日本企業が新卒一括採用にこだわるのはなぜか。脳科学者の中野信子さんは「頭を空っぽにして、指示通り体動かせる人が欲しいからだろう」という。放送プロデューサーのデーブ・スペクターさんとの対談をまとめた『ニッポンの闇』(新潮新書)より、一部を紹介する――。(第2回)
写真=EPA/時事通信フォト
2023年4月3日、東京の羽田空港整備格納庫で行われた入社式に出席する日本航空グループ(JAL)の新入社員 - 写真=EPA/時事通信フォト

■なぜ日本企業は「無能な新卒」を大量採用するのか

【デーブ】前にアメリカの労働組合の話したじゃないですか。日本は逆にプロが少ないですよね。弁護士、司法書士、行政書士、公認会計士、そういう「士業」の人たちいるけど少ない。日本人の87%が会社員っていう統計もあるくらい、サラリーマンが多い。しかも日本だけですよ、一般募集って。専門知識なくても大企業就職する。

【中野】どんなに専門性が高くても博士号でお金を多くもらえるということもないんですよね。逆にそういう専門性の高い人材はいりませんというわけです。

【デーブ】かえって邪魔だからね。

【中野】組織の運営を考えると、邪魔なんですよね。修士卒で充分だと。

【デーブ】むしろ迷惑なんです、知り過ぎてしまって。

【中野】何なら、オレたち上の立場を危うくする危ないやつって思ってるフシがある。大学でも文系って教授たちに博士号を持ってる人が少ないので、扱いに困るから学生にぜんぜん博士号を与えなかったという噂もあったくらいなんですよ。

アカデミックですらそうなので、企業だって同じですよね。オレたちが持ってない博士号持ってるやつなんか迷惑くらいに思ってるのかもしれない。

■日本人の処女信仰

【デーブ】日本の企業って必要もなく人を雇うじゃないですか。新卒、必要ないじゃない。なにも能力ないんだから。アメリカは新卒雇わないし、いらないよ新卒なんて。でも日本は毎年、武道館とかでずらーっと新入社員並べて入社式とかやってね。コロナでだいぶなくなったけど、あれっていつまでやれるのかなって思う。

【中野】そう、だから真っ新な新卒というのが欲しいんですよ。プロは「余計なこと」をするかもしれない。頭を空っぽにして、指示通り体動かせる人が欲しい。部品が欲しいってことなんじゃないですか。

【デーブ】そうだね、粘土細工みたいなね。そうそう。

【中野】ちょっとあれ、処女信仰に近いですよね。ほかの男のお手つきはいりませんみたいな。

【デーブ】芸能界、エンターテインメントも日本はそうですよね。素人文化。海外だとほとんどないでしょ。悪い意味ばっかりじゃないんですけど、素人が好きなんですよね。下手とかそういう意味というよりは……。

【中野】初々しさ?

【デーブ】初々しさ、あるいは未熟。最初のうちはド素人でも、いつの間にか上手になっていくプロセスを楽しむ。ジャニーズでもおニャン子でもAKBでもそうだし、地下アイドルだってそうじゃないですか。松田聖子なんて洗練された大物歌手になったし、日本人は成長していくのを見てるのが好きなんですよ。

【中野】アメリカは違う感じですもんね。

【デーブ】アメリカはプロフェッショナルじゃない人をあんまり好まない。どこかで経験積んできてくれっていう。3大ネットワークで「新人アナウンサー」なんて1人もいないもん。

【中野】どこか地方の局で修業してから。

【デーブ】そうそうそう。エンタメ界にも新卒文化がない。

■上から下までプロがいない

【中野】そういう処女信仰みたいなね、若くて何も知らない子を俺が育ててやった! みたいなことがエンタメとして成立するというのは、日本独特なんですかね。

【デーブ】普通そこまでニーズないんですよ。アイドルはいますよ? いろんな国に。でも日本は世界一じゃないかな。

【中野】日本の場合、歌舞伎からそういう感じだったのかもしれないですよね。幼い頃から舞台に立って、成長するに従って大きな名前を襲名していって。

【デーブ】話を戻せば、それで2〜3年とかその部署にいて異動、役人もそうですよね。浅く広くいろんなことを学ぶんだけど専門家、プロにはならない。ひとつには汚職を防ぐためでもあるんですよね。長くいると取引先や業者となあなあになっちゃうから。その防止の意味でもあるんでしょうけど。

【中野】テレビ局でも突然そういうことありますよね。

【デーブ】制作現場にいたこの人がいきなり営業に行ってどうするんだよ? とか思うよね。馬鹿じゃないのかなと思うけど、接待来てくれたら盛り上がるとか思ってるのかな。

【中野】まあ日本の場合、経営陣もいわゆる経営のプロというわけじゃないから。下から上がっていって経営陣に入るから、えらくなる人はいろんな部署見させられるみたいなところはあるみたいですけどね。

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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/vm

■従業員の教育にお金をかけない日本企業

【デーブ】だから日本はプロ育てないの? 一般企業は。

【中野】プロ育てない、プロいらないの。私、統計見たな、日本の企業が従業員の教育にかけるお金の割合というのが、先進諸国で最低だったんですよね。厚生労働省が2018年に出した「労働経済の分析」っていう白書か。日本って突出して低いんですよ。

【デーブ】だろうね、そういう印象。

【中野】アメリカの20分の1、ヨーロッパの10分の1。プロ作らない制度だから、やっぱり従業員にお金使わない。

【デーブ】そんなに。

【中野】それで慌ててかわからないけど、岸田内閣になって去年か、「未来人材ビジョン」と銘打って「企業も社員教育に力を入れましょう」とか言い出したんですよね。

それっておそらくデンマークとかイギリスとかが「社員教育に力を入れなさい」ってやって成功したからなんでしょうけど、デーブさん仰ってたみたいに、日本と欧米の働き方って違うじゃないですか。向こうは雇用の仕方が「サラリーマン」みたいなふわっとした形じゃない。

■行き過ぎた成果主義の果て

【デーブ】日本のサラリーマンってよくみんな茶化したりするけど、ある意味では自慢してもいい文化ですよ。だってアバウトで、あれひとつの文化じゃないですか。ほかの国ないですよ、アジアにはあるかもしれないけど。

【中野】でも若い人だと転職も増えてるし、特に人事や経理は専門性が高いからか転職も多いですよね。日本式の終身雇用続けるのか、欧米みたいに流動的になっていくのか、その過渡期ですよね。

【デーブ】成果主義とかになっていくんですかね。非常に冷たい雇用現場になりそう。

【中野】なりそうだけど、でもこの成果主義って、けっこうトリッキーなところがあるなと思ってて、成果ってそんなに測れます?

【デーブ】売上とかだけですよね。

【中野】うん、測れないですよね。成果を測るのって難しいので、その代わりに使われるのはレピュテーションなんですよね。

【デーブ】そうだね、評価っていうか、評判。

【中野】そう、となるとけっきょく、やっぱり接待がうまいやつとか、人間関係を作るのがうまいやつということになるかなって思うんですよね。

学歴が否定された結果、そっちがメインになってくる、取引先の誰それと親戚とか。成果主義、実力主義と言われるけど、アメリカだってもう、ネームドロッピング、ネットワーキング王国じゃないですか?

■日本人は「所属」が大事

【デーブ】だったら大学で勉強するよりもカラオケのレッスンプロ雇って、玉置浩二とか歌えるようにしたほうがいいですよ。

【中野】今冗談で言ってると思いますけど、でも本当にそういうことだと思う。

【デーブ】そうすると、あの人呼べば盛り上がるぞって人が評価されるの。現金じゃんけんできるやつとか。あと仕切れるやつね、忘年会とか。

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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/loveshiba

【中野】私がもし社交性があったら、そういうとこでまず経理と仲良くなる。

【デーブ】僕だったら人事課。みんなの秘密知ってるから。人事課出世するってよく言われるよね。

【中野】人事と経理。その辺と仲良くなる。でもよくそこまで知ってますね、日本の会社。

【デーブ】面白いじゃないですか、サラリーマン。

【中野】すごいなと思って。ほんとに何か特殊工作員かもと思う。

【デーブ】何かの部品作ってるとか、一般に知られてないものすごく地味な会社でも、大手や有名な会社と並んでもプライドは変わらないじゃないですか、サラリーマン。

スーツの襟に社章? してるじゃないですか、会社のマークの。名刺とかも派手じゃないけども、出す時のあのなんというかな、誇らしさ、これ素晴らしいと思う。

【中野】所属しているということがなんだか日本ではすごく大事ですよね。

【デーブ】そうそう、所属好きなんですよね。どこか所属してないとダメ。だからテレビのADだって所属してるじゃない、制作会社。そんなの日本だけですよ。

■企業が社会のセーフティネットになっていた

【中野】本当ですよね。日本だとプロフェッショナルとして個人で仕事してるわけじゃないから、どこか所属しないとやっていけない。

【デーブ】そうなんですそうなんです。すべての分野がそうじゃないですか。

【中野】何かちょっと「家」感があるんですよ、会社に。血縁関係はないんだけど、ゲマインシャフト的共同体感と言えばいいのかな。あるいは昔の大名家みたいな。伊達家中の者でござると名乗れるとうれしいみたいな。

【デーブ】よく日本の企業は父親的だって言いますよね。つまり慰安旅行したりとか、結婚する時とか身内が亡くなった時にお金くれたりするじゃないですか。

中野信子、デーブ・スペクター『ニッポンの闇』(新潮新書)

【中野】ご祝儀とかね、お香典とか、お花出してくれたりとか。

【デーブ】そうそう、それと通勤定期くれるとか。会社にどうやって来ようと知ったことじゃないのに。

【中野】企業のそういう部分が社会のセーフティネットみたいに働いてきていたところがあって、そこを基準にしてるからみんな悪さもできないし、そこがコンプライアンス以前の倫理を支えるものになってたところはあると思うんですよね。

【デーブ】もう見事にコンプライアンスですよね。

【中野】そこがだんだんなくなってきた感は確かにあります。

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デーブ・スペクター放送プロデューサー
アメリカ・シカゴ出身。TVプロデューサー、タレント。世界の番組や情報等を日本に紹介、情報番組を中心にコメンテーターとして活躍。
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中野 信子(なかの・のぶこ)
脳科学者、医学博士、認知科学者
東日本国際大学特任教授。京都芸術大学客員教授。1975年、東京都生まれ。東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。2008年から10年まで、フランス国立研究所ニューロスピン(高磁場MRI研究センター)に勤務。著書に『サイコパス』『不倫』、ヤマザキマリとの共著『パンデミックの文明論』(すべて文春新書)、『ペルソナ』、熊澤弘との共著『脳から見るミュージアム』(ともに講談社現代新書)、『脳の闇』(新潮新書)などがある。
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(放送プロデューサー デーブ・スペクター、脳科学者、医学博士、認知科学者 中野 信子)