3年ぶりにインフルエンザが猛威を振るっている。子どものインフルエンザワクチン接種は2回も必要で面倒だと思っている保護者は多いのではないだろうか。小児科医の森戸やすみさんは「じつはWHOとCDCは、9歳以上なら1回接種が適切だとしている。日本でも1回接種と2回接種で効果の差があまり大きくないことから、以前にインフルエンザワクチンを受けたことのある生後6カ月〜9歳未満の子、もしくは9歳以上の子は1回接種でいいという考え方がある」という――。
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■3年ぶりにインフルエンザが流行

今年は、3年ぶりにインフルエンザの患者数が多くなっています。お子さんの園や学校で学級閉鎖や学年閉鎖になっているところもありますね。いったんは落ち着いたものの、また学校で感染者が出てきているという話も聞きます。

インフルエンザは本来、冬に流行する季節性の風邪です。北半球では年をまたいで蔓延するため、流行時期を2023/24シーズンなどと表現しますが、2020/21、2021/22シーズンは流行しませんでした。こんなことは記録が開始されてから初めてで、国立感染症研究所の発表を見ると、非常にめずらしいことがよくわかります(※1)。今年は真夏でさえインフルエンザの患者が報告されたものの、2019年以前のグラフに比べると縦軸の値が小さく、従来のような大流行にはなっていないことがわかりますね。

これまで新型コロナウイルス対策のために行っていた緊急事態宣言などの厳しい行動制限、こまめな手洗い、マスクの着用、三密を避けるなどの対策が、インフルエンザを含むさまざまな飛沫(ひまつ)感染する感染症をも防いでいました。今では新型コロナウイルスの流行が一段落し、世界的に人流が回復すると同時に感染予防対策もあまり行われなくなってきていますから、この先インフルエンザの感染者が2020/21、2021/22シーズンほど減ることはないでしょう。私たちは新型コロナウイルス感染症後の新しい世界にいるので、インフルエンザを含めたいろいろな感染症の流行がどうなっていくかを予測するのはとても難しいことです。

国立感染症研究所「インフルエンザウイルス分離・検出報告数」より

※1 国立感染症研究所「週別インフルエンザウイルス分離・検出報告数 2016/17~2023/24シーズン」

■インフルエンザと風邪の違い

さて、そもそもインフルエンザは、どのような病気かご存じでしょうか。インフルエンザは、インフルエンザウイルスに感染することで起こります。インフルエンザウイルスは飛沫感染と接触感染をしますから、人が密になっているところでは感染が広まりやすいのです。

実際にインフルエンザにかかると、急な高熱から始まることが多いもの。そのため、熱性けいれんや異常行動が起こりやすいでしょう。発熱から2日ほどは、なるべく目を離さないことが大切です。そのほか鼻水や鼻詰まりなどの上気道炎症状が起こることも。風邪と違って倦怠(けんたい)感が強く、頭痛、関節痛や筋肉痛などもひどくなりやすいため、小さな子どもは特に機嫌が悪くなりやすいのが特徴です。

通常、2〜3日で熱が下がり、それ以外の症状も1週間程度でおさまります。ただ、学校保健安全法によって、発症日を0日として5日かつ解熱から3日(小学生以上は2日)が経過するまでは出席停止です。保護者も仕事などに行けなくなったり、感染力が強いのでうつってしまったりして困りますね。

■感染増で合併症になる人が増える

こうしてインフルエンザに感染する人が増えると、合併症を伴う人も増えます。気管支や肺のことを下気道と呼びますが、肺炎などの下気道炎を起こしたり、中耳炎、クループ症候群の原因になったりすることもあるのです。

2009年には「H1N1亜型インフルエンザウイルス」が、重度の呼吸不全に陥る「急性呼吸窮迫症候群」を引き起こすことが問題になりました。気管支から分泌される粘液が“鋳型(いがた)”のように気管支を閉塞(へいそく)して呼吸状態を悪くする「鋳型気管支炎」という命に関わる病態になることもあります。

そして何より子どもの場合は、インフルエンザ脳症のリスクを忘れてはいけません。インフルエンザ脳症は、日本で年間100〜300例発症し、そのうち7〜8%が亡くなる恐ろしい病気。患者さんの70〜90%が15歳未満で、特に9歳までに多いのが特徴です。けいれんや意識障害だけでなく、脳の浮腫や壊死(えし)を起こしたり、全身の多臓器不全を起こしたりすることがあり、救命できても約15%には重い後遺症が残ります。治療法としては、点滴で抗インフルエンザ薬を投与するとともに、けいれんを止め、脳への影響を減らすために人工呼吸管理をして集中治療を行います。が、直ちによくなるわけではありません。だから、小児科医はインフルエンザワクチンをすすめるのです。

■感染予防&重症化予防のW効果

インフルエンザウイルスにはさまざまな型があり、流行する型は毎年違います。そのためインフルエンザワクチンは、毎年次シーズンに流行する型(4種類)を予想して作られます。ですから、流行型とワクチンが一致しないこともあるのです。

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しかし、それでもインフルエンザワクチンが推奨されているのは、6歳未満において約50〜60%の確率で予防することができるため(※2)。さらに、たとえ感染した場合でも、重症化を防ぐことができるからです。アメリカの研究では、インフルエンザワクチンの接種によって、2010〜2012年のシーズンに小児集中治療室に入るリスクを74%も減らしたことがわかりました。

一方、いまだに前橋レポートを根拠に「インフルエンザワクチンは効果がない」と主張する人がいますが、これは大間違いです。前橋レポートは、インフルエンザの迅速診断キットがまだ存在しなかった1987年に、インフルエンザワクチンを受けた地域と受けなかった地域を比較し、どのくらいの人がインフルエンザの診断を受けたかを比較した研究です。現在までにもっと精度の高い研究が次々に行われ、上記のように発症予防効果や重症の合併症予防効果が証明されています。

※2 3歳未満小児におけるインフルエンザワクチンの有効性:2018/19〜2019/20シーズンのまとめ(厚生労働省研究班報告として)

■9歳以上なら1回接種でもOK

インフルエンザワクチンは、生後6カ月から接種できます。生後6カ月〜3歳未満は、0.25mlを2回受けます。3歳〜13歳未満は0.5mlを2回受けます。毎年10月頃に1回目の接種をし、約4週間(少なくとも2週間)開け、2回目を接種するのがいいでしょう。13歳以上は大人と同様に0.5mlを1回です。

1シーズンに二度も小児科に出向いて接種するとなると、保護者の方も忙しいでしょうし、なかなかハードルが高いと思うかもしれません。じつはWHO(世界保健機関)とCDC(アメリカの疾病対策予防センター)は、9歳以上なら1回接種が適切だとしています。また、アメリカの予防接種諮問委員会(US-ACIP)も、9歳以上の人は「1回注射」とする旨を示しています(※3、4)。日本でも1回接種と2回接種で効果の差があまり大きくないことから、以前にインフルエンザワクチンを受けたことのある生後6カ月〜9歳未満の子、もしくは9歳以上の子は1回接種でいいという考え方があります。

ちなみにアメリカの研究によると、インフルエンザワクチン1回接種での効果は41%、2回接種では51%という結果があります(※5)。ですから、9歳未満の場合は2回接種したほうがいいのは確かですが、ものすごく大きな差があるというわけではありませんし、1回でも受けないよりはいいでしょう。

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※3 厚生労働省「インフルエンザQ&A」
※4 朝日新聞「子のインフルワクチン、WHOは1回『2回は日本だけ』」
※5 Patterns of Influenza Vaccination and Vaccine Effectiveness Among Young US Children Who Receive Outpatient Care for Acute Respiratory Tract Illness | Vaccination | JAMA Pediatrics

■今ワクチンを接種しても遅くない

さて、今はもう12月。これからインフルエンザワクチンを接種するのでは遅いと思う人もいるかもしれません。でも、例年通りでもインフルエンザは2月くらいまで流行しますし、丸2年流行のなかった後の感染状況は読めません。また、新型コロナウイルス感染症の前から、各種感染症の流行時期が変わってきているといわれてきました。現在もプール熱や溶連菌感染症、手足口病などのさまざまな感染症がはやっています。どの感染症がいつ流行するのか読めない時代だからこそ、ワクチンで予防できるものは予防しましょう。

では、すでにインフルエンザにかかった人は、ワクチンは不要でしょうか。じつは国立感染症研究所によると、今年は同じインフルエンザAでも「H1」と「H3」の2種類が検出されているため、2回かかることはあるでしょう。実際、私のクリニックの患者さんにも、春に1回目のインフルエンザAに、秋に2回目のインフルエンザAにかかったお子さんが何人かいます。インフルエンザワクチンには、A型とB型の抗原がそれぞれ2種類ずつ入っています。例年、A型のピークがすぎる頃にB型が増えますから、受けておいて損はないのではないでしょうか。

特に重症化しやすい年齢の小さなお子さんや持病のあるお子さん、どうしても参加したい行事があるお子さん、受験を予定しているお子さんは、やはりインフルエンザワクチンを接種しておいたほうがいいでしょう。インフルエンザの症状はとてもつらいし、出席停止になります。勉強に支障を来したり、受験できなくなったりしたら困りますね。

■集団接種以外で接種者数を増やす方法

毎年、インフルエンザのワクチンの接種のために小児科へ行くのが大変だと思う保護者の方もいるでしょう。「昔のように学校で集団接種をしてくれたらいいのに」と思う人もいるかもしれません。

1962〜1994年まで、日本では小中学校で希望者にインフルエンザワクチンの集団接種を行っていました。90年代はインフルエンザに限らずワクチンに対して懐疑的な人が増えつつある時代でした。副反応に対する訴訟が続いて国側が負けたこともあり、ワクチン行政は必要以上に慎重になっていったのです。その結果、ヒブワクチン・肺炎球菌ワクチンが一時差し控えになったり、MMR(麻疹・おたふく風邪・風疹の3種混合)ワクチンが中止になってMR(麻疹・風疹)のまま、おたふく風邪の単独ワクチンが自費だったり、HPVワクチンが7年以上積極的勧奨されなくなったりしました。そんな国は、先進国で日本だけです。

このように行政が過剰にリスク回避をしようとする中、保護者の付き添いなく、小中学校でインフルエンザワクチンの集団接種を再開することは不可能でしょう。子どもは注射を怖がって逃げ出そうとしたり、迷走神経反射を起こしたりすることがあります。そういった場合や有害事象があった場合、責任問題にもなりかねません。ですから、集団接種ではなく、アメリカのように医師ではなくトレーニングを受けた薬剤師や看護師が、ドラッグストアなどで予約なしでワクチンを打てるようにしたほうが、接種者が増えるのではないかと思います。

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森戸 やすみ(もりと・やすみ)
小児科専門医
1971年、東京生まれ。一般小児科、NICU(新生児特定集中治療室)などを経て、現在は東京都内で開業。医療者と非医療者の架け橋となる記事や本を書いていきたいと思っている。『新装版 小児科医ママの「育児の不安」解決BOOK』『小児科医ママとパパのやさしい予防接種BOOK』など著書多数。
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(小児科専門医 森戸 やすみ)