オーストリア連邦鉄道の新型「ナイトジェット」。機関車牽引列車だが客車にも運転台を備え、将来的には推進運転も行う予定(撮影:橋爪智之)

2023年12月10日、オーストリア連邦鉄道(ÖBB)の夜行列車「ナイトジェット」の新型客車が運行を開始した。2016年12月、廃止されるドイツの「シティナイトライン」の路線を引き継ぎ、ナイトジェットのブランドで運行を開始してから7年の月日が経過したが、実は現在に至るまで、新車の導入はこれが初めてだ。

目玉は「1人用個室簡易寝台」

新型客車は、既存のオーストリア連邦鉄道の特急列車「レイルジェット」で使用されているヴィアッジョ(Viaggio)プラットフォームとは別物の、一部に低床構造を用いた完全な新型プラットフォームを採用した。最高速度は時速230kmで、従来の客車から30kmの速度向上を果たし、車内の静寂性やWi-Fiの搭載など、サービス面の向上にも重点を置いている。


まるでカプセルホテルのようなミニキャビン(撮影:橋爪智之)

客室についても一新され、普通寝台は全個室に専用シャワー・トイレを設置し、居住性は大幅に向上した。グループ向けに従来の簡易寝台車(クシェット)も残されたが、この新型車両最大の目玉は、クシェットに代わる「ミニキャビン」と呼ばれる1人用個室寝台だ。

扱いとしてはクシェットと同等になっているが、寝台が金属製のシャッターによって完全に隔離され、カプセルホテルのようなプライベート空間を確保しているのが特徴となっている。シャッターはカードキーによってロックされ、トイレを利用する場合にも盗難の心配がなくなるなど、セキュリティ面が大幅に向上している。

座席車は、オープンスタイルの客車でスペースは少々狭いが、足元にはフットレストが設けられ、座席背面のテーブルは今どきの利用実態に合わせ、上下2段で使用できるなど、若年層の利用を考慮した細かい工夫が凝らされている。


ミニキャビン室内。意外と広く隠れ家的で快適だ(撮影:橋爪智之)


枕部分に読書灯も搭載された座席車(撮影:橋爪智之)

従来車置き換えを急ぐ背景

ナイトジェットが誕生した当時、車両はオーストリア連邦鉄道が自社で保有していた既存の車両だけでは不足するため、旧シティナイトラインで使用していた車両のうち、比較的車齢の若い車両を譲り受けた。

ダイヤ改正前日までドイツ国内で使用していた車両を一斉にオーストリアへ移動させるため、ダイヤ改正前後はウィーン方面へ向かう通常の旅客列車の最後尾に、ドイツの寝台車が回送で連結されていく姿を何度も見かけた。改正後も、すべての車両の塗装変更は間に合わず、ドイツ鉄道の赤と白の車体のまま営業を行い、中には会社名がドイツ鉄道(DB)と表記されたままの車両まであった。

手探り状態の中、オーストリアのみならず周辺国でも営業を開始したナイトジェットは、高品質なサービスに加え、折からの環境問題を追い風に順調に業績を伸ばし、路線網は年々拡大していった。路線網が広がるにつれて運用する車両数も増え、車両は不足気味となっており、最近では民間企業が保有する寝台車をリースして使用するケースも見られた。

また、自社で保有する車両の多くは経年30〜40年、一番新しい車両でもドイツから譲り受けた寝台車が約20年という状況で、車両の老朽化、内装の陳腐化が進行しており、現代水準へ合わせるべく更新工事が必要な時期となっていた。


ドイツ鉄道の塗装のまま営業に就くナイトジェットの客車(撮影:橋爪智之)

オーストリア連邦鉄道にとって、さらに大きな問題となったのが、イタリアでまもなく施行される予定の「新防火基準」だ。イタリアでは、車両火災発生の際に迅速な消火が行えるよう、最新の火災探知装置およびスプリンクラーの搭載が義務付けられることになった。

イタリアに乗り入れる他国の車両についても対策が必要となったが、現在ナイトジェットに使用されている車両すべてに改造を施すことは、車両の経年を考えても得策とは言えない。一番手っ取り早い方法は、最新の防火基準に対応した新型車両を製造し、従来型車両を置き換えることだ。

新車は7両編成33本を導入へ

こうした流れもあって、オーストリア鉄道は早い段階で新型車両の導入を計画、2018年にドイツのシーメンスと7両編成13本の新型寝台客車製造に関する契約を結んだ。

契約については、昼行の優等列車レイルジェットの新型車両も含み、最大で700両、15億ユーロ(約2347億円)規模の大型契約となった。ただし、ナイトジェットは7両編成13本で91両、レイルジェットは9両編成8本で72両、合計で163両となり、契約した金額を考慮してもオプションで追加発注されることを示唆するものだった。


ウィーン中央駅に停車中の新型ナイトジェット(撮影:橋爪智之)

2021年には、7両編成20本の追加発注が行われ、新型夜行用客車は合計で7両編成33本に増加、これらは2025年末までに納入を完了する予定となっている。

前述の通り、既存車両の老朽化や、イタリアの防火基準対応という目的はあったが、置き換えられた既存車両については、路線網の拡大によって車両が不足しているため、当面は廃車にせず、他の路線へ転用して引き続き使用する。新型車両の導入によって、車両数に余裕が出たことから、今後は従来型客車の更新工事にも着手することが予想される。


新型ナイトジェットの車内に設置されたスプリンクラー(撮影:橋爪智之)

新型客車はテスト走行も予定通り終わり、当初の計画通り2023年12月の冬ダイヤ改正から営業運転に投入されることになった。ただし最初に投入された路線は、防火対策が急がれたイタリア方面ではなく、利用者数が多く何十年も前から営業を続けている老舗路線のウィーン/インスブルック―ハンブルク間だった。


ハンブルク中央駅に到着した新型ナイトジェット(撮影:橋爪智之)

初日はトラブルで3時間遅れ

隣国で、車体の規格なども近いドイツ方面へ先に導入することで、何か問題が発生した際の対応がしやすいことが理由の一つと考えられ、実際に営業初日となった12月10日のハンブルク行き一番列車は、途中でドア故障のような細かいトラブルがいくつか発生し、最後には牽引していた機関車まで故障して、終着のハンブルクに3時間遅れで到着するハプニングがあった。


部屋にテーブルが設置された普通寝台の個室。朝食は室内で(撮影:橋爪智之)

日本的感覚では、営業初日までに万全の対策を採って、トラブルを発生させないように努めるものだが、ヨーロッパでは「新車に初期不具合は起こるもの」という考えでもあるのか、と疑いたくなるほど、よくトラブルが発生する。

このように、営業開始直後は少々問題があったものの、車内の各設備は機能的にまとめられるなど、車両そのものの完成度は非常に高く、快適な夜の旅を約束してくれることだろう。新型車両はオーストリア、ドイツ、スイス、イタリアで認可を取得しており、編成数の増加とともに、順次これらの国で営業路線網を拡大していく予定だ。


「鉄道最前線」の記事はツイッターでも配信中!最新情報から最近の話題に関連した記事まで紹介します。フォローはこちらから

(橋爪 智之 : 欧州鉄道フォトライター)