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テレビドラマ『セクシー田中さん』の原作者で、漫画家の芦原妃名子さんが亡くなったことを受けて、出版社の小学館が2月8日、公式サイトを更新。漫画『セクシー田中さん』を連載していた雑誌が所属する第一コミック局の声明を掲載した。

「二度と原作者がこのような思いをしないためにも、『著作者人格権』という著者が持つ絶対的な権利について周知徹底し、著者の意向は必ず尊重され、意見を言うことは当然のことであるという認識を拡げることこそが、再発防止において核となる部分だと考えています」(声明から抜粋)

『セクシー田中さん』は昨年秋にドラマ化されて人気を博したが、脚本家や芦原さんのSNS投稿から、脚本をめぐるトラブルが発生していたことが明らかになっていった。その後、芦原さんの急死によって、脚本家やテレビ局に対する批判や中傷が発生する事態に発展している。

「再発防止において核となる」。第一コミック局はこのように「著作者人格権」の重要性を強調しているが、エンタテインメントの現場以外では、あまり馴染みのない権利かもしれない。そもそも、どのような権利なのだろうか。著作権にくわしい高木啓成弁護士に聞いた。

●著作者人格権は「著作者を保護するため」にある

一般に「著作権」と言われる権利には、著作財産権(狭義の著作権)と著作者人格権の2種類の権利があります。

著作財産権は、著作者以外の人が勝手に著作物を複製したり、勝手にインターネット上にアップロードしたり、勝手にドラマ化したりすることを禁止できる権利です。

著作者は、著作物を自分で独占的に利用することもできますし、「利用したい」という人・会社に許諾する代わりに利用料を請求することもできます。

このように、著作財産権は、著作者の財産的利益を守る権利(財産的権利)なので、エンタテインメントビジネスで積極的に利用されています。

一方、著作者人格権は、公表するかどうかを自分で決める権利(公表権)や、意に反する改変をされない権利(同一性保持権)などを含む、著作者の人格面・感情面を守るための権利です。

著作物は、著作者が自分の精神や感情を表現したものなので、著作物の扱われ方によっては、著作者は大きな精神的ダメージを受けてしまいます。著作者人格権は、そのようなことがないように著作者を保護するためにあります。

ですので、ビジネスで利用されるというよりも、いざというときに行使される権利です。

●他人に譲渡できない権利だが・・・

著作財産権は、財産的権利ですので、所有権と同じように、他の人に対して譲渡することができます。

専門書などの分野を除き、出版業界では、著作者が著作権を出版社に譲渡することはあまりありませんが、音楽業界では、作詞者・作曲者の権利は、著作権譲渡契約により、音楽出版社に譲渡されることが一般です。もちろん、タダで譲渡するわけではなく、JASRACなどの著作権管理事業者から音楽出版社経由で著作権使用料(印税)を受け取る形になっています。

これに対して、著作者人格権は、精神的権利ですので、他人に譲渡することはできず、著作者自身しか持つことができません。肖像権やプライバシー権を他人に譲渡することができないのと同様です。このことを「一身専属権」と呼びます。

ちなみに、業界によっては、クライアント(著作物の利用者側)が「著作者は、著作者人格権を行使しない」という規定(これを「著作者人格権不行使特約」といいます)の入った契約書へのサインを求めることがあります。

「著作者人格権は譲渡することができない権利なのに、行使しないという特約は有効なの?」と疑問に思う方もいらっしゃるかもしれません。

実際、著作者人格権の不行使特約が無効とされた裁判例もあり、有効性が判例上確立されているわけではありません。ただ、契約実務は、著作者人格権の不行使特約が完全に有効であることを前提に動いている印象です。

●現場にいない「原作者」の意向はないがしろにされがち

一般に、漫画をテレビドラマ化するときの契約実務では、原作者が出版社に対してドラマ化の契約交渉や契約締結の代理業務を委託する契約(代理人契約)をして、これにより、出版社は、原作者の代理人として、テレビ局側と契約交渉をおこない、交渉がまとまれば、出版社とテレビ局(または制作会社)との間で原作利用許諾契約を締結する、という流れで進んでいきます。

私が知る限りですが、小学館のような大手出版社の場合は、原作者との代理人契約には「出版社は著作者人格権を尊重してテレビ局側と交渉しなければならない」という規定がきちんと入っていますし、また、テレビ局側と締結する原作利用許諾契約においても、「著作者人格権を尊重すること」がテレビ局側の義務として入っています。また、いわゆるクオリティコントロールの規定では、脚本については原作者の監修が必要とされていることが一般的ではないかと思います。

そういう意味で、契約書上は、著作者人格権が守られる形になっています。

ただ、実際のテレビドラマ制作現場は、とてもタイトなスケジュールの中で、その都度、演出のアイディアを出しながら作品を制作していきます。演出の都合や役者の意向で、現場で脚本を変えることもめずらしくないと聞きます。

そのため、どうしても現場にいない原作者の意向はないがしろにされがちですし、それはテレビドラマの制作現場的にはやむを得ない面があるように思います。

だからこそ、原作者に特別の思い入れやテレビドラマ化することへの条件がある場合、これを原作利用許諾契約書に記載することはもちろんですが、それだけではなく、これをしっかりとテレビ局側に伝えることも、原作者の代理人である出版社の役割だと思います。

●「原作者の意向」を尊重したドラマ化が求められる

一方で、著作者人格権という権利は、原著作物を一切改変してはならないという絶対的な権利ではありません。テレビドラマ化にともない、脚本家の作家性やディレクターの演出により、一定程度の改変がなされることは当然に予定されています。

しかし、契約書上は著作者人格権を尊重すると規定されていたとしても、テレビドラマ化によって、著作者の意に反して著作物の本質的部分が改変されるようなことがたびたびありました。これはやはり著作者人格権の侵害になります。

また、著作者人格権とは別に、著作者がテレビドラマ化をするにあたっての条件を出し、これをテレビ局側も受け入れたのであれば、契約上の義務として、その条件を守らなければなりません。

出版社は、著作者の代理人ですから、テレビドラマ化にあたって著作者の意向を丁寧に聞き、テレビ局側に説得しなければなりませんし、テレビ局側が著作者の意向に難色を示し、原作者側も譲らないようであれば、テレビドラマ化自体を諦めるという選択を取らざるを得ない場合もあるでしょう。

また、テレビ局側は、いったん著作者の意向を受け入れた以上は、ディレクター、脚本家や役者を含めて、制作の関係者全員にこれを周知させ、著作者の意向を尊重して制作にあたることが求められます。

【取材協力弁護士】
高木 啓成(たかき・ひろのり)弁護士
福岡県出身。2007年弁護士登録(第二東京弁護士会)。映像・音楽制作会社やメディア運営会社、デザイン事務所、芸能事務所などをクライアントとするエンターテイメント法務を扱う。音楽事務所に所属して「週末作曲家」としても活動し、アイドルへ楽曲提供を行っている。HKT48の「Just a moment」で作曲家としてメジャーデビューした。Twitterアカウント @hirock_n
事務所名:渋谷カケル法律事務所
事務所URL:https://shibuyakakeru.com/