パレスチナと他国の先住民族の抱える問題の違い…SNSを通じて広がる、抑圧される側が生む連帯の輪が示唆するもの

「パレスチナ」という言葉には「無数のトラブル」「支配の歴史」「土地の略奪」が内在化している。すべての人がそうだというわけではないが、世界各地にいる先住民たちの間には親パレスチナ派が目立つ傾向がある。

パレスチナ人の「先住民性」とは?

10月、筆者はノルウェーにて北欧で暮らす先住民サーミたちの抗議活動を連日取材していた。彼らは今、ノルウェー政府によるグリーン・コロニアリズム(緑の植民地主義)が人権違反だと抵抗している。10月7日、ハマスが野外音楽フェスを襲撃したということも、同時に大きな注目を浴びていた。サーミの若者たちは抗議活動を追えた翌日から一気にSNSの投稿内容を変え、ガザ解放を訴え始めた。

ノルウェー王宮前で座り込み抗議をしていたノルウェー先住民サーミ、抗議活動後はすぐにパレスチナ支持を表明する者が続出した(筆者撮影)

インスタグラムやTikTokなどのSNSでは日々、親パレスチナ派であることの表明や「沈黙」「中立」という立場を選ぶことの矛盾が指摘されている。パレスチナ連帯と他国の先住民性に関する記事や文献は何年も前からいくつも掲載されている。なぜ、世界各地の先住民の彼らはパレスチナ人やガザの人々を気にかけるのだろうか。

10月にボストンで行われたパレスチナ抵抗を支持するデモ集会では、先住民主導の組織「ユナイテッド・アメリカン・インディアン・オブ・ニューイングランド(UAINE)」の共同リーダーであるマトウィン・マンロー氏が「シオニスト国家による大量虐殺に対するパレスチナの抵抗は、入植者による植民地虐殺に反対し、完全な民族自決を求める世界的な先住民族の闘いの一部である」と発言した(Workers World)

オーストラリアの先住民アボリジニの活動家でもあり、オーストラリア初の先住民青年気候ネットワークSeedの元共同設立者、オーストラリア先住民の公正な扱いを求める独立運動「GetUp!」最高経営責任者でもあるラリッサ・ボールドウィン・ロバーツ氏は現地の番組で、「先住民の間には信じられないほど強固な連帯の基盤があり、私たちはパレスチナの自由な未来について話をしています。パレスチナ人はハマスではありません。だから暴力行為を非難することはできますが、同時に、私たちはここで平和的な解決をする未来に目を向ける必要があります」と話した(オーストラリアの公共ニュース配信サービスABC News In-depth)

ノルウェーの先住民サーミの活動家エッラ・マリエ・ハエッタ・イーサクセンさんは、ガザで起きていることが「複雑」で自分は勉強不足だからと発言を避けるなら、「不正義に立ち向かうことなく墓場まで行くことになるでしょう。

エッラ・マリエさんのインスタグラムより

実際には、あなたは一生を加害者の側で過ごすことになるのです」と、「ガザ地区では大量虐殺が行われています。介入するのは私たちです。教育を受けていなくても、本心から話すことはできます」と「沈黙しないように」呼びかける投稿を続けている。

国境を超えて連帯する先住民コミュニティ

土地やアイデンティティを奪われてきた共通の背景を持つ先住民たちは国境を越えて連帯する傾向がある。各国の「少数派」だけでは、訴求することに限界があるため、先住民たちは国境を越えて手を取り合い、「先住民」というコミュニティをもって、さらなる搾取に抵抗しようとしている。

そのつながりはSNSとともに育ってきたミレニアム世代やZ世代によって、さらに可視化・強化されている。インスタグラムの24時間限定のストーリーや、TikTokの動画投稿では日々、先住民とパレスチナの連帯を示す投稿が流れている。

彼らは「イヌイット」などのそれぞれの民族名よりも、「先住民」を意味する英語「インディジネス(Indigenous)」をあえて用いて連帯を示している。そして、その連帯を世界的な動きであることも強調する。

11月29日、スペイン・マドリード:マドリードで行われた親パレスチナ集会

パレスチナ人の「先住民性」とは

「パレスチナ人は先住民なのか」という問いに意見はわかれるだろう。

ここで注目すべきはパレスチナ人のもつ「先住民性」(Indigeneity)だ。パレスチナ人がいた土地をイスラエル人の土地だと主張することで、パレスチナ人の先住民性は剥奪されている。各国の新パレスチナ派を表明する先住民は、パレスチナ人の「先住民性」に共鳴をしているのだ。

先住民性という言葉の解釈はさまざまだが、テリトリー、文化、コミュニティ、伝統に関連した自分たちの固有性、アイデンティティ、先住民らしさに関係している。国家や国際社会が先住民族に対して行ってきた非人道的、植民地化的、抑圧的な扱いに注意を喚起するものでもあり、世界的に「先住民」の共通意識を表すものでもある。

民族間同士で歴史的に、また現在においても差別・迫害・抑圧を体験し、今も不平等な状態が続いていること。あるいは、植民地侵略に遭い、その後に続く排除の構造に苦しみ続ける人々、自分たちの権利のための闘い、解放運動、植民地支配、殺人的な歴史、失われる土地と命、征服と支配の抵抗、資本主義、新自由主義的な帝国主義というようなものとの闘いの意味合いが含まれることもある。

かたや、「先住民らしいもの」として、先住民自ら、または外部の者がスピリチュアルな世界観や食生活をゲームなどに商品化することを「先住民性」(Indigeneity)のビジネス化・商品化・資本主義化という意味合いで話されることもある。

ここでは「先住民性」は前者の、植民地状態が歴史的に今も続く不平等な状態という意味合いで用いている。

パレスチナと他国の先住民族の抱える問題の違い

先住民族とパレスチナ人との対話は1960年代以降、アメリカインディアン運動の活動家とブラック・パンサーが世界的な解放運動に着目して以来、プエルトリコ民族解放運動、アメリカインディアン運動、ブラックパワー運動、南アフリカのアパルトヘイト撤廃運動などと関係を築き、帝国主義に対する共通の闘いとして続いてきた。

パレスチナと他国の先住民族の抱える問題の違いは、イスラエルには世界中に無数の強力な支援者がいることだ。

白人至上主義と植民地主義をバックとした欧米を後ろ盾とするイスラエルに各国の先住民たちが「先住民性」を感じることはない。パレスチナを圧倒的弱者にさせる力学を、他国の先住民族たちは黙って傍観することができないのだ。

テキサス大学の先住民グループ「ダンザ・オリニョロトル」のアステカダンサーたちによる親パレスチナ行進 写真/共同通信

「パレスチナ人の先住民性」という共通の闘いの新たな主軸

イスラエルは今「抑圧者」として、ガザで壁の中に市民を閉じ込め、逃げることができない場所で攻撃を続け、欧米の権力者たちはその行為を傍観している。

まるで「存在しない」かのように命が消され、土地が奪われていく光景は欧米の植民地時代を嫌というほど先住民に思い出させる。

「みんなが自由になるまで、誰も自由ではない」というフレーズはフェミニズム運動でよく聞かれるが、今SNSで新パレスチナ派を自称する先住民の若者たちの投稿には「パレスチナ人の自由なくして、先住民の自由はない」「先住民ならば、パレスチナ派であるべきだ」という言葉が頻繁に登場する。

相互連帯によって生存のための戦術と戦略を互いから学び、互いに起こっていることをSNSなどで拡散するのには意味がある。先住民の闘いは国会内で抑えこまれ、他国にその問題が知られることに限界があった。

だが、SNSの登場によって、今先住民やパレスチナの世代は世界に向けて「何が起きているのか」を発信できる。「黙って奪われること」を抑圧者に強制されてきた者たちは、新しい抵抗手段を手に入れた。

抑圧者は抵抗する者を「黙らせ」「国際社会に何が起きているかを知られない」ことが狙いでもあると「抑圧されてきた側」の先住民たちは歴史的に十分承知している。だからこそ、SNSを使う世界中の若者に「中立や沈黙、SNSの投稿が減ることこそがネタニヤフ首相の思惑だ」「声を上げ続けることには意味がある」と繰り返し言い続けている。

こうしてパレスチナ人の先住民性は現代の共同闘争における新たな主軸として、各国の先住民に新しい概念的な道筋を示している。

「自分の特権を利用して、空間を破壊しているイスラエル政府のイデオロギーに抵抗しよう」

そのような「先住民コミュニティ・ケア」の輪は拡大を続けている。「先住民性」によって共鳴しあう先住民族間のグローバルネットワークによって、互いの闘いは拡大・強化を続けるだろう。

文/鐙麻樹

【参考文献】

『Indigenous Solidarity Testimonies and Narratives』 Foreword by Hamid Dabashi Edited by Suzannah Henty & Gary Foley

Toronto Star “ Why some Indigenous advocates and Palestinians feel they’re ‘natural allies’”

Chronique de Palestine “ Se servir de l’indigénéité dans la lutte pour la libération de la Palestine “

『Decolonization: Indigeneity, Education & Society』“American Indian studies and Palestine solidarity: The importance of impetuous definitions” by Steven Salaita

Queen’s University “Decolonizing and Indigenizing”