人類の祖先についての洞察から月での新発見、AIの躍進などイギリスの大手紙・The Guardianが10人の科学者に聞いた2023年のトップニュースをまとめました。

The 10 biggest science stories of 2023 - chosen by scientists | Science | The Guardian

https://www.theguardian.com/science/2023/dec/23/the-10-biggest-science-stories-of-2023-chosen-by-scientists

◆01:インドの月着陸船が月の裏側に到達

大国が次々とロケットを飛ばしては墜落させていた傍らで、インドのチャンドラヤーン3号は2023年8月に、これまで誰も成し遂げたことがなかった月の南極への着陸を成功させました。

月面着陸にインドのチャンドラヤーン3号が成功、月の南極に降り立ったのは世界初 - GIGAZINE



イギリス・カーディフ大学の天体物理学者であるヘイリー・ゴメス氏によると、チャンドラヤーン3号の特筆すべき点は他にもあるとのこと。それは、7500万ドル(約106億円)という月探査計画としては破格の低予算で月面着陸を達成したことです。

着陸から2週間後、チャンドラヤーン3号はスリープモードに入り、それから目覚めることはありませんでしたが、月面での硫黄の検出や月の土壌が優れた断熱材となることを確かめるなど、与えられたミッションを忠実に遂行しました。

◆02:SFのようなAIの出現

ある瞬間が技術的な転換点だったとわかるのは往々にして後世になってからですが、2023年はAIで世界が変わったと自信を持って言える希少な年だと、オックスフォード大学の計算機科学者のマイケル・ウールドリッジ氏は指摘します。



2022年末にリリースされたChatGPTは2023年に爆発的に流行し、その高い精度と幅広い知識でユーザーを魅了しました。ChatGPTの成功はまた、IT業界を牛耳っていた大企業が数百人の規模の企業に足元をすくわれたことを意味しており、このことはChatGPTが火を付けた生成AI市場での競争を一層激しいものにしています。

ウールドリッジ氏は、ChatGPTがこれほどまでの飛躍を遂げた理由は、ブラウザさえあれば誰でも地上で最も洗練されたAIと会話できるアクセス性だと考えています。

ウールドリッジ氏はChatGPTについて「映画に出てきても違和感がないし、SFドラマ『スタートレック』のコンピューターよりもずっと洗練されています。私たちは、長い間それと知らない間にAIを使ってきましたが、ついにAIらしいAIが登場しました。これは本当に大きな何かの始まりです」と話しました。

◆03:高度な数学をする少女たちの登場

2023年3月に、アメリカ・ニューオーリンズに住む10代のネ・キヤ・ジャクソンさん(左)とカルシア・ジョンソンさん(右)が、アメリカ数学協会の大会で、三角法を使ったピタゴラスの定理の新しい数学的証明を発表しました。



1940年に著された「ピタゴラスの命題」で数学者のエリシャ・ルーミスは、「三角法による証明は不可能」と説いています。しかし、ジャクソンさんたちは、正弦の法則と無限の幾何級数を使った「ワッフルコーン証明」という独創的な証明を編み出して数学者たちを驚かせました。

イギリスの数学協会のニラ・チェンバレン会長は2人の功績を、「イギリス政府の教育者であるキャサリン・バーバルシン氏は、『物理Aは難しい数学を含むので女子が物理学を選ぶ可能性は低い』と発言して批判されましたが、ジャクソンさんとジョンソンさんはその逆を雄弁に物語っています」と評しました。

◆04:アフリカから移動してきた人類に関する洞察

人類がアフリカ発祥であることはよく知られていますが、その研究の多くは古代の化石が頼みの綱でした。しかし、アメリカ・ペンシルバニア大学のサラ・ティシュコフ氏率いる研究チームは2023年10月に、現代のアフリカ人の遺伝子にわずかに含まれるネアンデルタール人のDNAが、25万年前にユーラシア大陸のどこかでホモ・サピエンスの系統に入ったものであることを明らかにしました。



by Rowan Millar

ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンの遺伝学講師であるアダム・ラザフォードは、「これはささいな発見のように思えるかもしれませんが、あまり取り上げられてこなかった人々や地域について調べることで、私たち自身の成り立ちについて多くの発見を得ることができるということを示しました」と述べました。

◆05:最も暑い1年だった

2023年は地球の気温を上げる気象条件が重なったため、観測史上最も暑い年になることが確実視されています。

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とはいえ、悲観的なニュースばかりではありません。イギリス・レディング大学で水文学を研究しているハンナ・クローク氏によると、イギリスではこれまでにないほど多くのグリーンエネルギーが生産されるようになっているほか、AI予報により人間の気象予報士が100万人いてもできなかった仕事ができるようになり、前例のない速度で気象と気候データが分析できるようになったとのこと。また、NASAの衛星「SWOT」も、地球上のすべての水がどこにあるのかを測定することで、将来の災害の発生を予見するのに役立っています。

クローク氏は、ゆでガエル理論を引き合いに出し、「人間は自分たちがカエルより賢いと思っていますが、実際にはゆでガエルであり、地球温暖化の原因であり、地球で壮大な実験をしているサイコパスだと自覚した場合にのみ、自分を救うことができるでしょう」と話しました。

◆06:鎌状赤血球症とベータサラセミアに対する新しいCrispr療法

鎌状赤血球症とは、赤血球の奇形により貧血などの症状を呈する遺伝子異常のことです。また、ベータサラセミアはヘモグロビンを形成するアミノ酸の鎖の異常によって生じる遺伝性疾患です。



by OpenStax College

ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン教育研究所の心理社会学者であるアン・フェニックス氏によると、これらの疾患はいずれも黒人や中東、アフリカにルーツを持つ人々など、特に人種間の不平等に苦しめられている人に多い疾患だとのこと。

イギリス政府は2023年11月に、これらの疾患の治療のために使われる「Casgevy」というCrispr-Cas9ゲノム編集技術を承認しました。鎌状赤血球症とベータサラセミアの新しい治療技術が世界に先駆けてイギリスで承認されたことについて、フェニックス氏は、「イギリスが鎌状赤血球症とベータサラセミアに対するバイオテクノロジー治療の先駆者となっているのは喜ばしいことです」とコメントしました。

◆07:肥満の画期的な治療薬「ウゴービ」

世界では7億3500万人が飢えに苦しんでいる一方、6億5000万人の成人が肥満やカロリーの過剰摂取の問題を抱えており、既に太りすぎで死ぬ人が餓死者を上回る事態となっています。

そんな中、もともと糖尿病の治療薬であったGLP-1受容体作動薬の「ウゴービ(Wegovy)」が2023年に肥満治療薬として承認されました。



ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンで製薬について研究しているイジェオマ・F・ウチェグブ氏によると、304人を対象として2年間行われたウゴービの臨床試験では、参加者が体重を15%落とせたことが確認されたとのこと。また、心臓病患者を対象とした3年間の大規模研究では、ウゴービが脳卒中や心臓発作のリスクを軽減させることも判明しました。

◆08:超伝導体の主張が抵抗に直面

抵抗なく電流を通す超伝導体の研究は、これまでたびたび物議を醸してきましたが、2023年7月に韓国の研究者らによって常温常圧超伝導体「LK-99」についての論文が発表されると、全世界が興奮と懐疑の渦に巻き込まれました。

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by Department of Engineering, University of Cambridge

世界中の研究室が研究結果を再現しようと追試を行ったものの、その後常温常圧超伝導体を再現できた主要な研究機関が現れていないため、室温超伝導の兆候を示す十分な証拠はなかったという見方が大勢を占めています。

オックスフォード大学の材料科学者であるサイフル・イスラム氏は、「この話の教訓は、大げさな結論を急ぐ前に慎重な材料特性評価が不可欠であるということと、科学的な査読は建設的でスリリングなものになり得るということです。LK-99は科学者が求める伝説の聖杯ではありませんでしたが、そのことで本物の室温超伝導体の探求が妨げられることはなく、今後も刺激的な新しい研究への予期せぬ道が開かれる可能性はあるでしょう」と述べました。

◆09:除草剤と殺虫剤に関連した鳥の減少

イギリス・ブルネル大学の環境学者であるジョアンナ・バニエフスカ氏は、地球温暖化と並ぶ2023年の環境災害として、野生動物の急激な減少を挙げています。動物の減少が差し迫った問題であるにもかかわらず、報道での扱いの大きさは気候災害の8分の1しかありません。

特に問題視されているのが、ヨーロッパでの野鳥の減少です。フランス・サクレー大学のスタニスラス・リガル氏らの研究チームは、28カ国2万カ所で170種の鳥類のデータを調べた結果から、その死因は農業の拡大、つまり殺虫剤や肥料の使用量の増加が鳥の食料を奪い、その健康を損ねたことだと突き止めました。



◆10:幹細胞を用いた胚モデルの有望な研究

イギリスのフランシス・クリック研究所で幹細胞生物学を研究しているロビン・ラベル=バッジ氏によると、多能性幹細胞を用いて、培養皿の中だけで着床後の初期ヒト胚に似た構造を完成させることが可能なことを示す研究が2023年6月に相次いで発表されたとのこと。これらの実験結果により、幹細胞が体組織に分化する驚くべき能力が明らかになるとともに、この分野の研究がはらむ倫理的な問題に関する議論も活発になりました。

ラベル=バッジ氏は「幹細胞を用いた胚モデルの研究には、通常の胚を用いた研究に代わる、実用的でより倫理的な選択肢を提供することが期待されています。科学者たちは、先天性疾患や流産、そしてまだ失敗の多い生殖補助医療において、人間がどうすれば適切に成長し、何がうまくいかない原因なのかについて多くのことを学ぶことができるようになるでしょう」とコメントしました。