「オンライン」に決定的に欠けているものとは? 実業家の孫泰蔵氏(左)と戦略デザイナーの佐宗邦威氏の対談をお届けします(写真左:Toshimitsu Takahashi、写真右:柏谷匠)

「オンライン」で自在に人と出会う時代に、本当の価値ある人間関係とは何か? AI時代に最先端で活躍する人が「一期一会」を大切にしているのはなぜか。『じぶん時間を生きる』の佐宗邦威氏と『冒険の書』の孫泰蔵氏が未来について語る対談の後編。

この記事の前編孫泰蔵「将来のため勉強せよと教えるのは問題」

「オンライン」に決定的に欠けているもの

佐宗:前編では豊かな才能が集まるためには「オープンソース的」な環境設計が必要だと伺いました。ちなみに、そういった現象はオンラインでつながる場合でも起きると思いますか? 移動が制限されたコロナ禍で普及した「オンラインでつながるコミュニケーション」でも同等の環境デザインは可能なのか。

:正直、難しいと思います。メタバースなどの技術がよほどリアルに近い感覚にまで進化すれば可能になるかもしれませんが、やはり人と人の心の結びつきは、物理的に対面してバイブスを感じることでしか生まれないと僕は思います。リアルで受け取れる情報量ってものすごいものがあります。

佐宗:それを聞いて少し安心しました。というのも、僕は軽井沢に移住して以降、もともとつながりのあった方々とはオンラインでつながって効率的に仕事を進められるようになった一方で、近隣で暮らす地域の人たちとゆっくり関わりながら新しいチャレンジに参加する場面も増えてきたんですね。

そのどちらをより楽しんでいるかというと後者で、実は今回の『じぶん時間を生きる』も地域で出版社を立ち上げた編集者との“ご近所づき合い”から発展したものなんです。うまく言えないのですが、既存のクライアントとオンラインで進める仕事はどこか予測可能なプロジェクトを回している感覚があるのと比較して、地域密着型リアルで始まる仕事は「どうなるか分からないけれど、楽しくやっていこうぜ」という“今ここ”を起点とした創造性を味わえるんですよね。

:(アメリカの社会学者の)タルコット・パーソンズがいうところの「コンサマトリーな時間」を味わっているのですね。つまり、即時充足性を満たす時間。「今ここ」を別の目的のための手段と位置づける「インストゥルメンタル(道具的)な時間」とは対極にあるもの。情報ネットワークが進むほど、コンサマトリーな時間の価値が高まるのではないかと僕も予測しています。

佐宗:僕もそんな気がしています。

すべての出会いは「一期一会」である

:戦国時代の茶の湯文化で生まれた「一期一会」の概念も、きっと近いと思うんです。当時、なぜこの言葉が流行ったのかと想像を逞しくしてみると、ネットどころか交通のインフラもなく、合戦が頻発する世の中ですから、リアルに会える機会ってめちゃめちゃ少なかったはずです。

兄弟の盃を交わした武将同士も「もう二度と会えないかもしれないな」とお互いに思いながら、顔を合わせていたことでしょう。では、もしも今のこの時間、「佐宗さんとはもう二度と会えないかもしれないだろう」と分かっていたら、僕は何を話すだろうかと考えるわけです。きっと言葉を多く交わすよりも、極上の酒や茶を共に酌み交わしながら「まあ飲め」「うまいな」と、今ここの奇跡を味わい尽くすんじゃないかと思います。一瞬でありながら永遠の、コンサマトリーな時間を少しでも感じたいと思うはずです。

佐宗:コンサマトリーは、僕も重要なキーワードだととらえています。『じぶん時間を生きる』の中でも、じぶん時間を生きるための中心的な考え方として、くわしく考察しました。未来の何かの目的のための「今」を費やすのではなく、「今のこの瞬間から未知の何かが生まれるかもしれない」と意識を向けるのでは、まったく人生を楽しめる質感が違うことを、僕自身も発見しているところです。泰蔵さんも、この概念をより大事にしていきたいと考えているんですか。

:はい。志を同じくする人と出会えることこそが人生の醍醐味です。そのために生きていると言っても過言ではない。そして、僕の同志はエストニアやリトアニア、ウクライナやベトナムと世界中に散らばっていて、会いに行くのは大変なんですけれど、それでもやっぱり会いに行こうとするんですね。

佐宗:同志と呼ぶ方々と会ったときには、どんなコミュニケーションをしますか?

:相手を驚かせたいなと、近況を伝え合うんです。「元気だった? こっちは最近こんなことやっててさ」「マジ? すっげーなぁ! 実はこっちもさ……」「えー!」というような。ちなみに、こうした驚きの交換ができる同志は現代だけでなく、過去の時代にもたくさんいます。本の中に生きる人たちです。

「最近、『教育ってなんでこうなったん?』ってモヤモヤしてるんだけどさ」と古い本をめくると、何百年も前に同じことを考えた人がいて、答えが見つかったりする。もう感動ですよ。「やっぱりな! オレもそうじゃないかと思っていたんだけど、こういう場合はどうなん?」と疑問を残してさらに読み進めると、また答えが見つかる。時空を超えた脳内対話が延々と続くんです。そのやりとりを再現したのが『冒険の書』でもあるのですが。

佐宗:腹落ちしました。あの本を読んだときに味わえるグルーブ感はそれだったんですね。

:伝わりましたか? コロナ禍ではステイホームで人とはほぼリアルに会えなかったですが、本を通じてコメニウスやルソーや荘子と脳内対話をしていたので、僕の感覚としては「出会いまくっていた」期間でした。

佐宗:泰蔵さんがそういう探究の楽しさに目覚めたきっかけを知りたくなりました。

深く沈むからこそ高くジャンプできる

:僕の場合はたまたま大学生のときに、スタンフォードの大学院生だったジェリー・ヤンという男に出会ったことがきっかけでしたね。彼は後にヤフーの創業者として有名になる人物です。一方で当時の僕はというと、大学を出た後に進みたいと思える道が見つからず闇の中にいたんです。

佐宗:泰蔵さんにもそんな時期があったんですね。ちょっとそれをお伺いしてホッとします。


:超氷河期といわれた時代の就職難も相まって、一つも内定が取れず、もう留年するかと思っていたときに彼に出会ったんです。聞けば、「サーチエンジン」とやらを研究していて、試しに作ってみたプロトタイプが広がり始めたのだと。当時は「サーチエンジン」という概念さえなかったので説明が難しかったそうですが、彼は「未来のニュートンの前でリンゴを落とすような装置だ」と説明していたんです。つまり、ニュートンが目の前でリンゴが落ちる現象を見たから万有引力の法則を閃いたように、膨大な事象の中から出会うべき事象だけを引っ張り出すことが、人類に無数のチャンスを与えるのだと。

面白いなと思って「日本語版は作らないの?」と聞いたら、「作りたいから、やってくれない?」と丸投げされたのが、僕にとっての始まり。でも英語版のヤフーのアーキテクチャーはそのまま転用できる状態ではなくて、ほぼゼロから作ることになったんですけどね。簡単ではなかったですが、「当社を志望する動機は?」という質問に対する正解を考えるよりもはるかに面白かったし、自分のやりたいこと、できることが広がっていく感覚があった。この体験が原点になっていますね。

佐宗:すごいストーリーですね。そして、その出会いが巡ってくるまでの泰蔵さんはモヤモヤを抱える暗い時期を過ごしていたというところが、多くの人にとって救いになりそうです。一度深く沈んだからこそ、高くジャンプできたのかもしれませんね。

:おっしゃるとおりで、今のエピソードを取材で話すと、たいてい「ヤフーとの出会いが人生を変えた」という見出しをつけられちゃうのですが、本当はその手前の2年くらいの悶々期が、僕の中でエネルギーをためる準備期だったのだと思います。

ご存じのとおり、僕の兄は孫正義で、九州男児の父からはいろんなプレッシャーを受けてきて、僕なりに鬱屈とした思いを抱えていました。探究して出会った古代の教育改革者たちの人生を紐解いても、筆舌に尽くし難い悲劇的な経験をしている人は少なくないんです。だからこそ「こんなこと起きてたまるか!」と爆発するエネルギーが生まれて、時代を塗り替えていく。その繰り返しで人類はここまで進んできたんじゃないかと思います。

教育においても、答えをすぐに与えずに、興味のピークが最高潮になったところで「答えは教えない」と去っていくほうが、モヤモヤが最高潮になっていい。きっとそこから、自分で調べたり、何か作ってみたりする人が現れるでしょう。僕は学生向けの講演ではいつもそうしています。

「勉強するのは何のため?」ループから脱出せよ

佐宗:非常に納得できます。答えを鵜呑みにすることに慣れてしまうと、時代が間違った方向に進んだときにも気づきにくくなってしまいますからね。


:まさにそこが核心です。

佐宗:泰蔵さんが「現行の学校教育に興味がない」と言った理由がさらに理解できた気がします。

:「勉強するのは何のため?」「いい学校に入るため」「じゃ、いい学校に入るのは何のため?」「いい会社に入るため」「いい会社に入るのは何のため?「いい老後を迎えるため」と、永遠のループに入っていくのは不毛です。ずっと不安にむしばまれて生きないといけないですから。

佐宗:たしかに、常に満たされない状態が続きますよね。

:社会に出るための準備なんてクソくらえだ!と言いたいですね。

(構成:宮本 恵理子)

*この記事の前編:孫泰蔵「将来のため勉強せよと教えるのは問題」

(孫 泰蔵 : Mistletoe Founder)
(佐宗 邦威 : 多摩美術大学特任准教授、戦略デザインファーム「BIOTOPE」代表)