鬼越トマホーク(撮影:梅谷秀司)

ケンカ芸でおなじみの強面お笑いコンビ・鬼越トマホーク(坂井良多、金ちゃん)。テレビやYouTube、劇場でもすっかり人気者の2人だが、実は意外な一面がある。会社イベントや忘年会といった企業案件の仕事で、引き合いが多いという。なにかとコンプライアンスが叫ばれる時代に、トゲも毒もある彼らの芸がなぜウケるのか。意外なビジネス視点を持つ2人の仕事術に迫った。

表に出るのが苦手なタイプだった

――劇場やYouTubeでも人気で、テレビではお笑い番組だけでなく、情報番組にも出演されています。芸人として生きていける手応えを得たのはいつ頃ですか?

坂井:いまだに手応えも自信もないです。この世界はエンターテイナー気質というか、すごく自信にあふれた人たちばかりで、僕らはそれを陰から見ている感じ。いまでも向いていないと思っています。

金ちゃん:2人とも表に出るのが苦手なタイプ。学生時代からずっと2軍のポジションで生きてきたから。売れていないときより、仕事があるときのほうが怖い。つねに来年どうなるんだろうと心配しています。

テレビにたくさん出られるようになったきっかけはケンカ芸ですね。千原ジュニアさんに取り上げていただいて、2014〜2015年に一度、波が来ました。でも、いまだにこれという手応えはないです。

――『M-1グランプリ』などの賞レース至上主義のような空気が、メディアにも芸人さんの間にもある気がします。お2人はそこを目指していないのでしょうか。

坂井:僕ら漫才が苦手なので、会社にぜんぜん大事にされてなくて(笑)。

最初は賞レースで頑張って徐々に仕事を増やして、という流れに乗っていこうとしたんですけど早々に脱落して。向いてないなら別の方向で努力しようってなりました。

僕らみたいな個性的な見た目の、吉本興業っぽくない芸人が「みんなと同じ方向を向く必要はない」って逆張りしたら、たまたま仕事を得たというか。ほかの芸人の逆へ逆へと向かっていたら、いろいろな偶然も重なってこうなりました。

金ちゃん:王道の漫才に対して、僕らは邪道だと思うんですけど、仕事になっていればそれでいい。みんなはヒーローが勝つところを見たいわけですけど、そのためには世の中にヒールが必要。僕らはそれでいい。スーパースターになれないのはわかっていますから。岡本(昭彦)社長にも「その道で頑張っていればいい」って言ってもらって楽になりました。

企業案件で声がかかる理由

――鬼越トマホークさんは忘年会や会社イベントなど企業案件の仕事で人気があり、企業営業担当者から引っ張りだこになっている、とうかがいました。

坂井:会社のイベントにサプライズ登場して、祝福の言葉を贈っているかと思いきや、徐々にケンカをし始める。そこに社長や役員とか、偉い人が止めに入るんだけど、止めに来た人たちが逆に僕らからボロクソ言われる。そういう流れなんですけど、めちゃくちゃウケます。いままでにない営業らしいです(笑)。

どこの会社の社長も人ですから、いろいろ人間的な側面があって、社員は仕事で尊敬しつつ、仕事以外の顔も知っています。そこを無礼講の席で僕らが代弁する。日本の社会システムを利用した芸です(笑)。


鬼越トマホーク・坂井良多(撮影:梅谷秀司)

金ちゃん:社長の情けない部分もヘンなところも、不倫をしていればそれも、社内ではみんな知っているんです。僕らが言ってウケるのは、誰もがそう思っているけど言えないから。みんなの心に鬼越トマホークはいるんです。

坂井:いま「みんなの心に鬼越トマホークがいる」は絶対書いてくださいって顔してた。

――そこでウケるためには、芸人さんの話術や、頭の回転の速さ、場の空気を読む力が必要ですが、それ以上に企業や人に対してのマーケティング的な情報収集が欠かせないのではないでしょうか。

坂井:社長をいじってウケないと地獄ですから、アドリブのように見せていますけど、しっかり準備はしています。

まずネットでその業界の成り立ちや、市場動向、会社の業績、ライバル会社を調べて。それから社内を知るために社員さんにアンケートを取ります。そこから、笑いにつながるポイントをつかみます。社内でふだん言えないようなデリケートな部分を、僕らが柔らかくして言うと笑いにつながりやすいですよね。昔からある社会風刺の文化と同じです。

事前準備をとても大事にしている

金ちゃん:事前に社員さんと、思っていることを教えてくださいってメールのやりとりをするんですけど、ほとんどの場合、そこで出てくるネタがめちゃくちゃ弱い。でも、これだとウケないからって、直接話を聞きに行くと、たくさんいい情報が出てくる(笑)。

やっぱり会社に気を遣っているところがあるから、メールでは書きにくい。でも、顔を合わせると「実はこんなことがあるんです」って話してくれる。だから、できるだけ直接話を聞くようにしています。

そこで出た、言いにくい話をイベントで使うとめちゃくちゃウケて、あとで感謝されるんです。そういう意味では会社のヒエラルキーの中で、ストレス発散の役割を担っているのかもしれません(笑)。


鬼越トマホーク・金ちゃん(撮影:梅谷秀司)

坂井:賞レースや劇場といったお笑いが好きな人が来る現場と、企業案件で出向く現場では、お客さんの笑いのポイントがまったく違います。そこで1つ言えるのは、ウケることが正義。「いつものネタをやって、ウケなければそれでいい」というストロングスタイルの芸人もいますけど、僕らはどんな手を使っても、何が何でもその場を盛り上げる。

僕らのような邪道の芸人でもそういう意識で現場に行きます。そのためには事前の準備はすごく大事だから、調べたり、関係者に聞いたりする努力はいつもします。企業営業担当者は、ネタがおもしろい芸人を呼ぶわけではなくて、そういう部分で僕らに声をかけてくれるんだと思います。

金ちゃん:非売品のグッズを手伝ってくれた社員にプレゼントしたり、とにかくよろこんでもらう。それが商売の基本ですから。斜に構えて10分ネタやって、終わったら帰るっていう売れてる芸人さんもいますけど(笑)。

坂井:だれのこと?

金ちゃん:笑い飯さんとか(汗)。

坂井:笑い飯さん、めちゃくちゃウケてるよ。

金ちゃん:ストロングスタイルの芸人さんもいるってことです。漫才ってじっくり入り込んで聞かないと理解できないこともあるから、客層によってウケない場なんてけっこうあります。

例えると、僕らは何でも出す居酒屋。お客さんが食べたいものをメニューになくてもその場で作る。一方、ストロングスタイルの芸人さんはフレンチの名店。お客さんが店を選んで来て、決まったコース料理しか出さない。自分たちの料理に自信があるから。だけど、僕らのほうが間口は広い。企業案件に向いている。

坂井:あまりいい例えじゃないかな。わかりにくかった。

ケンカ芸の裏では実は仲がいい

――インタビュー中に金ちゃんさんが熱く語っていると、坂井さんが話の途中でも茶々を入れていますよね。お二人の仲の良さを感じます。

坂井:取材の場であってもおもしろくするのが、僕ら自身のプロモーションだと思っています。

金ちゃん:僕らは仲が悪いケンカ芸をやっていますけど、裏側では仲が良かったり、いつでもおもしろいってことをアピールしているんです。

関係者の方々は、本当に仲が悪いコンビだったら、どんなにおもしろくても使いたくないでしょう。気を遣わないといけないから仕事をやりにくい。僕らは逆に、裏方のスタッフさんとめちゃくちゃしゃべるようにしています(笑)。

坂井:こういう取材とかでも、いつもケンカ芸している2人が冷やかし合ったりしていると、「意外に仲いいんですね」って言われるんです。そのギャップで好感度を上げる(笑)。めちゃくちゃおもしろくて冷たいコンビと、おもしろくないけど仲がいいコンビって、後者のほうが、仕事があったりしますから。

金ちゃん:スタッフさんと仲良くなって打ち合わせが盛り上がれば、本番で実力が発揮できなくても見逃してくれる。僕らは不器用に見えて、実は社交性があって。自分たちのお笑いに自信がある正統派の芸人からしたら、汚い仕事の取り方をしている邪道なんですけど、僕らはお笑いに自信がないから(笑)。

坂井:勝手に一緒にしないでほしいな。

金ちゃん:でも、嫌な人と一緒に仕事をしたくないのはどこの世界でも同じ。表で毒を思いっきり吐く分、裏ではきちんと礼儀正しく、仲良くしようって2人で話しています。

――吉本興業は芸人さんの海外進出に今年とくに力を入れています。とにかく明るい安村さん、ウエスPさんなどノンバーバル(非言語)系の芸人さんがオーディション番組をはじめ、海外でいま積極的に活動していますが、その次の段階では、話芸で世界に出る芸人さんとして鬼越トマホークさんの名前が上がっています。

金ちゃん:ケンカ芸を英語でやったら世界に出られる可能性があるかもしれないと考えていて、会社に相談しています。まだリサーチ段階で、あまり進んでいませんが、いつか挑戦したいです。


鬼越トマホーク(撮影:梅谷秀司)

坂井:安村さんやウエスPさんが道を示してくれていますが、お笑い界にとって革命的なこと。国内ではみんなが賞レースを目指しているなかで、まったく違う場所を夢見ることができる時代だと思います。

海外でもチャンスがある

金ちゃん:ただ、言葉の壁がどうしてもあります。ニュアンスも含めて、その瞬間に伝わらないとおもしろくない芸だから。でも、僕らは話芸のなかでも、見た目でも伝わるのが大きい。チャンスはあると思っています。

坂井:吉本興業には英語を話せて世界に通じるグローバルな社員がいて、海外拠点もあります。そういうインフラを活用させてもらって、少しずつ海外のイベントとかに出て、現地の有名な方とケンカ芸をやらせていただきながら、感覚をつかんでいきたいです。いつかトム・クルーズに「うるせえなあ!」ってやります。

(武井 保之 : ライター)