建物や住宅に興味があれば、近年「アダプティブリユース」という言葉を聞いたことがあるかもしれません。米国では築年数を重ねた建物が人気で、これらを改修して利用することが近年、静かなブームになっています。アダプティブリユースはそこでよく出てくるキーワードの一つですが、同国に住む筆者も築100年超の建物を実際にアダプティブリユースして暮らす一人なので、その魅力や費用などについて自分の体験に基づいてレポートします。

 

DIYで古い教会を住宅兼工房に

↑アダプティブリユースした教会の地下室にあるギター工房

 

厳密に定義をすることは本稿の趣旨ではないので割愛しますが、アダプティブリユースは、歴史のある建物を、その特徴や魅力を保ったまま、現代のニーズに「アダプティブ(適応)」させ「リユース(再利用)」する取り組みを指します。類似概念の「リノベーション」と比べて、アダプティブリユースは、より歴史が深く文化性が高い建物の再利用を意味するそう。ここでは、本来の役割を終えたこういった建築物の歴史性を保護したうえで、新しい時代に適した形で活用していく手法としておきましょう。

 

例えば、ニューヨークのランドマークでもあるペンシルベニア駅の拡張プロジェクトでは、向かい側に建つジェームズ・ファーレー郵便局を改修し駅舎として活用。歴史的な建築物を保存しつつ駅の規模を拡大するアダプティブリユースとして注目されました。

 

もともと米国では古い工場をアートスペースに変えたり、歴史的な建物をオフィスに改装したりという活用例があり、地域社会に新しい価値を提供しています。最近では、古い教会や学校などをアダプティブリユースする例をよく見かけるようになりました。

 

米国中西部に住む筆者も、歴史的建築物に指定された築100年を越える古い教会を購入し、住宅兼職場(ギター工房)としてアダプティブリユースしています。

↑筆者がアダプティブリユースして住む教会

 

教会は約5年間空き家の状態で放置されていたため、壁の一部が剥がれていたり、ほこりが溜まったりしていたものの、漏水といった大きな問題はなかったので、DIYでゆっくり改装していくことにしました。歴史的建築物に指定されているので、建物の外観を変えることはできませんが、内部は使われていた古材を再利用し、地域の人たちから聞いた建物の歴史や特徴をなるべく残すようにしました。

 

日本人があの教会を再利用するらしい。そんなうわさを聞いた町の人たちが次々に訪ねてくるようになり、著者自身もここが地域のシンボル的な建物として愛されていたことが分かるようになりました。そのような理由で、イベントがあるときには、地域コミュニティへの還元として聖堂やステンドグラス、ギター工房を見学できるようにしています。

 

古材などの再利用でコストを最小限に

↑古材を再利用したキッチンカウンター

 

もともと区切られていた空間にキッチン、シャワールーム、寝室などの居住スペースを設置。ペンキが剝がれていた壁は塗り直し、古いカーペットは剥がして元の木の床に戻しました。キッチンカウンターは教会の壁に使われていた古材を再利用したオリジナルです。

 

窓はステンドグラスで、部屋のアクセントにもなっています。上下にスライドして開き、網戸付きで換気できるのが気に入っています。

 

地下室はギター工房として使用し、作業しやすい高さに合わせた作業台にも古材を再利用しました。屋根裏部屋にあった教会設立当初からの古い長椅子を再利用して作製したギターは、教会の歴史を物語るギターとして即完売。ギター職人ならではのリユースといえるでしょうか?

 

まだ手を付けていないスペースも多くありますが、現時点でかかった改修費用はおよそ2万ドル(約300万円※)ほど。電気工事などプロに頼む必要があるもの以外はほとんどDIYで、古材もできるだけ再利用しました。筆者はギター職人なので、木材関係の知識や建築に関するある程度の技術、さらに機材・設備が揃っていることが大いに役立っています。

※1ドル=約146.2円で換算(2023年12月11日現在)

 

日本でも廃校や古民家などをリノベーションするケースが増えているようですが、歴史的価値を残したアダプティブリユースの手法は参考になるかもしれません。ここ米国で筆者も古い建物と共に、地域の人たちの思い出や歴史も保存していくことができればと思っています。

 

執筆・撮影/RYPO