に入る人、入り直す人が人生を挽回するために、何歳になっても大学に入って学ぶことが普通にできる世の中であり続けるために、誰でも受験資格を得られ、過去問さえ入手すれば対策ができる、人生一発逆転の手段としての「一般入試」の火を、消してはならないと思う。

(濱井 正吾 : 教育系ライター)