サントリーが手がけるジン「翠」(左)とROKU(右)(写真:サントリー提供)

大胆な投資ははたして吉と出るかーー。サントリーは2月7日、スピリッツやリキュールの生産を手がける大阪工場に55億円を投じ、ジンの生産能力を2倍に増強すると発表しました。6年後の2030年には、国内ジン市場を2020年比で6倍以上、2023年の2倍以上となる450億円規模に拡大させるとぶち上げました。

毎年1月半ばは、国内大手ビール4社が事業戦略を打ち出しますが、今回は全社既存ブランドの刷新を行い、ビール事業への投資を加速させると発表。また、チューハイを中心とするRTDにも注力する姿勢を示しました。

そんな中、ジンという蒸留酒を強化するサントリーの戦略は他社とは明らかに違うアプローチに見えます。これにはどんな背景や、意図があるのでしょうか。

酒類・飲料ではサントリーがナンバーワン

国内大手ビール会社と書きましたが、実際のところは各社ともビールだけでなく、ワインや洋酒、ミネラルウォーターやコーヒーなど幅広く手がけています。ビールの国内販売数だけで見ればアサヒが1位ですが、ビール以外の酒類、飲料も合わせた売上高はサントリーが大手の中で一番高いことはもっと知られていい事実でしょう。

各社の事業およびブランドポートフォリオを比べると見えてくることがあります。海外のブランドを多数買収してビール事業を中心に海外比率の高めているアサヒ、ヘルスサイエンス領域に強みを持つキリンと各社成長分野と見据えるところは異なっているのです。

サントリーに関して言えば、2014年にアメリカのビーム社を買収して世界第3位の蒸留酒メーカーになっており、上記2社と違って蒸留酒の製造・流通・販売にアドバンテージがあります。

現在、日本産ウイスキーが世界的に需要が高く、サントリーの山崎、白州、響も例外ではありません。これらは品薄状態が続き市場では定価を上回る価格で流通することも常態化しています。こういった状況をSNSで見かけた方も多いことでしょう。

世界的なジン人気を受けて、ジンを強化

ウイスキー人気が高いため、そちらに目が行きがちですが、サントリーは2000年代後半から続く世界的なクラフトジンの人気を受けて新たなブランドのジンを手がけてきており、2017年には「ROKU」、そして、2020年に「翠(すい)」、2022年3月にはソーダで割った「翠ジンソーダ缶」を発売。同商品は初速から好調で、販売開始から数週間で年間計画の6割を達成するほど人気となっています。

その後、リニューアルを重ねながら着実にマーケットに浸透してきており、大阪工場への投資も満を持してアクセルをグッと踏む段階に来たということを表していると考えるのが妥当でしょう。


戦略を発表するRLS事業部長の塚原大輔氏(写真:サントリー提供)

コロナ禍以降の家飲み需要増加を受けて、世界的にも蒸留酒の売り上げは拡大傾向にあります。こうした中、サントリーは国内ではハイボールを定着させ、高級品についても高い支持を得ています。蒸留所を閉鎖してウイスキー事業を縮小しているキリンとは対照的で、今後蒸留酒やRTD分野においてますます攻勢をかけていくことが予想されます。

昨年12月にリニューアルした「翠ジンソーダ」の缶を先日購入し試してみました。ジンの特徴であるジュニパーベリーの香りが弱めで、その代わりに柚子由来の爽やかな香りが強く感じられました。全体の印象としてまったく甘くないZIMAなどを想起させ、ジンのソーダ割りでありながらその姿はチューハイに近いものとなっています。

若い人の間で人気の平野紫耀さんを起用したCMで描かれているように、居酒屋をはじめとするカジュアルな業態で食中酒として楽しんでもらおうという意図を強く感じます。バー業態を念頭に置いているであろうプレミアムなクラフトジンであるROKUと明らかな違いです。


リニューアルした翠ジンソーダでは若年層の取り込みを狙う(写真:サントリー提供)

翠ジンソーダはジンをベースにしているという点を強調してレモンサワーに代表される既存のチューハイではないことを示しているように見受けられますが、事実上チューハイジャンルに新フレーバーを持ち込んで勝負に出たということなのだと筆者は解釈しています。焼酎やウォッカではなく、ジンでレモンサワーに近いものを実現したと言い換えることができるかもしれません。

筆者が以前、指摘した(サントリー「一線を超えたビール」が意味すること)ビアボール同様、新しい分野に挑戦する「やってみなはれ」の精神がうかがえます。すっきりした、強すぎない穏やかな味わいでシチュエーションを選ばない新しいオルタナティブとして若い層を中心に人気が出るのではないでしょうか。

海外ではジンのソーダ割りはマイナー

一方、海外展開はどうでしょうか。前述の通り、ビームサントリーとして海外に展開していますから、世界的なジンの人気を背景にサントリーがこれらのジンをどこまで海外で展開できるかは気になるところです。率直なところ、筆者は翠に関してはこのままだと難しいと考えています。

海外だとジンはバーで親しまれており、人気なのはジントニックで、ソーダ割りの商品はかなりマイナーです。ソーダ割りにする場合は、ジンとソーダだけのプレーンなものではなく、果物を合わせるなどフレーバーを足して仕上げるものが多く、現状のままでは海外展開は難しいと思われます。

一方、ROKUは桜花、桜葉、煎茶、玉露、山椒、柚子という日本らしさ溢れる素材を使用し特徴を作っています。日本人にはもちろんのこと、海外の消費者もエキゾチシズムを感じられるであろうフレーバーを備え、プレミアムなクラフトジンのカテゴリーですでに評価されています。

ジントニックだけでなく、バーシーンで人気のマティーニ、ネグローニ(ジン、カンパリ、ベルモットのカクテル)でも個性を発揮してくれそうです。

「ROKU」の最大のライバル

その「前哨戦」として注目したいのが、日本のジンカテゴリーにおけるサントリーと、スピリッツ業界世界最大手、フランスのペルノ・リカールの競争です。同社は2020年3月に「季の美 京都ドライジン」を手がける京都蒸溜所と資本提携しました。

「季の美」は和風素材を前面に押し出した日本産クラフトジンとしてROKUに先行して2014年に発表され、バーシーンでは根強いファンがおり、ペルノ・リカールからの出資金は主に、「季の美」の需要増に応えるための、「新たな最新鋭の蒸溜所建設に使用される」としていました。実際、さまざまな商品を展開しており、価格帯、コンセプトもROKUと近いので国内外において競合すると筆者は見ています。

こうした競争の中で、「世界に打って出るための日本らしさという個性」が確立され、「プレミアムクラフトジンの飲用シーンにおける定着」が進めば、翠というジンの評価も間接的に上がっていくのかもしれません。

(沖 俊彦 : CRAFT DRINKS代表)