衆院神奈川16区補選で、14日夕に自民陣営が開いた安倍首相の演説会(撮影:常井健一、東雲吾衣)

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「13年前、私が初めて立候補したときのことを思い出した。親父の跡を継ぐ候補者は、確かに後援会もあるし、名前は知っている、随分勇気ある人がついている。しかし、なかなか大変なこともある。何といっても全盛時代の親父と比べられる」

 亀井善之元農相の死去に伴う補欠選挙となった衆院神奈川16区。告示後初めての週末を迎えた14日夕、果樹園や田んぼに囲まれた伊勢原市役所の駐車場で行われた演説会で、就任直後の初陣に臨む安倍晋三首相は、亡父の地盤を継いだ自らとダブらせるように弔い選挙のムードを強調し、元農相の長男の善太郎候補(35)を持ち上げた。

 東京のベッドタウンでありながら農業も盛んな伊勢原市は亀井候補の地元であり、前回の総選挙では元農相が6割以上の票を集め、民主候補をダブルスコアで下した大票田。この日は、地盤の堅さを伺わせる多くの地元支援者や推薦する公明党支持者に加え、首相のデビュー戦を見ようと市外から駆けつけた若者などで、約2000人の聴衆が集まった。周囲の狭い農道は、乗り付けた自家用車で埋め尽くされた。

 「本当に空気がおいしいですね、ここは。美しい空気があって、美しい水があるところ、美しい心の人々が育っている」

 胸ポケットには元農相が好んだという「太陽」をイメージしたオレンジ色のハンカチーフ。丹沢山系に沈みかける夕日に照れされた首相が、街宣車の上からゆっくりとした口調で選挙区の「美しさ」をたたえると、聴衆も陣営から配られたオレンジの布を振ってこれに応じ、前首相に引けを取らない“安倍劇場”を演出した。18分間の演説では、得意の北朝鮮の核実験問題、拉致問題、教育再生よりも社会保障改革に大半の時間を割き、「きちんとやるとお約束します」と何度も実行力を誇示した。

 連立政権のパートナーである公明党の太田昭宏代表も初めて選挙区入りして応援。首相と候補者の到着が遅れたため、“前座”さながらでマイクを握った太田氏は「亀井、亀井、亀井、亀井…」と絶叫調で連呼し、支持を強調。「アジア外交に手を打った首相に本当に拍手を送りたい」と首相の外交姿勢を評価し、両党の蜜月ぶりをアピールした。

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 一方、同じころ、首相の演説会場から8キロほど離れた小田急線・本厚木駅前の広場。民主党の後藤祐一候補(37)の街頭演説会は、はじめは50人ほどだった聴衆も、駆けつけた菅直人代表代行が演説を始めると徐々に立ち止まる数も増え、100人を超えるまでになった。

 しかし、週末夕方のターミナルともあって、家路を急ぐ買い物客らが道の真ん中に立ち止まる聴衆の間を縫うように急ぎ足で通り去る様子も目立つ。「ニュー小沢」への期待を背に4月の衆院千葉7区補選で当選した太田和美議員ら女性議員を並べたものの、責任者として連日選挙区入りする菅氏以外に、小沢一郎代表はじめ党幹部の姿はなかった。

 後藤候補は東大法学部を経て、旧通商産業省(現経済産業省)に入り、小泉政権が推進した構造改革特区などに携わった。「2世」の亀井候補を意識して「サラリーマン家庭出身」、「地元・厚木高校出身」などを前面に強調する一方で、ネット上で週に一つ掲げた「公約」を実現する状況を公開して、メディアでも紹介された「実現男」とのユニークな一面もアピールする。

 「再チャレンジするというのはまさに後藤祐一君のためにある言葉じゃないですか」

 格差社会や官製談合などの政策課題を中心に演説した菅氏は、自民候補のほか小泉前首相、甘利明経産相、河野太郎氏ら神奈川県選出の自民議員が世襲であることを指摘し、知名度や支持基盤の面で遅れを取る候補者への支持を訴えた。

 また、菅氏が「『ゆうちゃん、頑張って』と言われると本人が喜ぶ」と話すと支援者から「ゆうちゃ〜ん」の声援も。早実の斎藤佑樹投手の国民的人気にあやかろうと、候補者が慌ててポケットから青いタオルを取り出して、額の汗をぬぐうパフォーマンスも見せた。