フォロワー数70万人超のTikTokで大バズリ。代名詞の「検証します!」ポーズで(撮影:梅谷秀司)

「目を開けたままクシャミをすると目玉が飛び出るらしい」。身近な疑問を実践する「検証します!」の動画で一躍有力インフルエンサーとなった八木沙季(やぎ さき)は、キャリア14年目を数える苦労人アイドルだ。

過去には、吉本興業のつぼみ故郷・姫路のローカルアイドルグループであるKRD8アップフロント関西のLovelysを渡り歩き、グループ解散を機にソロへ転向30歳の誕生日を控えた同時期に、長くを過ごした関西に別れを告げて「売れたい」との一心で上京を決断した。

TikTokで70万人超のフォロワーを獲得してもなお、アイドルとして貪欲に「売れたい」と願い続ける。覚悟と野望を内に秘めた八木沙季のアイドル遍歴、本音に迫った。

20代のうちに東京へ上京したかった

2023年3月。八木沙季は、アイドルユニット・Lovelysの一員として約9年間を過ごしたアップフロント関西を退社。

4月には、都内が拠点の芸能事務所であるYU-M エンターテインメントへ移籍し、故郷の兵庫県姫路市から上京した。

誕生日の5月31日には、30歳を迎えた。その直前になぜ、彼女は新天地へ向かおうと決断したのか。

「いずれは『東京で芸能活動がしたい』と思っていたんです。ユニット時代にも上京する話はあったんですけど、地元でのレギュラー番組もあったし、当時の環境では難しい現実もあって。20代のうちに東京に出たい思いも強かったんですけど、29歳で(Lovelysの)解散が決まり、『東京に出るなら今しかない!』と思った勢いで、即決しました」

アイドルとしてのキャリアは14年目。経験豊富ながらも「売れたい」と切実に本音を明かす「検証アイドル」八木沙季の過去・現在・未来をひもとく。

西日本から東京へ。Lovelys以前には、吉本興業の多人数アイドルグループ・つぼみ(現・つぼみ大革命)、故郷のローカルアイドルグループ・KRD8も渡り歩いた過去を持つ。

上京まで約14年、多くを過ごした西日本では、東京との格差も感じていた。

東京はライブ本数が多いし、何事もスピード感がありますね。新曲が出ればリリースイベントがあり、ライブがあり……と、テンポのよいイメージがあって。お仕事、人の数も違うと思います。関西の対バン(複数のアイドルが共演するイベント)では、いつもお見かけするファンの方が多く、東京のイベントはアウェーで『どれほどお客さんの心をつかめるか』の勝負でした」

関西から「一番に飛び出してやる!」

Lovelys時代は、同系列の芸能事務所にいたハロー!プロジェクト(以下、ハロプロ)の大阪公演にも帯同。

オープニングアクトを務めた現地ではCDを手売りし、大阪にあるハロプロのオフィシャルショップでのビラ配りも経験した。


上京前にあった数々の苦労は、今なお鮮明な記憶として残る(撮影:梅谷秀司)

新規ファン獲得の努力を重ねる日々では、胸の内で上京への思いをフツフツとたぎらせていた。

「関西では共演するグループ同士も『みんなで肩を組む仲間』の雰囲気でした。それも好きでしたけど、自分がとがっていたのか『仲良しこよしで終わりたくない』とも思って。関西から東京へ『一番に飛び出してやる!』と、ひっそりと意気込んでいました

今やソロの「検証アイドル」としても、広く支持を集める。

人生のほぼ半分相当の年数を過ごしてきたアイドルを目指したワケとは。その原点は、小学生時代にあった。

憧れは、モーニング娘。さんでした。でも、アイドルではなくふんわりと『芸能人になりたい』と思っていて、その頃見た『天才てれびくんMAX』(NHK Eテレ)に影響を受けたんです。番組で同世代の子たちを見て『同世代でもテレビに出れるんや。じゃあ、私もできるかな?』と思って、芸能事務所のオーディションを受けはじめました」

吉本時代は高校とNSCの「Wスクール」

中学時代までは複数の事務所を転々として、レッスン生、撮影モデルなどを経験。

高校受験で芸能活動を一時ストップしたが、高校1年生で再開したオーディション応募が転機に。2010年4月、高校2年生で吉本興業によるガールズユニット・つぼみの結成メンバーとなった。


アイドル活動14年目ながら「辞めようと思ったことは一度もない」と明言(撮影:梅谷秀司)

加入後1年間は高校とのWスクールで、NSC(吉本総合芸能学院)の女性タレントコースにも通った。

「放課後はお母さんが運転する姫路駅までの車の中で着替えて、ご飯を食べて、電車内で宿題をして。NSCが終わったら、夜遅く電車で帰り、翌日の準備をして眠るみたいな。大変で『休みたい』と思う日もあったんですけど、『絶対に売れてやる!』と意気込む同期に遅れを取りたくなかったし、必死でした」

つぼみのメンバーとして4年間、吉本興業に所属。

当時のマネジャーに相談して、地元の姫路に誕生したローカルアイドルグループ・KRD8も兼任した。

ハロプロ楽曲を披露し「これや!」と直感

2014年春、20歳で再びの転機が訪れる。

「アイドル一本で頑張りたい」との思いで吉本興業を退社する前、つぼみ時代に参加したイベントが八木沙季の人生を動かした。

「ハロプロ好きのアイドルが集まる『Hello!Project TRIBUTE LIVE』で、スマイレージさんの『スキちゃん』を踊ったんです。『私がやりたいのはこれや!』と直感して。『理想のアイドルになりたい』と思って、つぼみの卒業を決めました

その後、直感に身を任せるまま受けたアップフロント関西のオーディションに合格。20代の約9年間を捧げた、Lovelysの追加メンバーとして加入した。


当時、憧れのハロプロメンバーを「超えていかなければ」と覚悟も(撮影:梅谷秀司)

当初は4人であったが、23歳であった2016年9月からは、今も「相方」と慕う宮崎梨緒との2人での活動がスタート。

「夢のような出来事ばかりで楽しかった」と振り返る活動には、苦労もあった。

活動はほぼ、自己プロデュースでした。グッズ用の生写真撮影も自分たちでロケ地を探して、自腹で買った一眼レフを三脚に設置してタイマー撮影していたんです。ほかのグッズのデザインも自分たちで、ロット数が少なくても作ってくれる業者さんを探すところから(苦笑)。ライブの練習に集中したいけど、それ以外の作業が多すぎて本番3日前から、ギリギリでレッスンを詰め込むときもありました

Lovelys時代、26歳であった2020年5月に代名詞の「検証します」動画をTikTokにアップ。

コロナ禍でライブもできず、ファンに会えない状況下で「何も進んでいない」とした焦りと悔しさが、八木沙季を突き動かした。

「検証」動画でフォロワー数70万人に

最初にアップしたのは「目を開けたままクシャミをすると目玉が飛び出るらしい」という検証動画。

視聴者に問いかけ、コミカルに検証する動画のフォーマットは今も変わらずだ。

@yagi_shaki 目を開けたままクシャミをすると目玉が飛び出るか検証みんなもやってみて#くしゃみ #検証 #おすすめ #おすすめにのりたい ♬ オリジナル楽曲 - 八木沙季

活動がままならない環境ではYouTubeでも同様の動画をアップしていたが、7〜8分尺の動画を頑張って編集しても再生数はせいぜい1000回程度。しかし、TikTokでアップしたところ、再生数はたちまち60万回を超えて「これや!」と直感し、今も更新を続けている。


日々、TikTokを研究。「オチ」まで気になる動画を作るのがコツだという(撮影:梅谷秀司)

「当時のTikTokでは、曲に合わせたダンス動画が主流だったので『YouTubeっぽい動画をTikTokでやってみよう』と思ったんです。

最初にアップした翌日には、フォロワー数も再生数も、いいね数も見たことない数字になって

いつかはネタ切れするかなとも思いましたけど、検証しはじめたらアレもコレも気になって、コメント欄でもネタが集まり、今も200個ぐらいのネタが溜まっています

周囲の反応も変わり、コロナ禍が落ち着いてからは街中で声をかけられるようにもなった

TikTokのフォロワー数は今や70万人を超えて、時の人として「TikTok Creator Awards Japan2023」の「Review Creator of the Year」にもノミネート

順風満帆に見えるが、それでもなお貪欲に「売れたい」と口にする

30歳目前で上京し、アイドルとしては自身3社目の芸能事務所で活動を続けている。

タワマン暮らしでタクシー生活の野望も

環境の変化を受けて「仕事の幅が広がった」と実感。しかし、西日本からの上京によって「理想との壁」にもぶち当たっている。

「関西時代も『テレビ出演したい』と思っていたけど、ただの夢で『売れたい』と理想を語っていただけだったなって。夢見ていた世界が目の前まで来た上京後は、夢見ているだけではダメだと考えも変わりました」


肩に乗る幼稚園時代からの相棒「うぱぎ」と。上京後の人生は「第3章」と意気込む(撮影:梅谷秀司)

そして、30歳での上京を当初は不安がっていた両親も八木沙季の活動を後押し。故郷の姫路から、娘の活躍を温かく見守っている。

上京を伝えたとき、両親は『どうにかなっちゃいそうやわ……』と言ってました。お父さんは、職場に飾ってあった私のアクリルスタンドキーホールダーを見るのがつらくなってしまい、実家に持ち帰ってしまい込むほど心配して……(笑)。でも、上京後に両親そろって東京の自宅に遊びに来てくれて『キレイにしてるやんか』と言ってくれて、安心したのかなと思います」

青春時代をアイドルに捧げてきた反動もあり、30代は「プライベートも充実させたい」と吐露。

軸にあるのは「歌って踊るのが好き」な気持ちで、将来は「おばあちゃんになっても芸能活動がしたい」と意気込む

目標は「上半期女性タレントの出演数ランキング」で上位へ入ること、日常では「コンシェルジュのいるタワマン暮らしで、タクシー生活」を夢とするのも潔い。

覚悟を持って、いつまでもアイドルとしてステージに立ち続けたい……。

「検証アイドル」八木沙季はなおも笑顔で、人生を進み続ける。

(カネコ シュウヘイ : 編集者・ライター)