「ローマの休日」「風と共に去りぬ」「七人の侍」など、かつて映画館を彩った手描きの映画看板を目にする機会は今日ほとんど失われてしまっています。しかし、看板絵師の八条祥治さんは、そんな手描きの映画看板の作成を大阪で今も続けており、新世界国際劇場に映画看板を納入しています。

今回、2024年1月5日公開の映画「エクスペンダブルズ ニューブラッド」の公開に際し、プロモーションとして手描きの看板を作ったのに合わせて八条さんへのインタビューの機会を得たので、仕事内容や作品へのこだわりなど、いろいろな話をうかがいました。

映画『エクスペンダブルズ ニューブラッド』|大ヒット上映中

https://expendables-movie.jp/

『エクスペンダブルズ ニューブラッド』本予告 | 2024年1月5日 (金) 公開 - YouTube

八条さんは大阪府大阪市西成区で「八条工房」という手描き映画看板製作工房を営んでいます。八条工房の外観はこんな感じです。



GIGAZINE(以下、G):

本日はよろしくお願いします。

八条祥治(以下、八条):

よろしくお願いします。

G:

八条さんは映画看板制作のお仕事を始めて何年くらいになるのでしょうか?

看板絵師・八条祥治さん(以下、八条):

1980年に、当時父親が働いていた映画看板の制作会社がなくなることになって、父親が独立して仕事をすることになり、その時から一緒に作ってます。



G:

看板制作を始めるまでは、絵を描く仕事などに携わっていたのでしょうか?

八条:

始めた時は絵は好きだったけど、普通のサラリーマンでした。もう完全に別の所から入りました。

G:

すごい……。絵の勉強は独学で?

八条:

独学というか、最初は自分でちょっと看板を描いてみて、父親に見せて「ここはこうした方がええんちゃうか」といったアドバイスをもらって覚えていきました。

G:

「目で盗む」という感じですね。

八条:

そうですね。絵には「頬はもう少し赤く塗って」「目はこう描いて」といったマニュアルがないですからね。

G:

こういった映画看板は何から描きはじめるんですか?背景や文字など……。

八条:

まず板に紙を貼りましてね。それからデッサンしまして。それから僕の場合は先に背景を塗って、次に文字を書いたりすることが多いですね。文字を書いていって、最後に顔を描きます。顔は時間を結構使いますんでね。



G:

1作品当たりの所要時間はどのくらいでしょうか?

八条:

だいたい2日くらいですね。

G:

2日ですか?!

八条:

小さい看板も含めて、映画館に1週間ごとに8枚納めてるんで、1枚2日くらいで描かないといけないんです。そしてまた掲載した看板を入れ替えてます。

G:

入れ替えということは上からどんどん紙を貼っているんですか?

八条:

そうですね。ですけど物理的に段々重くなるんですよ。

G:

では描いた看板の紙は定期的にベリッと剥がしているんですか?

八条:

そうです。

G:

なんかもったいないですね……。

八条:

なのでこういった看板は普通1週間でなくなるんです。

G:

ではここにある看板は「良いものだけちょっと取っておこう」という思いで置いてあるんですか?

八条:

そうですね。ちょっと思い入れがあったり、「これは残しときたいな」と思ったりしたやつは残してます。

G:

顔を描かれることが多いと思いますが、どういった顔が描きやすいのでしょうか?

八条:

顔の彫りが深い外国の方が描きやすいかなと思います。

G:

では今回の「エクスペンダブルズ ニューブラッド」に出演するシルベスター・スタローンも描きやすいタイプ?

八条:

やっぱり年齢もある程度重ねて、いっぱいシワとかも増えて、そんな人の方が特徴があって描きやすいよね。

G:

今回「エクスペンダブルズ ニューブラッド」の看板を描かれるに当たってこだわった点などはありますか?



八条:

こういった映画ですので、弱い感じの絵にはしたくないなと思ってね。タッチを生かしたような男っぽい、力強いタッチで描きました。

G:

ステイサムやスタローンの看板がここに置かれているということはやはりお気に入りなんですか?



八条:

まあお気に入りですね(笑)

G:

では依頼されると「来たな!」という感じになるんですね(笑)

八条:

こうやって残すようになってまだ2年くらいなんですよ。それまではもう全部すぐ上から紙を貼って新しく作ってたからね。

G:

なるほど……。

八条:

だからもうこれぐらいの枚数でもう一杯なんです。なので今後作った看板が気に入ったとすると、その作品をこの工房で新しく飾って、今ある作品の中から1枚を選んで、また紙を貼って新しく作って……。そんな感じでやっています。

G:

元の板は増やさない感じなんですね。

八条:

大きなものなのでたくさん置くことはできないからね。場所も取るので。

G:

新しい作品と見比べて泣く泣く古い作品と入れ替えていく感じですか?

八条:

そうそう。「こっちとこっち、どっちがいいかな」という感じで。

G:

いやあ。もったいないというか、失われるのが惜しいですね。



G:

今回の作品を作るにあたって何か普段の看板制作と異なる点はありますか?

八条:

「手描きの看板」ということを重視しました。写真っぽくならないように、インパクトが与えられたらいいなと思って。

G:

今回の看板も2日ぐらいで描き上げてしまった感じですか?

八条:

一辺倒にずっと仕上げるんじゃなくて、他の仕事も回しながらやってます。

G:

映画館に休みはないですもんね……。八条さんが休むことはないんですか?

八条:

もう長いこと休んでいないですね。火曜日に映画館に看板を取り付けに行って、また1週間たったら看板を取り換えて、その間に看板を描いての繰り返しですね。



G:

土曜日も日曜日も関係なく?

八条:

そうですね。

G:

映画看板は「自分がこの作品を描きたい」と選べるわけではないと思いますが、描きやすいもののほかに、描きにくいものというのもありますか?

八条:

そうですね。それでも「この作品を描いてください」と言われたら「わかりました」と言うしかないですよね(笑) もらった素材が暗いところで撮ったような、どこがその人の目なのかわからないような作品だと制作には苦労します。たまに、よく見る本人の顔とちょっと写り方が違うような素材が来ることもあって、そういうときも困りますね。

G:

邦画に出る俳優は顔の彫りがはっきりしないと思います。やっぱり描くのは難しいですか?

八条:

そうですね。暗いところで撮っているような、どこが目なのかわからないような映画作品の制作は苦労します。

G:

なるほど……。

八条:

映画の素材をもらった時に、まるでモノマネの人みたいな写り方の素材が来ることがあるんですよ。そういう時も困りますね。

G:

性別の違いで描きやすい・描きにくいというのはあるんですか?

八条:

これはあんまりないですね。女性の場合、口紅の色をはっきりと目立たせたりといった工夫をしています。

G:

手描き看板を出している映画館自体がほとんど閉館してしまっていますが、もっと同業者を増やしたいと思うことはあるのでしょうか?

八条:

そういうのはないです。今のまま続けられることが一番。

G:

それは、同業者が増えると少ない仕事の取り合いになって大変という事情もありますか?

八条:

取り合いもあるけど、需要がないから。もう増えることはないと思いますね。

G:

「自分もやってみたい」と言って八条さんのもとを訪れる人もいるとうかがいましたが。

八条:

確かにおられるけれど、自分の経験からすると、看板絵師はとてもおすすめはできない仕事です。もうかるような業界じゃないですしね。

G:

なんとも難しい業界ですね。

八条:

それでも、この業界を「斜陽」とは思われたくないんですよ。確かに珍しい仕事ですけど、ちゃんと依頼があって、仕事を続けています。



G:

なるほど……。八条さんが残されているこれらの作品の中で、一番お気に入りの作品はどれですか?

八条:

このジェイソン・ステイサムが描かれた看板ですね。この看板から作品を残し始めました。「ちょっと残していってみようかな」という感じで。



G:

そうなんですね!看板の色を塗る際にはどのような手順で仕上げていくのでしょうか?。

八条:

色を塗る時は、下描きの上に色をどんどん重ねて仕上げていきます。写真を見ながら色を濃くしたり薄くしたりを繰り返して、どんどん造形を完成させていきます。光源なんかも白を重ねて明るくなっているのであって、最初から色が薄いわけではないんですよ。

G:

そうなんですね。

八条:

使っている絵の具の性質で、乾いたらちょっと色が薄くなるんですよ。なのでそのことを念頭に作品を作っています。

G:

色を塗った際に目で見えている色と、最終的に完成した色が違うんですね。そこは八条さんの脳内で補正して作品を作っているんですか?

八条:

そんなカッコイイものではないけどね(笑) これまでの経験で茶色や肌色、赤などの色を作って塗っています。時には紫や紺色なども顔の色に使っています。



G:

顔に紫色を使うんですか?

八条:

眉毛などには紫や紺色を塗ったりしますね。

G:

確かに光が当たると真っ黒には見えないですからね。

八条:

近くで見たら全然違う色ですけど、遠くから見るとちょうど良くなるんですよ。



G:

自分ではそういった色を使う勇気はないですね……。八条さんが絵を描く際は写実的に描かれるんですか?

八条:

マニュアルみたいなものはないので、怖がらずにどんどん色を塗り重ねていきます。その際は写真っぽくならないように自分の中のイメージに沿って描いています。

文字部分も文字を貼り付けるのではなく手描きしているため、「バッドマン 史上最低のスーパーヒーロー」の看板を描いた際、ついつい思い込みで英語表記を「BATMAN」としてしまったという出来事もあるそうです。このときは、看板をかけ終えたところで通行人が間違いを指摘してくれたので、その場で「BADMAN」に修正することができたとのこと。



G:

それを1週間という納期で回しているんですね……。そのような技術は独自に身に付けられたんですか?

八条:

父親からの教えもありますね。描いた絵に対してアドバイスを受ける際に「そんな技術があるのか」と教わりました。色をどんどん重ねていくことで勝手に丸みが出ることなどを学びました。

G:

「八条流」の教えみたいなものがあるんですね。

八条:

父親と自分はちょっと画風が違うんですよ。父親は尊敬するくらい上手だったと思っています。もう亡くなってますけど、生きてたら「ちょっと描くのがうまくなったなあ」と褒めてくれるだろうと思います。

八条さんのお父さんが手がけたという「風と共に去りぬ」。



これも同じく八条さんのお父さんの作品。公開当時、梅田東映会館(2002年閉館)の外壁に掛けられていたものです。



G:

今回の看板は普段作られている看板に比べたらかなり小さいものだと思います。小さく描くことで難しいことなどはありますか?

八条:

ものすごく小さな顔などを描くのは大変ですが、これくらいの大きさなら難しさは感じませんね。

G:

帽子やサングラスに紫色を使われているんですね。



八条:

元の写真のサングラスが黒のベタ塗りだったので、このままではちょっと良くないなと思い、紫などの色を塗りました。

G:

そういうことなんですね。ちなみに、今回の作品は新聞広告用ということでコンパクトでしたが、「アベンジャーズ」のときにはTOHOシネマズ前に出す巨大な看板も手がけられたと聞きました。

八条:

あれは本当に大変で……ベニヤの「3×6(サブロク)」板ってあるでしょう。あれを上下に2枚くっつけたものを横につなげたんです。ふだん、絵を描くときは立てて描くんですけど、立てたら工房の中に入らへんのです。

G:

ありゃ。

八条:

上と下とバラバラで描くと、合わせたときにバランスが悪くて、「ここ変やな」と思って修正したら次々と手を入れなダメになって。つなげたものを地面に置いて上から見てみて「よし」と調整していきました。結局、ここでは全部つなげることができなかったので、全部接続したものを初めて見たんは現地でした。

G:

ぶっつけ勝負ですか。つなげてみて、どうでした?

八条:

なかなかええやん、と(笑)

G:

それはよかった、当時そのことを知らなかったのが残念です。その看板をまたいつか見られるような機会があればいいんですが……。すみません、実物に囲まれてちょっと興奮して、長々とお時間いただいてしまいました。今日は貴重なお話をありがとうございました。

八条:

こちらこそ、ありがとうございました。

八条:

ありがとうございました。



八条さんによると、まずは大まかにレイアウトを決めて、背景、文字、人物の順で描いているとのこと。これは、できるだけ顔の部分の時間を取れるように、先に他の部分を済ませてしまうため。写真は八条さんが実際に人物部分の下描きを行う方法を再現してもらったもので、全体的なバランスを見て描くために、木炭を長い棒の先につけて離れて描いているとのこと。なお、下描きは一発勝負で、この段階で修正を入れることはないそうです。



映画「エクスペンダブルズ ニューブラッド」の公開を記念して八条さんが制作した看板は、映画公開に先駆けて、なんばパークスシネマで2023年12月25日(月)から展示中。映画の公開期間中は展示されているとのことです。